2話 初めての仕事 前編
1
太陽が外界を照りつける朝6時30分。舞藻は身体に布団を被ってすやすやと寝ていた。
昨日に能力集団の仲間入りを果たした彼は、アパート内で3階の303号室が与えられた。
1LDKで少し古い部屋であるが、綺麗に掃除されており、なにか気になる所があればさくらが手直しをしてくれるというオプション付きであった。文句があれば遠慮なく言ってくれと聖我は話していたが、今のところは思いつきもしない。
昨晩は夕飯をとったあと、疲れが一気に体を襲ってきた。
部屋に戻ると倒れるようにすぐに眠りについた。
そして今。
普段肌身離さず持っているスマホが耳元で鳴っていた。
平日は毎日6時30分にアラームが鳴るように設定していた。しかし舞藻は寝起きが悪い。アラーム程度では全く起きず、母親からの怒鳴り声で目を覚ます生活をしていた。
本日も、当然のように起きる気配がなかった。
すると、締め切っているはずの部屋に何故か部屋に朝特有の風が部屋に舞い込んできた。
カーテンが靡く。窓が開き、太陽の陽射しが頭を焼く。
「起きなよ。舞藻。」
誰かの声が聞こえてくる。
「うぅ…あとごふん…」
「そんなお決まりなセリフ言うんだ。」
誰かが枕元までやってくる。
「ほら、早く起きなよ。せっかくこうやって起こしに来たんだから。」
体が揺さぶられる。舞藻は重いまぶたを開き、その人物を見た。
しかし逆光になっていて顔がよく見えない。
「────誰?」
「誰って…。俺だよ。聖我。」
「せいが…」
舞藻は体を起こして目を擦る。目を開けようとすると太陽で眩しかった。
「んー…。 ん?」
徐々に思考が冷静に、頭がクリアになっていく。
あれ? オレって今、一人部屋だよな?
「なんで人がいんの!? 聖我がいる!?」
舞藻は大声で叫び上半身を起こした。
「やっと認識してもらえた。」
自分の部屋かのように胡座をかく友人に、舞藻は瞠目する。
「な、なんで?オレ、ドア鍵かけてなかった?」
「分からないよ。窓から入ったから。」
聖我は平然と言った。まるで当たり前であるかのように。
「窓から!? ここ三階だよ!」
舞藻はさらに驚きの声をあげる。
「どうやって!?」
朝から元気だねと、聖我が眉を寄せながら笑う。そして自分の眼を指さした。
「俺の能力、覚えてる?」
「【視る能力】…?」
「そう。なんでも視れる能力。どこをどう伝うと3階に行けばいいのか、さらにどうすれば鍵付き窓を開けられるのか、見えるんだよ。」
聖我は心做しか自慢げに言った。
「じゃあ聖我の前ではどんなセキュリティも意味ないってことかよ。」
「そうだね。あってないようなものだね。」
怖すぎる。なんだその能力は。恐ろしすぎる。
「【視る能力】……持ったのが聖我で良かったな…。」思わず舞藻の口から安堵が漏れ出る。
「凶悪犯罪者とかに渡ったら、何でもし放題だもんな。」
「なんで俺ならしないって決め付けられるの?」
聖我の反応に、舞藻は首を傾げる。
「だって、聖我はしないだろ?」
「───そう、かもね。」
聖我はそう言うと、目を向けずに鳴り続けているスマホのアラームを止めた。
「アラームの音、もっと大きい方がいいよ。」
彼は立ち上がり、靡くカーテンに顔を向ける。
「それで本題。今から仕事に行くんだけど、舞藻も一緒に行こう。」
「仕事?」
舞藻は突飛な事を言われて戸惑う。「バイトってこと?」
「さぁ、どうだろうね。」
聖我は整った顔でふわりと笑った。
「教えてあげるよ。俺たちの仕事。」
2
舞藻たちは爽やかな朝の陽射しを浴びて輝く歩道を歩いていた。二人以外には犬を散歩させている人しかいない。
「なぁ、仕事ってなんだよ。」舞藻は気になっていることを尋ねてみる。
「舞藻、働かざる者食うべからずだよ。どんな仕事でもやらなきゃいけない。人間生きてれば仕事は発生するんだから。」
「なに…オレなんか哲学でも説かれてんの?」
ははは、と聖我は乾いた笑みを浮かべる。怪しいと思いながらも、舞藻はこれ以上追求するのはやめた。
しばらく歩いていると、コンビニエンスストアが見えた。平日なためか客らしき人は全くいない。ぽつんと佇んでいるその様は寂しげにも見えた。
