第39話:歩み寄り_2
父はオロオロするわけでもなく、驚くわけでもなく、そんな母を見て申し訳なさそうにしながらも笑っていた。
「いや、お父さんも、まさかこんなことになるとは思ってなかったから」
「思ってたらビックリよ」
母は泣きながら怒っている。
「これでも、たまには覗きに来てたんだぞ? 一周忌の時だって、会場に行ったんだから」
「嘘! じゃあ何で姿現さなかったのよ!」
母の剣幕に父は一瞬怯んだのか、目を開いて身体を後ろへと引いた。
「お前に見えなきゃしょうがないだろう見えなきゃ」
「声かけなさいよ声を!」
「いや、お母さん昔から霊感の類は無かっただろう? 見えなかったら聞こえないと思うんだけどなぁ」
そこは、父の言う通りだ。母は霊感の類はゼロだ。ホラーや心霊番組は好きだが、基本的に信じていない。
「本当は会いに来てなかったんじゃないの!?」
「ちょ……まぁまぁお母さん、いきなり喧嘩しないでよ。お父さんびっくりしてるでしょ」
熱くなって声を荒げる母を嗜める。純粋に会いに来たのか、喧嘩をしに来たのかこれじゃあ分からない。それに、泣きながら怒るなんて見ていて不安になる。
「ホラホラ、積もる話もあるんしやないの? お茶淹れるから、ね、ね?」
「……アンタ順応が早くていいわね」
「そりゃ私だって、最初お父さんが来た時は、お母さんとそうそう変わらない反応だったよ?」
「でも、信じて私に会わせようとしたんでしょ?」
「まぁ、ね」
私はゆっくりと席を立った。
「よくまぁ簡単に信じたわね」
「何かバカにされてる?」
「違うわよ。切り替えが早いわねって」
「だってまぁさぁ……。あんなにポンポンポンポン、赤の他人だったら知らない情報言い当てられたら、信じたくもなるよねっていう」
私は、父に初めて声をかけられた時のこと、そして、父を家に招いた時のことを思い出していた。
やはり、実際の経験に勝るものはない。
「アンタどんな話したのよ?」
「えー? えーっと……。お茶淹れながらでも、いい?」
「お母さんアイスコーヒーがいいわ。冷蔵庫に入ってるから」
「はいはい。お父さん紅茶?」
「あぁ。でも、お母さん飲まないだろう? まだあるのか?」
ほら、この気遣いだって、父そのものじゃないか。それに、ちゃんと母の嗜好を覚えている。
「あるわよ? その、仏壇の前」
「……お供物ね」
仏壇から、紅茶の入った缶をとる。これは、父が良く飲んでいたメーカーの紅茶だ。『自分は飲まないからよくわからない』なんて言いながら、母は母でちゃんと父の好みを覚えている。
お湯を沸かしながら、私は母の興味に答えるべく、初めて父に会った時のこと、父がその後家に来た時のことを話した。
俊君の呼び名から始まり、雪が赤ちゃんだった時のこと、私自身が子どもだった時のこと、司が生まれる話をした、父の死に際の話のこと。
雪や司の反応も話したし、コウの話もした。……コウについては、本人から聞いているだろうが。
「お母さん、信じてくれなかったらどうしようって思ってたんだよ?」
「あら、まだちゃんと信じたわけじゃないわよ? だったらいいなと、思ってるだけ」
「……はー……素直じゃないなぁ……」
母は私や父に頑固だというが、そう言う母だって頑固だと思う。よくわかっているから、私も父も、これ以上は何も言わない。
「何?」
「何でもー! ガムシロ、一個? 二個?」
「二個ちょうだい。牛乳も入れて、やっぱりカフェオレにして」
「あー、うん。お父さんは? スティックシュガーもご丁寧に供えてあるけど」
「一本もらおう」
「はいはい」
自分の分のカフェオレも用意しながら、頼まれた通り用意する。私のカフェオレには、ガムシロップは入れない。スッキリとした苦味がほしいから。
トレイに乗せて、テーブルまで運ぶ。飲食店のホールでバイトをしていたが、このドリンクを運ぶという行為は、いつまでも慣れなかった。
すぐに悪い方向に考えてしまうから、何かの拍子に倒してしまうのではないか。うっかり揺らして溢してしまうのではないか。そんなことばかり想像していたから。……それは今でも変わらない。
ぷるぷると手を振るわせながら、私はゆっくりと歩く。トレイが滑り止め付きで、本当によかった。
「はい、お母さんのカフェオレ」
「ありがとう」
コースターを敷いて、その上にカフェオレを置く。もう、カフェオレを入れたグラスが、汗をかいてもおかしくない季節だ。
「これはお父さんの紅茶ね」
「あぁ、ありがとう」
「砂糖の入れ過ぎには注意だよ?」
「わかってるよ」
父の前に紅茶と砂糖を置き、私は悩んだが母の隣の席に自分のカフェオレを置いた。
「……そういえば、もうあのコースターは使わないのか?」
「え?」
「私が作ったコースターだよ。何年前だったか、まだ元気なころに寄せ木で作っただろ?」
母はその言葉を聞いて、驚いた顔をした。
「……汚したら嫌だもの。しまってあるわよ」
「……そうか」
母のお気に入りのコースター。父が作ったそれは、今は大事にしまわれている。私も知っていた。父の物を捨てられない母が、最後に作ってもらった物だと、遺品の中でも特に大事にしていた品だから。




