第40話:歩み寄り_3
無言の状態で、三人一斉に飲み物に手をつけた。
私は私で、この後どう話をしていったらいいのかがわからなくなり、ストローから口を離しては、またすぐに口をつけるを繰り返していた。そこまで猫舌でもないのに、ふぅふぅと何度も何度も紅茶を冷ましながら飲んでいる父も、もしかしたら同じ気持ちだったのかもしれない。
「あっ、そういえば。どうしてお父さん、その身体に戻ったの? だって、焼いちゃったから、ここにはないじゃない」
「焼いちゃったから」
母の言い草に、私は思わず紅茶を吹き出しそうになった。なんとも、身も蓋もない言い方だろう。だが、そこが母らしかった。
「あんなにちっちゃくなったのよ? 骨と灰になって」
視線の先には、骨壺があった。
その中には、父の遺骨が入っている。
私もみんなと一緒に、あの中へ骨を詰めた。あの中には、この世から消え去った父が、小さくなって入っている。
「そういえば、佐和さんにはまだ話していなかったなぁ」
「その辺は、ちゃんと話してくれるのよね?」
「そりゃあ、もちろん。美代には話したんだがな……」
父は私に話した話を、今度は母に話していた。何度聞いても、イマイチ実感が湧かないこの話だが、父が今目の前にいることを考えると、そうだと信じざるを得ない。
……間違いなく、目の前の人間が父であると仮定して。
「お父さんには会いたかったけど、まさかこんな形で会うことになるなんてねぇ……」
「幽霊でもワンチャン会えないかな、って、私は思ってたよ」
「私もそうよ。……まー……幽霊といえば幽霊……なのかしら?」
「父の身体をした何かに、乗り移ってると仮定したらそうだよね」
今度は私が難しい顔をした。現状を受け入れたいがあまり、難しいことは考えないようにしていたのだ。
だが、言われてみれば、一体どういう原理なのか無性に気になってきた。
「生き返ったわけじゃあないからなぁ。幽霊が成仏する前に会いに来たとでも思ってくれ」
「……本当に、いつまたいなくなるのかわからないの?」
母が不安そうに聞く。この姿を見せられると、母はもう百パーセント信じているような気持ちになった。
「神様とは、いつまでとはっきり決めたわけじゃないからなぁ。この世界にとって、お父さんはイレギュラーなわけだろ? だから、ずっとはいられないと思ってる」
「それは……そうなんだけど……」
「でも、そうだ。私の遺骨、見せてくれないか?」
父の視線が、骨壺へと向く。
「そういえば、骨壺に何かあるんだっけ?」
「あぁ、そうだ。お母さん、借りてもいいかい?」
「えぇ、まぁ。そりゃ、お父さんのだし」
父が父の骨壺を開ける。
……なんともシュールな光景だ。こんな光景、生きていたとしても、一生に一度見られるかどうか……いや、絶対に見られない光景だ。私は今、奇跡を目撃している。
「あぁ、やっぱり」
父は、そう小さく呟いた。
残念そうな、悲しそうな、でも安堵したような、複雑な声だった。
気になって、中身を覗いてみる。
「あれ、ちょっ、お父さん」
「どうした?」
「それ、大丈夫なの?」
私は思わず、父にそう問うた。
「何がだ?」
「いや、だって」
「一体どうしたって言うのよ」
私につられて、母も怪訝そうな声を出す。
「だって、その中身、ほとんどど入ってないじゃん!」
「はぁ!?」
母が慌てて父から骨壺を奪う。
「何でこれこんなに軽いのよ!」
「中身が全然入ってないからだよ!」
なぜ中身が少ないか、その理由はわからなかった。
でも、確かに、骨壺の中身は少なかったのだ。
私と母は慌てたが、父の表情は変わっていない。
「その骨壺に、喉仏が入ったら、お父さんはもういなくなるんだよ」
あっけらかんと答えられたが、何だか今、凄く大事な話をされた気持ちになった。
「は?」
私は、その一文字を喉の奥から絞り出すのがやっとだった。
意味が解らない。
いや、意味が解らないことはないが、なぜそんなことになるのか理由はやっぱりわからなかった。
「制限時間みたいなものだって。今ここに入っているのは、足のほうだから。順番に腕やら胴体のやら、歯やら頭やら入っていくわけで。一番最後が喉仏だろ?」
「それはわかるんだけど。それって骨上げの順番でしょ。ねぇ、お母さん」
「そうよ。それがどうして……」
骨上げの順番と、父のいなくなる時期がの関係性が、まったくわからなかった。
「だから、その骨壺がいっぱいになったら、父さんはそこへ戻るんだ。骨がすべてその中に戻ったら、父さんは成仏するんだって」
私は思わず口を開けた。開けっ放しになった。でも、父の言っている意味は、何となく理解できた。
父の身体は今外に出ていて、それが遺された骨と連動している。
骨は今、ほとんど骨壺には残っていなくて、骨が骨壺の中に増えるたびに、父のこの世での活動時間が減っていく。
最後、喉仏があの中に納まったら、父もこの世から消えて、残るのはあの骨だけになる。
「あぁ、そういうことなのね」
私は、理解したことを父に知らせるために、言葉にした。
「そうだ。そういうことだ」
父は満足したのか、笑っていた。
だが、母は何も言わなかった。
「ところで。佐和さんにも、私のスマホの番号教えておいていいかな?」
「え、えぇ、もちろん。無駄に電話をかけないように気を付けるわ。そう言っておかないと、毎日かけちゃいそうなんだもの」
「お母さん怖い」
「付き合ってる時からこんな感じだったぞ?」
からからと笑う父を見て、母の顔色が見る見るうちに赤くなっていく。
「ちょっとお父さん!? 変なことを美代に言わないでください!」
「うん? そうか?」
「そうよ! もう!」
母は怒っているわけではなさそうに見えた。口調の強さはアレだが、何だか父が生きている時も、こんな感じで掛け合いのようなものをしていたっけ。
(お母さんの性格から考えても、お父さんの言ってることは本当なんだろうなぁ……)
母は何というか、ちょっとしつこい。それでいて感情的だ。思うままに生きているに違いない。というか、母本人が『自分の好きなように生きる』と言っていた。
この思ったことは言葉にはせず、こっそりと自分の中で終わらせた。




