7、同じ
「おはようございます、ソムヌスさん」
「おはよう、グロリアさん」
次の日も仕事だ。昨日も魔法書専門店で結構の数の本を整理したと思っていたが、まだまだあるようだ。
「今日は魔法書専門店の方に予約のお客さんが来る」
魔法書専門店の方も、記憶消し屋の方も予約制だと言っていたが。今日は魔法書専門店の方に来るのだという。
「分かりました。その間、私は店頭にいないほうがいいですよね?」
「ああ。裏にいてくれ。休んでいてもいいし、本を読んでいても構わない」
「分かりました」
また大物が来るのかもしれない。グロリアは深くきかずに頷いた。アエラス以上の大物は国王のフィニスくらいだが。アエラスほどではなくても国の上層部、もしくは魔法科の中心人物がくるかもしれない。
「ソムヌスさん、おすすめの本ありますか? できれば初学者向けで」
「君は学校で学んでいたんだから、初学者じゃないだろう?」
「魔法についての話に触れるのは久しぶりですから。復習しておこうかと」
頷いたソムヌスは迷わずに入口近くの本棚まで行き、1冊の本を手にとった。
「これはどうだ?」
ソムヌスに渡された本を手に取る。最新の魔法状況、と書かれている。
「初学者というほど簡単な物を見直すより最近の情報を知っておくのが良いんじゃないか?」
「ありがとうございます」
来客の時間が近づき、グロリアは奥の部屋へと向かう。記憶消し屋のさいに使っている部屋が空いていたため、そこを使わせてもらうことにした。
ソムヌスに受け取った本を開く。パラパラとめくって、自分が適性をもつ闇魔法についての記述を探すが、ほとんど載っていない。
「やっぱりないか……」
どうして闇魔法についての情報が少ないか。理由は簡単。適性を持つ人が少ない上、研究価値が見出されていないからだ。
「影を出すことで、攻撃ができるけど。他に何か有効的な活用はできないものかしら」
攻撃が可能なところで、攻撃をする機会はない。グロリアは闇魔法を持て余している。
それを研究する場所があるとすれば、魔法科くらいであろう。国の機関の1つ、魔法科。グロリアは興味があったが、結婚するからと所属していなかった。
「記憶を消してもらったあとで、所属してもいいかもしれないわね」
希少な闇魔法の適性があるのだ。研究するのは面白いかもしれない。
借りた本に視線を戻す。一番記述が多い魔法はどれだろうか。水魔法や火魔法が多いかもしれない。魔法科に所属するのには試験を受けなくてはならないのだっただろうか。
「何が知りたいんだ?」
魔法科についての説明はどこか、と探していると目の前にソムヌスがいた。
「ソムヌスさん。もう終わったんですか?」
「ああ。さっききた客はここに来る前から買う本が決まっていたらしい。すぐに終わった」
そう言ったソムヌスはグロリアの横の椅子へと座った。グロリアの手元を覗き込む。
「その本は大体の内容を覚えているから、探せるぞ」
「それでは、魔法科について書かれている頁はありますか?」
グロリアが本を手渡すと、ソムヌスは頷いて本の頁をぱらぱらとめくる。真ん中よりも後ろの頁で手を止めた。
「これでいいか?」
「ありがとうございます」
ソムヌスは本当にすぐに見つけてくれた。驚きながら、グロリアは本を受け取った。
「ソムヌスさんは、記憶力が良いんですね」
「自分の好きなことは、他のことより記憶に残りやすいだろう」
そういうものだろうか。グロリアは魔法に興味があるが、学生時代の勉強でソムヌスのように覚えられていたかと考えると、そうでもない気がする。
ソムヌスに開いてもらった頁を見ていると、ソムヌスからの視線を感じた。グロリアがソムヌスの方を見ると、暗めの金の瞳がグロリアの方をじっと見つめていた。
「どうしましたか?」
「魔法科に興味あるのか?」
