6.夜明けの火、捨てられし地にて
拠点の中心に据えられた焚き火は、かすかにぱちぱちと音を立てていた。
その明かりに照らされる顔は、皆疲れ切っている。それでも、いままでの絶望だけの表情とは違っていた。
レーヴェは火を見つめながら、口を開く。
「まず、ここを拠点にする。そして、地下層の地図を作ろうと思う」
「地図……?」
そう尋ねたのは、ミリナだった。
声にはまだ少しだけこの地下層への怯えが混じっていたが、彼女の目には“期待”が宿っていた。
「ああ。この地下層は広い。各所にまだ救うべき生存者がいるかもしれない。魔獣や罠もある。まずは情報を集めるんだ」
そんなレーヴェの言葉に、ガルドが周りの仲間たちの様子を見て声をあげた。
「だが、何の装備もない奴らが殆どだぞ。俺だってもう魔力も尽きかけてる。動けるやつなんて──」
「動かなくていい」
レーヴェは立ち上がり皆に向かって言い切った。
「探索は、俺がやるから」
「ひとりで……!?」
誰もが息をのんだ。だが、彼の瞳には一切の迷いがなかった。
「それに、ひとつ試したいことがある。……この場所の、魔力の流れが不自然なんだ。何か裏があるはず」
「魔力の流れって……レーヴェンシュタイン、お前、どこでそんな知識を……」
アルザークが口にしかけるが、彼は笑ってはぐらかす。
「秘密。いまはまだね」
✼✼✼
その日から、レーヴェは本当に一人で行動を開始した。
昼は探索。夜は生存者たちと情報共有し、罠の撤去や隠し通路の開拓を進める。
少しずつ、誰も足を踏み入れなかった場所に光が灯っていく。
だが、ある日の探索中──彼は、異様な魔力の“揺らぎ”を感知した。しかしそれは予想通りだ。
「……やっぱり、隠してたか」
崩れた石壁の向こうには魔力の風が流れている。
その先にあったのは、朽ちた神殿跡のような空間だった。
中央には祈祷台のような祭壇。
だが、その上には、いつから置かれていたのか、皮も肉も無い白骨化した骸が並べられていた。
「ゴミ捨て場。不必要な存在。異常な魔力を抑え込んだ跡。やはり、捧げているのか……この地下層の住人たちを」
その呟きと同時に、背後から気配。
気配がする前から、それに気付いていたレーヴェが振り返ると、そこには異形の姿──処刑者と呼ばれる兵が立っていた。
空間の空気が凍るように張り詰め、放っておけば、何かが──救うべき仲間たちが確実に“死ぬ”予感がした。
「この地を荒らす者ならば__お前も、ここで骸となれ」
「お断りだ」
レーヴェはフードを深くかぶり直す。
そして、異空間に仕舞っていた、鉄くずから作り出した剣を取り出す。
「お前たちはここに落とされた人間たちをどう使おうが勝手だと思っているな?だが__」
彼は一歩、踏み出した。
「俺はそうは思わない。例え俺がいなくとも、勝手は赦さない」
次の瞬間──空気が弾けた。
異形が振るう巨大な斧は宙を裂くも、それより早く、レーヴェの一閃がその胸を貫いた。
「な……ん、だ……この……力……」
異形の仮面が、ガラリと砕けた。
「ここは、ゴミ捨て場でも処刑場でも無い。光の差すべき場所だ」
レーヴェは静かに剣を振り払う。
「──生きたいと願う者たちを、照らす光のな」
異形の体が崩れ落ち、そこには静寂が訪れた。
✼✼✼
その夜、彼は拠点に戻り、新たな情報を皆に共有した。
祭壇のこと、異形の存在、そしてこの階層が、三大天によって設けられた“儀式の場”である可能性。
「つまり、私たちは、ただ“不要”だから捨てられたんじゃない……?」
「そうだ。彼らは表向きには地下層を処刑場と言っている。ただその実態は自分達の力を増す為の儀式を行う場。力を得る為の代償として、捧げる供物に人間や魔族、妖精たちを利用している」
聖女リフィアが、ぴくりと顔を伏せる。
レーヴェは、少しだけそんなリフィアを見つめたが、何も言わずに視線を外して言葉を続けた。
「ここを、奴らが儀式に使う場所じゃなく、俺たちの夜明けの地にする」
沈黙が落ちた。
その言葉が、誰かの胸の奥で小さな火を灯した。
__終わりの地じゃない。これは始まりだ。
ゆっくりと、心に明かりが灯されていくように、レーヴェの言葉に誰かが小さく拍手をした。続いて、数人。そして全員が。
希望は、音となって響き始めた。
そう──地下層の片隅で、反撃が始まったのだ。
偽りの神に捧げられた魂たちが、レーヴェンシュタインという名の火を灯して──。
『俺たちの夜明けの地にする』
レーヴェンシュタインの宣言を境に、人々の中にゆるやかに灯りはじめた小さな希望。それを絶やさぬよう、彼は即座に次の行動に移った。
レーヴェは地上に出た後も、地下層の探索を続けるために、祈祷台のあった遺跡を利用し、食料の貯蔵庫と訓練場にする準備を進めた。転がる骸に残された黒ずんだ魂を聖女が浄化し天に還す。
それから、倒した魔獣の肉を焼き、まだ使える布や鉄片を拾い集め、罠を設置し、哨戒網まで構築した。
レーヴェはその全てを自ら陣頭に立って行った。
「こいつ……本当に人間か?」
「怪我ひとつしてないし、魔力切れもない。俺なんか昨日まで寝込んでたのに……」
そんな声が囁かれる中でも、彼はいつものようにゆるい口調で言う。
「無理はするな。休める時にちゃんと休んでおいた方が良い。俺は体力だけはあるんだ」
その余裕を感じさせる表情と裏腹に、動きには一切の隙がなかった。彼の放つ威圧感に、魔獣すら足を止める。
それでも、彼は三大天にこの地下層の動きを悟られないように細心の注意を払っていた。
まだ、その時ではないから──。
✼✼✼
数日が経ち、地下層は徐々に変わり始めていた。
「物資、これだけ回収できました!」
「隣の区画に人がいるかもしれないって情報が……!」
「魔物の巣の位置をマッピングしました!」
疲労にまみれた顔で報告をする者たちに、レーヴェは頷く。
「ありがとう。助かる」
彼のその言葉が、皆の支えになっていた。
地下層の人々にとって、彼は光そのものだった。
そんなある日、レーヴェは聖女リフィアとふたりきりで話していた。
「レーヴェンシュタイン様。貴方ずっと無理しているでしょう?」
「……そんなことは無い。君こそ、眠れているのか?」
「私は、貴方を見ていると不思議と眠れるの」
レーヴェは目を見開いたが、すぐにふっと笑って焚き火の火をかき混ぜた。
「それならよかった」
リフィアは彼の横顔を見つめる。
リフィアはレーヴェがかつて自分たちを見守っていた神──。
いや、“神だった人”だと知っていても、彼の隣にいられることが、嬉しかった。
だが彼女は、その事実を決して口に出すまいと決めていた。
神は全ての祈りに呼び寄せられるのではない。
救われるべき者にだけ、彼の気配は宿るのだから。
そうして、リフィアは"自分を除いた"仲間たちが今日を生きていけるようにと祈り、彼らに希望を見せたレーヴェへの感謝を唱えた。




