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7.全てを喰らう者

 

 その夜、拠点の周辺を巡回していたレーヴェは、不穏な気配に気がついた。


「これは……やれやれ。やっぱり、儀式は最終段階にまで進んでいたのか」


 空気が揺れている。いや、空間そのものが歪んでいた。


 次の瞬間、拠点にも重い振動音が響く。地面から黒い爪のようなものが伸び──封じられた魔神の影が姿を現した。


「っ、魔獣か……!?いや、違う……なんだ、こいつは……!」


 そう吠えるガルドと、魔神の影の間にレーヴェが割って入る。


「力を増幅(ぞうふく)させる儀式だけじゃなかったか。裏で、何かを封じ込めていたようだな。その封印が、魔力の干渉で解けかけている」


 闇を裂くように、レーヴェンシュタインの声が響く。


 現れたのは、古代この地に封じられた魔神の影。

 “魔神”と言われるが、実際は封印された、ただの魔力の塊にすぎない。


 三大天は、地下に落とした人間たちを「生け贄」として、この魔神の封印を解こうとしていたのだ。


 封印が解ければ、三大天も必ず気づく。

 だが──レーヴェの背後には、今、震える仲間たちがいる。


「これ以上、目覚めさせるわけにはいかない」


 その瞬間、彼の足元に描かれた魔法陣が、淡く発光する。


 地下層の魔力を掌握(しょうあく)した証。

 地図作りの合間に、彼が密かに仕掛けていた術式が起動したのだ。


 今やレーヴェがこの層の魔力を支配している以上、一定以上の魔法を使用しても、三大天が感知することはできない。


零宵の刻印(ノクティスインゼリオ)


 レーヴェがその言葉を紡いだ瞬間、彼の体は(まばゆ)い光と強大な力に包まれる。

 彼が放とうとしていたのは、かつて神だった頃に創り上げた封印術式__世界そのものの構造に干渉する、絶対封印。

 これほどの力が放たれているにもかかわらず、三大天の干渉はまったくない。

 拠点の仲間たちは、魔神の異形もさることながらレーヴェが纏う力の“格”に、息を呑む。


 そして放たれた封印の術は、まるで何事もなかったかのように、魔神を再び封じ込めた。


 ──はずだった。


 ──バキバキバキッ……!


「あ」


 わずかに漏れた声には驚愕(きょうがく)でも焦燥(しょうそう)でもない。ただ“想定の外だった”という程度の失望。


 彼の放った力は、あまりにも純粋で強大だった。封印が発動しかけた刹那(せつな)、世界の空間に、深い亀裂が走った。


 レーヴェはそれを見て、細く目を細めた。


「……この程度でも、駄目か」


 ぽつりと漏れる呟き。落胆とも、面倒くさそうとも取れるその声とともに、彼は片手をゆっくりと上げ__


 指を、ひとつ鳴らした。


 その瞬間、空間の裂け目は、最初から存在しなかったかのように静かに__そして完璧に、塞がれた。


 仲間たちは、言葉を失っていた。


 空間の崩壊などという常識を超えた現象が目の前で起き、それがまるで「紙を折りたたむ」ように修復されてしまったのだ。


 だが、異常はそれで終わらない。


 魔神が──いや、封印から解放されかけている“古き存在”が、力を暴走させようとしている。


 怒りと恐怖の混じり合った重圧が、地下層全体を満たす。


「グ……ゥゥアアアアア……!!」


 咆哮(ほうこう)とともに、魔神から噴き出すのは、凝縮(ぎょうしゅく)された魔力の塊。

 混沌(こんとん)そのもののような圧力が渦を巻き、直線的にレーヴェを襲う。


「危ないッ、レーヴェンシュタイン!」


 誰かが叫んだ。


 次の瞬間、片翼(かたよく)堕天使(だてんし)が、満身創痍(まんしんそうい)の体を引きずりながらレーヴェの元へ飛び込む。


 片翼(かたよく)を無理やり動かし、レーヴェを抱き寄せてそのまま、後方へと飛び退いた。


 __その刹那。


 ゴォ……と、音もなく魔力の塊は、空間ごと呑み込まんとする勢いで襲いかかる。


 だが。


「……ふぅん」


 レーヴェは、ただその場で、(てのひら)を軽く振るっただけだった。


 それだけで、すべての魔力が霧散(むさん)した。


 音もなく、煙のように掻き消え、怒涛(どとう)の魔圧も、静かに消えていく。


「なっ……」


 堕天使(だてんし)は、懐にいたはずのレーヴェが、いつの間にか前に出てまったく動じず立ち尽くしているのを見て、目を見開く。


 そこにいたのは、何事もなかったかのように微笑み立つ、ただ一人の男だった。


「ごめん。びっくりさせたね?」


 レーヴェが微笑む。

 堕天使(だてんし)も、他の仲間たちも、その笑みに、返す言葉を失っていた。


 だが、そんな彼らの反応を背に、レーヴェはひとり、考えていた。


(あのとき、俺に与えられた職業は『()()』だった)


 なぜ元最高神であった自分がそんなふざけた職業を与えられたのか。

 その答えに、今ようやく辿り着く。


(そうか。理由があったんだ)


 レーヴェンシュタインの口元が、ゆるりと笑みに歪む。


(物事にはすべて、理由がある)


 最高神だった彼は、今まで無数の世界を見た。


 そこには、ある世界の“勇者”の記憶があった。


 __最弱のステータス。(さげす)まれ、無視され続けた存在。


 __職業は『()()


(あの勇者の少年も俺と同じだった)


 その勇者は最終的に、魔王を打ち倒し、英雄となった。


 なぜなら──職業『家畜』は、すべてを“()()()”。


 (えさ)を選ばず、環境に適応し、摂取したものすべてを血肉に変える。


 そう、本来『家畜』とは、“進化の極致(きょくち)”なのだ。


(どうやら、俺はどんなに人間が欲に落ちようとも、それでも信じて導きたいようだ。だから__俺は「家畜」に選ばれた)


 レーヴェンシュタイン──天月蔵馬(あまつきくらま)は、()()()()()()を、自分自身に“()()”させる。


「本来の力ではなく魔力に変換したものならば、何も制限されることはない」


 静かな声とともに、彼の体を包む力が、確かに“変質”していく。


 神の力を、魔力へ。

 封印術式の失敗を、今度こそ成功へと。


 再び、地下に魔法陣が走る。


零宵の(ノクティス)封印(グラン)・改式(ゼリオ)


 その名を告げた瞬間、地が震える。


 魔神の身体が動きを止め、再び静寂が訪れた。


 そのとき、拠点にいたすべての者が、思った。

 __この男は、いったい何者なのか。


 だがレーヴェはただ、背を向けたまま、ぽつりと呟いた。


「俺は……“家畜”さ」


 その笑みは、どこまでも神に近く、そして、どこまでも──人間らしかった。

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