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校内No.1の清楚な副会長は、放課後だけ僕の足元に跪く。  作者: 毬藻 闇雪
第二章 境界線の欠落、放課後の戯れ
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観客



 視界がぼやけ、景色が揺れているようだった。

 耳鳴りがする。


「しばらく俺がこうしててやるよ」

 心配するような優しい声で、霧山が語りかけてくる。


 ――こうなった元凶は、お前だろ!

 僕は言いかけて、やめた。


 身を捩り、振り解(ほど)こうとしたが、霧山の胸元に強く抱えられ、簡単には抜け出せなかった。


 霧山の胸元から立ち昇るムスクの香りが、一段と濃くなった気がした。

 むせ返るような霧山の匂いに、目の前が、くらくらする。


 霧山の息が掛かる距離……。

 逃げ出せないように、拘束されたみたいだ。


 ――この状況を誰かに見られたら、完全に勘違いされそうだな。


 ……そう思った瞬間、心臓の鼓動が激しくなった。

 胃をひっくり返しそうなほどの、強烈な吐き気。


 笑っているのに、笑っていない。

 笑顔の裏に潜むその正体に、未だ辿り着けていない現実。


 笑いながら脅してくる――完全に、サイコパスじゃないか。


 何を企んでいるのか、全く予想がつかない。

 その不安感で、呼吸が荒くなっていく。


 霧山は、真剣な顔で僕を真上から見下ろし、視線をじっと合わせてくる。

 逃げ場のないこの状況に、軽く絶望していた。


 僕も反射的に、霧山の顔を睨むように見返した。

 そしてしばらく、互いに目を反らすことなく、二人で睨み合っていた。


 完全に弄(もてあそ)ばれてる。


 呼吸が整い始めると、視界もクリアになった。

 吐き気も治まってきたようだった。


「ありがとう。霧山……もう大丈夫だから」

「……まだ、だめだよ」

 腕に霧山の指先が食い込む。


「もう治まった」

「急に動いたら危ないよ」

「大丈夫……ありがとう」

 霧山は、ふーっと息を吐いて、軽く頷いた。

「わかった」

 そして、にっこり笑うと、僕からゆっくりと離れる。


 彼は、再び階段に座り直した。

 そして横に少しずれると、「どうぞ」と左手で指し示した。

 壁と霧山の間のわずかなスペース。

 そこに座れと言ってるのだろうが、それじゃ身体が密着するんじゃないのか?


 もやもやとしたが、僕は促されるまま、霧山の隣に座った。


 案の定、少し動くだけでも肘が当たってしまう。

 肩なんか、身体を斜めにしないと、ずっと当ったまんまだ。


 霧山は、ひそひそと囁くような声で話し始めた。


「副会長の吉野さんと秘密の関係を結んだって、相当ヤバい脅しのネタがあるってことだよね?」


「だから、何も知らないよ。吉野さんと僕は何の関係もないんだ」

「でも、それだとおかしいんだ」

「何が……」

「この一週間、ずっと一緒に登校してるだろ?」

「それは。たまたま……」

「たまたま。並んで……指先を触れさせながら?」

「…………」


 ――プッ。


 霧山は突然、吹き出した。


「甲斐って、誤魔化すの下手すぎん?」

「誤魔化すも何も……」

「言ったじゃん。俺、視力が異常にいいって」


 霧山は逃げ場を塞ぐように、僕の目の前に腕を伸ばし、壁に手を着いた。

 少しでも動けば口先が触れてしまう。

 そんな距離感に、頭がバグってしまいそうになる。


 霧山は、畳みかけてくる。

「もしかして、もうセックスしちゃった? んー……でも。甲斐って……まだ、童貞でしょ?」

「っ……!」


「吉野さんもまだ、経験してないから……」 

 霧山がくすっと笑った。


「……それであの、潮吹きって。……相当、変態でしょ、彼女」


 怒涛の追及に、息が止まりそうになる。

 一番隠しておきたかった生々しい光景を、容赦なく暴かれ、頭の中は完全にパニックだった。


 しかし霧山は、顔色ひとつ変えず、どこか楽しそうに笑っている。


 霧山が顔を傾け、顔を寄せた。

 咄嗟に横に反らすと、再びプッと笑った。


「キスされると思った? 期待した?」

「ばっ……かじゃねーの!」


 真顔で見つめられる。


「……いいよ。してやるよ」


 霧山が唇を開きながら、顔をゆっくりと近付けてきた。

「……っ! いい加減にしろって!」

 僕が左手で強く胸を押し返すと、ふっと横を向いた。

 口の端で笑っている。

 完全にからかわれていた。


 耳元に注ぎ込まれる霧山の声。

 そこから伝わる熱気が、僕をじわじわと追い詰めていく。


「俺の持ってるこのネタってさ、甲斐くんを脅すネタくらいにはなってるでしょ?」


 僕は必死に声を絞り出した。


「……僕なんかを脅したところで、何のメリットもないだろ……」

「と、思うよね?」


 霧山はくすりと鼻で笑い、僕の顔を覗き込んできた。


「でも、俺のネタってさ。君を脅してるようで……必然的に、吉野さんを脅すネタに帰結するんじゃない?」


 言葉が出なかった。


 確かにその通りだ。

 僕がここで崩れれば、吉野さんの尊厳も、僕たちのあの濃密な時間も、すべてが破滅する。


 僕の次の返事ひとつが、吉野さんの運命すら握られているのだ。


「……霧山くんが僕を脅して、得たいものって一体何なんだよ?」


 吉野さんへの取り次ぎか。

 それとも、この脅しのネタを使って、彼女と付き合う口実にでもしようとしているのか。


 必死に思考を巡らせ、相手の狙いを予測しようとする僕に、霧山は事もなげに言った。


「それは……やっぱり、男子高校生ともなればさ。ねぇ、分かるでしょ」


 やっぱりそうか。

 コイツの狙いは吉野さんだ――そう確信しかけた瞬間、霧山の口から飛び出したのは、僕の予想を遥かに斜め上を行く言葉だった。


「単純なことだよ」


 耳元でそっと息を吹きかけられる。


「俺を、観客にさせてほしい。……君と、吉野さんの倒錯した関係に、触れさせてよ」


 ――狂ってる。

 観客になりたい?

 あり得ないだろ、そんなの。


 再び僕の目の前が、暗くなっていった――。




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