吐息
夕闇の迫る教室。
僕は彼女の、いちばん敏感になった部分に息を吹きかける。
こんな微かな吐息にさえ、過剰に反応している姿を見るだけで、僕自身も血液が逆流する感覚に囚われた。
ドーパミンが前シナプスから開口放出され、受容体に結合する。その奇跡的な伝達の流れに、抗うことなくただこの身を任せる。
それは自然の摂理と同じ。
上から下へ流れる水のように、吉野さんから僕へと受け継がれる能動的な連鎖反応。
吉野さんの、荒い息づかい。
全身の震え。
頬を伝う汗。
彼女の身体から立ち昇る、倒錯的な匂い……。
それらを総合して、僕は愉悦に浸る。
自らの欲望の、捌け口としての概念。
吉野さんをその依り代として、静かに落としていく……。
僕は、彼女の反応を見て、腹から湧き上がる興奮に、ただ流される。
川中に揺れる葦の茎のように身を任せ、意思なく無心に棚引いているだけ……。
逆らうことなど、最初から、許されていないのだ。
彼女の声や息遣い、表情や火照り具合などを細かに観察していくことは、重要なファクターだ。
そうして反応の良かったもの、悪かったものを取捨選択し、次回のプレイに活かす。
そうして積み上げてきたデータを分析し、細分化したプレイの流れを1つずつファイリングしていく。
その作業は、常に僕の頭の中で行われている。
僕は彼女の望むものを、彼女の望む形で与え続けたいと思うようになっていた――。
「……ひろくん、そこにいる? 一人にしないでね……」
視界を遮られているせいで、わずかな空気の揺れや肌に伝わる温度を手掛かりにして、僕の居場所を探ろうとしているようだった。
「ねぇ。……お願い、返事をして!」
「……」
消え入りそうな声で、僕に呼び掛ける。
「……こわい……ひろくん……」
「……」
「ねぇ……こっちに来て。私を抱きしめて……お願い」
猫なで声で、こちらの機嫌を取っているつもりなのだろうが、僕は微動だにせず、吉野さんを至近距離から見下ろしていた。
「んん……っ」
吉野さんは身体をよじり、声を荒げる。
「ひろくん……触ってよ。熱い……」
開かれた脚が、だんだん閉じられそうになる。
しかし、再び元の位置に戻すと、下着を見せつけるように大きく脚を広げた。
下着の内部が、ひくひくと動いている気がした。
それを見ながら僕はつい、自分のモノに触れそうになる。
「ひろくん……?」
心細いのだろう。
だが、その声を聞いた僕は、彼女をもっと虐めたくなる……。
上履きを静かに脱ぎ、それを教室の少し遠くへ向かって投げ捨てた。
キュッと小さくゴムが擦れる音に続き、コトコトッ、と床を転がる音が響いた。
「……はっ」
吉野さんの身体が硬直した。
誰かの気配を錯覚し、スカートを握っていた手を弾かれるように下ろし、慌てて下腹部を隠した。
淫靡な教室で、あられもない姿の自分を、見られるかもしれない恐怖――。
信頼の元で行われた行為ならば、それもまた魅惑的なスパイスになる。
吉野さんは、目隠しされた状態で、出入り口の方を向く。
そして、ようやく声を絞り出した。
「ひろくん……? 誰か、来たの……?」
僕は身動き一つせず、息を殺して吉野さんの狼狽えた姿を見ていた。
「ねぇ、返事して……! ひろくん!?」
心細さから、指先が惨めに震えている。
だが、『目隠しを外すな』という僕の命令を守るため、その手を目隠しに伸ばす素振りを繰り返すだけで、決してそれに触れることはなかった。
ゴクリ、と生唾を飲み込む吉野さんの首筋に、脂汗が滲んでいる。
僕は忍び足で近寄ると、そっと顔を近付けた。
濃密な色香に眩みながらも、ゆっくりと舌先を伸ばし、その汗をじっくりと舐めとった――。
「はぁっ……ん!」
極限まで張り詰めていた緊張の糸が途切れた吉野さんは、甘く艶めかしい声で啼いた。
その甘美な声が、僕の脳髄を貫く。
それは少し塩っぱいような、甘いような……。
言葉には表せない、官能的な味がした――。
目隠しを解くと、そこには溶けたように、うつろな瞳があった。
その表情を見ると、僕の内側から抑えきれない熱が一気に溢れ出す。
「もう。……ひろくんがいなくなったのかと思った……」
吉野さんは泣きそうな顔で、しがみつくように僕へ抱きついた。
「……目隠し、外さなかったね」
「……うん」
「偉いな、あすは」
背中を抱き返し、耳元で囁く。
「……ご褒美をあげなきゃね」
僕は彼女の下着の中央の、真っ直ぐ筋になったところに指を落とし、そしてそのまま爪先で、焦らしながら引っ掻いた――。
たったそれだけの刺激だったのに……。
「……あ……っ!」
極限まで張り詰めた緊張と恐怖。
それらから解放された直後の身体は、あまりにも敏感だった。
背中を大きく反らせると、息を詰まらせ、一瞬で果ててしまった――。
荒い息を繰り返し、僕の胸元に顔を埋める。
そのうち、少しずつ呼吸が整い始めると、上目遣いに僕を見つめてきた。
「ねぇ。……ひろくん」
「……ん?」
「私。……良かった?」
不安そうに僕の反応をうかがう。
「最高だったよ」
僕は、吉野さんの耳元に唇を近付け、キスをした。
「ひろくんにお返しをしても、いい?」
唇をわずかに突き出し、甘えるように言った。
僕はさっきまで、吉野さんの目隠しに使っていたネクタイを自分の首に締め直すと、首を振った。
「いらないよ。あすのこんな姿を見て、何度もイッてるからね」
「どうやって?」
「脳内射精」
「私が触りたいのに……?」
「ダーメ。……今日は、これをおかずにするからね」
「……っ! もう。……ひろくんの意地悪……」
顔を真っ赤に染め、照れたように笑った。
すっかり夜の闇に包まれた教室。
僕たちは互いの温もりを感じながら、甘い余韻の中に深く沈んでいった。