「俺 アイス食べたいな。」
だからという訳でもないだろうが、聖我がそう言った。
「オレも食べたい。朝飯食べてないし。」
舞藻も同調する。
「なら買おうか。金なら持ってるしね。」
聖我がポケットから千円札を取り出した。
「金は財布に入れろよ。あとオレも持ってるよ。」
流石に払わせるわけにはいかない。
そう思ったが、聖我は首を振った。
「うちは、金は共用なんだ。自分の金は貯金でもしときなよ。」
「あぁ、そうなのか。」そう言われると強く出れず、舞藻は財布をしまった。
店に入り、アイスコーナーに行く。
冷凍ケースの中で色とりどりに主張する甘味たちに目が眩んだ。
その中で、舞藻はソフトクリーム型のアイス、聖我はカップアイスを買った。
結局金は払わせてしまった。
コンビニの冷えた空間から出て、焼けるコンクリートの地面の上でアイスを開封する。
「歩くのに、カップアイスかよ。」
コンビニの出入口を背後に口を開いた。
「何も分かってないね。これがいちばん美味いんだよ。舞藻はそれ、好きなの?」
聖我が舞藻の手元を指さす。
「いや、いちばん売れてるって書いてあったからな。」
「そう。」
聖我の微妙な反応を横目に、舞藻がソフトクリームにかぶりついた。
隣で聖我がなにかを取り出していた。
小さなジップロック状の袋の中に、チョコレートの粒のようなものが入っている。それをカップアイスの中にかけ始めた。
「な、何やってるんだ?」
舞藻は声を上ずらせる。
「こうしないと食えないんだよね。」
聖我は少し溶けたアイスをチョコレートに絡め、口に運んだ。
「美味いか?」舞藻が聞いた。
「まぁ…。食えないこともないかな。」
言っていることがちぐはぐだと舞藻は思った。頭の中に一種の好奇心が生まれる。
「オレにもくれよ。」舞藻は言った。
「これを?」聖我が自分が持つチョコレートを提示する。
「美味そうだし。」
「美味しくは────」
聖我は逡巡を見せた。その後、首を振った。
「………ダメだよ。これはあげられない。」
舞藻は静かに「そっか。」と呟いた。
なんだよ とか、ケチだな とか、そういった文句は、言おうとしたけれど、出てこなかった。
聖我が酷く悩ましそうに見えたから。
「そういえば、舞藻って髪の毛結構長いよね。」
聖我が舞藻の後頭部を指さした。
突然の話の転換に、舞藻は慌てて乗っかる。
「あぁ、まぁ。切れなくて。」
「なんで?」
「言わなきゃダメか?」
「どうせなら聞きたいじゃん」
舞藻が困惑したように目線を地面に落とす。
聖我はそれを目を細めて見ていた。
全て視えていた。【視る能力】を持つ彼には、全てが視えていたのだ。
10
「昔…好きな子がいたんだけど…その子が髪が長い人が好きって言うから…」
舞藻しどろもどろに話し始めた。
9
「へぇ、それってどんな子?」
聖我が聞くと、舞藻はさらに困った表情をした。晴天に似合う赤面だ。
8
「かわいい子だった。その子も髪が長くて、真っ直ぐな髪で…。よく笑う子だった。」
「今、その子とは?」
聖我が聞くと、舞藻は悲しそうに笑った。
7
「疎遠になったんだ。高校生になるとき遠い所に引っ越したんだ。」
「会いに行けなかったの?」
6
「そこまで仲良くなかったんだよな。」
彼が変わらず笑顔で言うから、思わず疑問が口をつく。
「悲しい?」
5
彼は体を硬直させた。そして口を開く。「そりゃ悲しくはあったけど…、もう関係ないし。昨日から、本当に関係なくなったしな。」
4
「じゃあ切るの?」
聖我の問いに、舞藻はあぁと口を開けながら後頭部を触る。
3
「…切らないと思う。多分。」
舞藻は悩みながらも確かな声で言った。
「それはどうして?」
2
「どうしてって…。なんか悲しくなるだろ。あの子を好きだった自分はいた訳だしな。」
「そう…」
聖我は呟く。
「うらやましいな」
1
「え?ごめんよく聞こえなかった。」
舞藻が聞き返すと、聖我は小さく首を振った。
「いや…、ただ、舞藻は誰かを好きになれる人なんだと思ってさ。」
舞藻は聖我の意図するところがわからず、とりあえず頷いた。
0
「まぁ────」
舞藻が口を開いた瞬間、聖我は前方に駆け出した。
「舞藻 後ろっ!!」
鋭い声が舞藻の耳を刺す。
