目隠
茜色のグラデーションが、宵闇へとなだれ込む直前の十分間。
世界全体が息を呑むような薄暗がりの中で、彼女の発情した呼吸音だけが、教室を満たしていく。
もう幾度、この濃密な時間を共有しただろう。
数を重ねるごとに、吉野さんへの想いが募っていく……。
目隠しによって視界を奪われた吉野さんは、自分の指先で手繰り寄せたスカートを、少しだけまくった。
太ももの延長線上にある、白い下着まで見えている。
「……ちょっと見せてって言ったのに、そんなに見せてくれるの?」
「えっ……」
吉野さんは、ためらいがちに首を傾げた。
「……ほとんど見えちゃってるよ」
彼女の顔に、息が掛かるくらいの距離で囁く。
「……うそ」
怯えた声で反応した吉野さんは、震える指先でスカートを掴んでいた。
しかし、隠す素振りはない。
「本当だよ。……あすは本当にエッチだね」
僕は吉野さんを明日香から取って『あす』、吉野さんは僕を浩臣から『ひろくん』と、呼ぶようになっていた。
吉野さんの望むような、奴隷ネームは未だ付けていない。
僕自身が、その必要性を感じていなかったからだ。
吉野さんは、口の端で笑った。
そして俯きながら、こくんと頷く。
「……そうなの。明日香……すごく、エッチなの……」
目隠しの上から、上目遣いの吉野さんの表情が頭に浮かぶ。
僕はその想像の表情だけで、全身に痺れるほどの電流を感じていた。
女の子と付き合うことよりも、この背徳の時間が、僕の魂に抗うことのできない鎖を、結わえ付けられているようだった。
拘束されてる訳でもないのに、僕は彼女に軟禁されていたのだ――。
そして、彼女の望む快楽を提供し続けなければ、吉野さんは、たちまち僕の手の中から、するりと抜け出し、別の誰かの元に行ってしまう……。
そんな気がしていた――。
僕が吉野さんの膝に指先を当てると、彼女は大げさなくらい、びくんと、その身を跳ねさせた。
神経が痛いくらい研ぎ澄まされ、極限まで敏感になった身体が、たった一つの刺激で快感へと導いているのだ。
「ここ……広げて」
「……でも」
「あすを……もっと見たい」
吉野さんは、唇をぎゅっと噛み、小刻みに震えていた。
「……ひろくん。ちゃんと見てね」
顔をそっと左に逸らし、頬を赤らめながら、素直にその膝を開いていく――。
はぁっ、はぁ……。
真っ赤な唇から漏れ出る熱い吐息。
吉野さんの匂いを、僕は鼻腔で受け止める。
肺の奥まで吸い込むと、下半身が次第に熱を帯びていった……。
「あす……よく見えるよ」
「……あんまり見ないでね」
「すごく興奮する」
「……恥ずかしい……。でも……うれしい」
耳から拾い集める自身の声だけを頼りに、暗闇の中に放り出される。
それがどれほど心細いものなのか、僕には知る由もない。
僕を信頼してくれているのだろうか?
……不安はずっと拭えないままだ。
僕なんかに彼女の考えなど理解できる筈もない。
だが、少なくとも今は、その身を委ね、このままごとままごとのような遊戯を、楽しんでくれているようだった。
音を立てず気配を消し、彼女を怖がらせれば、僕の欲求不満も、少しは解消できるのではないだろうか?
「あと十分もすれば、ここは完全に夜になるね」
僕は、わざと低い声で語りかけた。
「ひろくん……置いて行かないでね?」
吉野さんは、何かを察知したのか、震える声を出し、左右に顔を向けながら辺りの様子を伺い始めた。
僕は一歩、彼女の座る椅子へと近づき、耳元に囁きかける。
「……その脚、君が思ってる以上に震えてるよ」
僕が再び吉野さんから遠ざかると、床を歩く足音が教室に響いた。
「ひろくん……?」
吉野さんの弱々しい声に、僕の全身がゾクゾクと身震いをする。
きっと目隠しのせいで、自分がどんな目で、どんな所から、どんな風に見られているのかを想像しているはずだ。
五感をフルに働かせ、空気のわずかな振動にすら過剰に反応している。
まくりあげたスカートを握る手に、ぎゅっと力がこもるのを見た。
精神的な支配の主導権は、命じる側にあるのか、それともその支配に深く身を委ね、相手の心を揺さぶる側にあるのか……。
僕は、彼女の得体のしれない欲望の深淵に、未だ近付けてさえいないのを知っていた――。




