第41話:歩み寄り_4
そうこうしているうちに、コウが雪と一緒に帰ってきた。司は俊君と一緒に家でお留守番、雪はついて行きたいと言うから、一緒に連れてきた。
そこまで遅くなるつもりはなかった。元々司は置いてくると話をしていたし、この間みたくヒステリックにはならないだろうと思っていたから。
だが、雪がコウから離れたがらない。やはり、司の面倒を見るのに必死になってしまって、イマイチ雪と向き合えていないのだろうか。気を付けようと思っていたし、気を付けているつもりだったのに、少し悲しい気持ちになる。
「はいこれ、イチゴ。安かったから」
「これね! ゆきがおいしそうなのえらんだんだよ!」
「ありがとう。コウ、これ幾らだった? 後でお金払うわね」
「あぁ、いいよ、今日は俺の奢り」
『コウが奢るなんて珍しい。雪でも降るんじゃ無いの?』なんてつい思ってしまったが、無粋になってしまうのでやめた。払うと言った母も随分と驚いていたから、きっと私と同じことを考えていたに違いない。
折角の厚意だ、ありがたく受け取っておくべきである。
苺の時期ももう外れているだろうのに、今年はまだ売り場に並んでいた。袋に入っていたイチゴのパックをふたつテーブルに取り出すと、赤々艶々としたイチゴは、まさに今食べごろであった。
イチゴが大好きな雪には、とてつもなく美味しそうに見えたのだろう。私もイチゴは好きだ。今日もうすぐに食べるのなら、私もきっと、このイチゴを選んだ気がする。
「こーくんはやく! ゆきたべたい!」
「はいはい。洗うから待ってて」
「はーい!」
雪が、今か今かと待ち構えている。どこにいても、イチゴのことになるとこうなる。
あの目でじっと見られると、早く渡してあげないと! なんて、そんな気持ちになるのだ。
「あ、私やろうか?」
「いや、いいよ。ねーちゃん座ってて」
「そう? じゃあ、お願いするわ」
「はいはい」
こういう時に、コウが動くのはちょっと珍しい。雪の目があるからだろうか。それとも、父がいるからだろうか。能動的に準備をしてくれるのは助かる。
「じぃじー! げんきー?」
「おぉ雪、元気だよ」
「雪ちゃん? 随分その、普通に話すのね?」
あまりにも当たり前のように父と話す雪に、母は驚いた顔をした。
「ばぁば、じぃじとおしゃべりした?」
「え……っと。そうね、まだちょっとだけ、ね」
「どうして? あんなにじぃじにあいたがってたじゃん! あえたのに? おしゃべりしないの?」
「ううん……」
「ゆきはね、もういっぱいしゃべったよー! こんど、いっしょにかくれんぼするの!」
子どもは本当にすごい。大人が聞くのを憚られることを、さらっと口に出来てしまう。それに、聞かれた側としては、キラキラした目を見ていると、答えないと悪い気がしてしまう。
「……そう。それはよかったわね」
「ばぁばもするー?」
「んっ……んー……」
しかし、そんな雪の可愛らしい視線は、今の母にとっては毒かもしれない。と、私は少し経ってから気付いた。
母は困っている。雪の言うことを否定もできず、大手を振って校庭もできずに。
「ばぁば?」
「雪? もうやめなさい」
「えー? なんで?」
「ばぁばが困ってる。みんなおんなじ、じゃないでしょ?」
「うーん、そっかぁ……。わかった!」
あっさりと、雪は引き下がった。今日は聞きわけがいい。子供ながらに、察しているのだろう。
「コウの様子を見てきてくれる?」
「はぁい! ゆきもいちごよういするー!」
改めて思うが、子どもは本当に容赦が無い。大人なら躊躇う言葉も、遠慮無く吐いてくる。今みたいに。なぜ? どうして? 何で? は、地味にメンタルを削ってくる言葉だ。
本人は純粋に疑問に思っているだけで、他に他意は無いだろうというのに。
「じぃじ? じぃじのすきないちごだよー!」
「うんうん、ありがとう。美味しそうなイチゴだな」
「じぃじだいすきでしょ? ばぁば、いつもおそなえしてるもんね! おいしかった?」
「お供えか? あぁ、とっても美味しかったよ!」
「だって! よかったね! ばぁば!」
母は、その言葉に何も答えなかった。でも、その目を見れば、何と思ったかはすぐに分かった。
思いの外手際良く、コウは苺を皆に取り分けていた。雪は器をふたつ持ってくると、ひとつを父に渡した。
「もうたべていい?」
「みんなで食べるの、待てる?」
「んー……まつ!」
その姿を微笑ましく見守る父の姿を見て、急に昔のことを思い出した。
我慢出来ないのは、小さいうちはどの子も同じなのかもしれない。『待ちなさい』と雪に言う私も、昔は雪のように『まだ?』と確認ばかりしていたんだ。目の前に好きな物を出されては、我慢するのも難しい。
それでも、雪はみんなが席に着くのを待ち「いただきます」をしてから、自分のイチゴを食べ始めた。
「雪、じぃじのイチゴもあげようか?」
「ううん! いらない! だって、じぃじもすきだから、じぃじがたべたらいいんだよ!」
「おぉ、そうかそうか」
断られた父は何だか嬉しそうで、 小さいころの自分と、まだ若かった父を見ているような気がして、少し感傷的になった。