舞藻は突発的に 後方──コンビニエンスストアの入口に視線を向けた。
舞藻は目を見開き息を飲む。
至近距離に、こちらに対し唸り声をあげる『人間』がいた。正確には『人間』だということはわかるのだが、形相が獣であった。白目を向き、歯をむき出しにして、四つん這いで威嚇している。
そのような惨く恐ろしい姿に、舞藻は手を振って聖我の元に駆け寄った。その衝撃に手に持っていたソフトクリームのアイス部分が地面へ落ちる。白い液体がコンクリートに染み込んでいく。
「あぁアイスがっ! …じゃなくて! な な なんだよあれ、人間がっバケモノみたいに!」
舞藻が腕にしがみつき必死に訴える。
「ていうか…"あれ"…」
落ち着いて観察してみると、あの獣の服装に見覚えがある。しかも獣は客のいないコンビニエンスストアから出てきた。
「"あれ"…、店員じゃないか?」
「舞藻…。」
聖我が静かに口を開く。
「相手は『人間』だよ。使えるよね。」
彼が何を言いたいのか、すぐに分かった。NOと言えるものなら言いたかったが、それは無意識に阻まれた。自分がやらないと、この状況は打破できないのだろうと思ったからだ。
「聖我は上手くいくと思ってるのかよ。オレの…【言う能力】」
彼はゆっくりと顎を引いた。
舞藻は聖我の背後から、静かに前へ出てきた。人間は低く唸りながらこちらを睨んでいる。
怖い。正直とても怖かった。怖くて怖くて、めちゃくちゃ怖くて、足がすくんだ。
振り向いて聖我に確認したかった。能力が使えなかったらどうするのか、死ぬ危険性は無いのか、なんと命令すればよいのか…。
しかし目線を外してしまった瞬間殺されるような気がして、こちらも目線を合わせ続けるしかなかった。
人間がこちらに向かってゆっくりと歩み寄ってくる。その度に舞藻も距離を縮め続けた。相手は変わらず唸っているが、距離が縮まるにつれその唸りは大きくなっていく。
あと一歩で二人の間が1mという所まで迫った。
舞藻はゆっくりとその一歩を踏み出した。
右足が宙に浮き、空気を踏む。ミクロ単位のコンクリートが弾け飛ぶ。足が、着地する。
「ウガァァァアアア」
人間がこちらに向かって飛びついて来た。舞藻は人間に向けて素早く手をかざした。
「鎮まれ!!」
そのとき、突風が吹いた。風に呼応するように、人間は、舞藻まであと数十センチというところでその場に伏した。
「えっ…だ、大丈夫ですか!?」
舞藻は慌てて駆け寄った。早いが胸部は上下に動いている。呼吸はしているようだ。
「舞藻、まだ終わってないよ。」
聖我が後ろから声をかけてくる。舞藻は顎を引き、再び人間に手をかざした。
「元の人間の状態に戻れ!!」
途端に苦しそうな呼吸は安らかな呼吸に変わった。
相手の体を仰向けの状態にすると、強ばっていた顔は通常の表情に緩んでいた。もう目の前には、ただ倒れている普通の人間しかいない。
どうやら能力の使用は成功したようだ。
「良かっ…た……?」
舞藻が安堵の息を吐くと、同時に鼻から何かが垂れてきた。それは地面に落ち、弾けて花を咲かせる。
舞藻は自分の鼻の下の箇所─人中─を触ってみた。ヌメっとした感触で指先が赤く染まる。
「え… 鼻血…?」
「舞藻、ほら」
聖我が隣からティッシュを差し出してきた。
「能力の酷使による代償だね。」
「代償…?」
舞藻は受け取りながら聞き返した。聖我は小さく頷く。
「能力っていうのは代償があるんだ。使いすぎると何かしらに影響が出る。例えばマリンやさくらさんは、使いすぎると体のどこかに傷が発生するんだ。くるみは頭が痛むし、みるくは声が出なくなる。舞藻の場合は、体の内部が不調をきたす────といったところかな。」
鼻血を拭き取りながら、舞藻は「なにそれ怖…」と呟いた。
言っている内容ももちろん怖いが、いちばん怖いのはその内容を爽やかな笑顔で語っている聖我だった。
「でも代償が出るのは使いすぎたとき、って言ったよな?」
「そうだね。」
「オレまだ2回しか使ってないんだけど。」
舞藻の質問に、聖我は「確かにね」と同意する。
「多分だけど、命令が重すぎたんじゃないかな。」
「重い…?」
聖我が視線を先程まで暴れていた店員に向ける。
「【言う能力】は便利なものだけど…、なにかの存在を覆すような大きい命令は、舞藻のエネルギーや体力を大きく奪ってしまうんだよ。例えば────」
聖我は顔を上げて舞藻の目を視据えた。
「人の生死とか」
舞藻は目を見開く。顔をサッと青ざめさせた。
「そんな恐ろしい命令…使うわけないだろ…!」
聖我は思わず笑ってしまった。彼のリアクションが思ったよりも大きくて、面白かったのだ。
「でも、今回みたいな突然何かから襲われるとか、そういうことがあったら自衛のために能力は使った方がいいよ。使えるものは使わないと。」
聖我は軽く言い放ちながら、倒れた店員を店の影になっているところまで運んだ。上半身を起こし、店の外壁にもたれかかるような体勢にする。
舞藻はそんな彼を半目で睨んだ。ずっと思っていたことだ。
「なぁ聖我、間違ってたら申し訳ないんだけど。お前知ってたよな? ここの店員が暴れ出すこと。」
「…どうしてそう思うの?」
聖我は静かに問い返した。
「オレに後ろに下がれって言ったのもお前だし、【言う能力】を使えって言ったのもお前だし、冷静に考えてコンビニ行こうって言ったのもお前で…。───ん? じゃあカップアイスも中身が落ちにくいから選んだってことかよ…!?」
舞藻は有り得ないと言った顔で聖我を見た。
「全部知った上でオレにあんな危険なことを…!?」
聖我は薄ら笑いで舞藻を見返した。悪役さながらの表情と仕草だった。
「あ〜。バレたか…。君はもっと鈍感かと思ったんだけどね。」
「うわぁ騙された!オレは頭の上で踊るネズミだったってことかよ!!」
「それを言うなら"手の上で踊る"だね。というか…」
聖我が俯き、肩を震わせる。そして勢いよく顔を上げた。
「ふっ…あははははは!!」
ひとり大きく笑い始めた。
「な、なに笑ってんだよ!」
舞藻が眉を釣り上げる。
「いや面白すぎるでしょ。これを笑わない方が無理だって。」
「おもしろ…!? こっちは命懸けでだな…!」
「ごめんごめん。それは分かってるよ。でも舞藻の反応がいちいち大きくて面白くて。」
聖我が未だに笑いが残る顔で、店員の顔を【視】た。そして静かに口を開く。
「多分この店員は、能力をかけられた側だと思うんだ。」
「かけられた…?」
聖我は顎を引く。
「この世には多くの能力がある。舞藻は俺たちが保護できたからいいけど、もし路頭に迷っていたら無意識に能力を使っていたかもしれない。」
もし路頭に迷っていたら…。舞藻はその時の自分を想像してみた。
まず住む場所がなくフラフラと街を歩き回る。そしてなんか悪いやつにカツアゲされそうになり、『やめろ!』と能力を使う。変に能力の万能性に気づき、それを使って裏社会へズルズルと…。
「うわぁあああ!嫌だァァァ!」
舞藻は頭を抱えた。
見た聖我が隣でケラケラ笑う。目には涙が浮かんでいた。
「でも舞藻の思った通りの人がいるんだよ。この世界にはね。こうやって無意識のうちに能力をかけられる一般人もいるんだ。能力の持ち主が能力のことを完璧に知っているとは限らないから。そんな人達の暴走した能力の処理をしたり、能力について教えたりするのが俺らの『仕事』なんだ。」
舞藻はようやく、彼らの言う『仕事』というものについて分かった気がした。
「そうなんだ…そうだよな。……オレは相当ラッキーだったんだよな。お前に見つけてもらえて。」
舞藻の言葉に、聖我はゆっくりと頷く。
「この店員は誰かから【暴れる能力】でもかけられたのかな。君の言う通り、店員の異変に気づいた俺はこのコンビニに入ることを意図的に提案したよ。」
「お前さぁ……言えよ……!」
舞藻は今までにないほどの恨みと怒りのこもった目線を聖我に向けた。
聖我はその目線に気づくと、冷や汗を一筋垂らした。心臓が大きく鼓動する。なぜかとても焦りを感じた。
「い、いや、俺の能力って『視る』だけだから舞藻に対処してもらおうと思ったんだよ。」
早口でまくし立てる。
「頼ったんだよ。舞藻のことを。」
そう言うと、舞藻の目が僅かに輝いた。
「ホントか?」
「本当だよ。」
「頼ったのか? オレのこと。」
「すごく頼りにしてるんだよ。」
なら許してやる!と舞藻は笑顔で言った。
彼の怒りが引いたことに大きな安堵を覚える。
同タイミングで、目の前で意識を失っている店員の指がピクリと動いた。ふたりは目を合わせる。
「あの、大丈夫ですか?」
舞藻は店員のそばでしゃがみこみ、声をかけた。
「ん……?」店員の目がゆっくりと開く。その瞳が舞藻の顔をとらえた時、驚きを顔の全面に出した。
「えっ誰!? っ────」
店員が頭を手で押さえる。
「頭痛い…。なんか、クラクラするっ…。」
「お、落ち着いてください! オレたちは、えっと……とりあえず怪しいものではないので!ほんとうに」
舞藻がしどろもどろの自己紹介を繰り出す。
「それ…怪しいやつしか言わないだろ…!」店員が具合の悪い蒼白顔で舞藻を睨め上げた。
「俺らはコンビニの客です。あなたは俺らの忘れ物を届けてくれた時、倒れてしまったんですよ。覚えてませんか?」
聖我が横から冷静なフォローを入れた。しかし、全て嘘である。だが嘘も方便、店員の不安は紛れたようだ。
「そうなのか…。わりぃ覚えてねぇ。でもあんたたちがアイス買ってったのは覚えてるし。怪しいヤツじゃなさそうだな。介抱してくれてたのか?」
聖我が舞藻に目配せをする。舞藻はそれを受けて口を開いた。
「はい。意識が戻ったようで何よりです。でも一度病院で診てもらった方が良いかと思います。」
店員は納得したように頷く。
「確かにそうだな。疑って悪かったな、ほんとに。」
「いえ…」
「男で長髪なんて、怪しいっつぅか、危ないやつしかいないと思ってたから。」
「危な…っ!?」
店員の言葉が舞藻に突き刺さる。背後で聖我が腹を抱えて笑いだした。
「切る?」聖我が小さな声で聞く。
「……切らない。」舞藻が不貞腐れた声で言った。
店員が頭を下げて去っていったあと、聖我が頭に手をやって言った。
「いい天気だし、買い物でも行こうか。」
頭上では、白い雲がゆらゆら浮かぶ青空が広がっている。
「買い物?なんのだよ」
「決まってるでしょ。昼飯と、夕飯。君は料理できる?」
舞藻は驚いた。まさかこいつから家庭的な言葉が出るとは。
とはいえ"あの"アパートの"あの"メンバーである。誰か家事ができないと詰んでしまうのかもしれない。偏見だが、あの中でいちばん家事が出来そうなのは聖我だ。
「オレは…そうだな。家では母親が専業だったから家事はあんまやった記憶がないな。でもオムライスなら作れる。」
次に驚いた顔をしたのは聖我だった。
「そこ、カレーとかじゃなくてオムライスなの?結構難易度高くない?」
「そんなことないぞ。コツを掴めばイケる。オレはオムライスなら凝ったものも作れるんだ。」
「オムライスを作る技術があるなら大抵の料理は作れるよ。でもそう…」
聖我は一人頷いて、顔を上げた。
「じゃあ俺が、今日から料理を教えるよ。だからスーパーに行こう。ついでに野菜の目利きもね。この能力で得た目利き技術を伝授するよ。」
「本当か!?」
優しく口元を緩める聖我に、舞藻も喜んで応答した。「ありがとな。」
「今度、舞藻特製オムライスも作ってね。マリンはオムライスが好物なんだ。」
「えっ!?!?」
舞藻は目を見開いて聖我を見る。彼はすました顔でこちらを見ていた。
コンビニエンスストアの敷地を出た。
気持ちの良い青空の下、思い出したように舞藻は口を開く。
「そういえば、聖我の能力の代償って何だ?」
ピタリと聖我が足を止めた。
「俺の代償?」
ゆっくりと目線が上がり、舞藻と視線がかち合う。
なんだか嫌な雰囲気だ。聖我の気持ちの降下を感じ取り、舞藻はひとり焦る。
「聖我って、ほら、常に能力発動してる感じだろ?だから代償とかあるのかな…っていうか。」
目線を斜め上に飛ばしながら、早口で言葉を吐き出す。
「あぁ…」
聖我が息を吐いた。その後軽快な声で言う。
「ないよ。俺に代償は。」
「え?」
舞藻は目を丸くする。「ないの?」
「だって俺の能力は自分でオンオフ切り替えられないし、代償とかあったら日常生活困るだろ。だから俺に代償はないよ。」
そう言われればそうか。
上手く丸め込まれたような気もするが、能力が視界である以上、確かに『使いすぎる』ということも無さそうだ。
舞藻は何とか聖我の答えを咀嚼し、再び並んで歩き出した。