「興味あります。どんなことしているのかな、と思いまして」
そういえば、魔法が好きだと言っていたソムヌスは、魔法科に入っていてもおかしくなさそうだ。彼の特殊魔法の希少さもあって、勧誘が来そうなものだ。
「ソムヌスさんは、魔法科に興味なかったんですか?」
「少しはあったな」
それならなんで。そんなグロリアの考えが顔に出ていたのだろう。ソムヌスが苦い顔をした。
「魔法科に所属するのは、貴族としての地位を受け継いだ人間、もしくは受け継ぐことが決まっている人間だけだろう?」
「はい」
「俺は貴族社会が嫌だった。力を持つ者は、人のためにその力を使えという考え方だからだ。たしかに正しいだろう。それでも、強制は違うと思った。……兄さんが公のために魔法を使わないと宣言したとき、批判が殺到した。兄さんは魔法を使えなくなったんじゃないか、という噂まで流れた」
ソムヌスは顔を伏せた。グロリアは言葉を失う。アエラスの近くは、そんなにも悪意に満ちていたのか。ソムヌスは息を吐いた。その表情には諦めが混ざっているように見える。
「俺が完全にあの場を見限ったのは『アエラス・クレアティオが魔法を使えなくなったから失恋をした』という噂が流れたときだ」
「え?」
アエラスが魔法を使えることと失恋に何の関係があるのだろうか。繋がりを必死で探していると、ソムヌスが苦笑した。
「分からないほうが正常だ。兄さんの特殊魔法は知っているんだろう?」
「はい。感情や意思を消しされるんですよね」
「そうだ。その魔法をエリー姉さんに使えば、隣国の王に嫁ぐという意思を折れる。もしくは自分以外の人間へ向く好意を全てなくせば、自分への好意を1番多くできる」
「そんな……」
「馬鹿げているだろう?」
「はい」
ソムヌスが言った方法は、アエラス・クレアティオなら可能であろう。しかし、愛している人の感情を変えて手に入れることで、アエラスは満足できるのだろうか。
「確かに兄さんには力がある。それに昔はもっと感情的だった。それでも、大好きなエリー姉さんの気持ちを1番に尊重していたんだ。それなのに、それを汚すかのような噂が流れたのが許せなかった」
「……」
ソムヌスは心底腹立たしい、という表情をしている。その表情を見ながらグロリアが黙り込んで言葉を探していると、ソムヌスが肩をすくめた。
「もちろん、悪い人ばかりじゃない。フィニス兄さ、フィニス陛下はいい人だし、兄さんの絶対的な味方になってくれるだろう」
王のことを兄さんと呼びかけたことにグロリアはぎょっとしてしまう。現在の王であるフィニスのことも兄のように慕っていたのか。アエラス、エリー、フィニスが幼馴染という話は有名だから、その関係性を考えれば妥当かもしれないが。
「それでも俺はあんな場にいるのは嫌気がさした」
綺麗なばかりの場所ではない。実力がないものは容赦なく切り捨てられる。しかしそれだけではなく、実力があるものすら、大変なのだろう。
ソムヌスがグロリアの顔をみて、表情を緩めた。
「そんなに深刻に考えなくていい。向きも不向きもあるだろうし、その時の状況もあるだろう。俺はただ1面を、俺の見えていた面を言っただけだ」
世間について見えている部分は一部であり、全てではない。闇があるところに光があるし、光があるところには闇がある。
頭では分かっていても、ちゃんと考えるのは難しい。
「それで、グロリアさんは魔法科に入りたいのか?」
「……わかりません」
「もし興味があるのなら、魔法科の人間に直接話をきいてみればいい。この店の特性上、多少の伝手はあるから紹介しよう」
「ありがとうございます」
立ち上がり、店の方ヘと戻ろうとしたソムヌスをグロリアは呼び止めた。
「ソムヌスさん」
「なんだ?」
「なんでそこまでしてくれるんですか?」
グロリアの方を振り向いたソムヌスをみて、グロリアは息を呑んだ。
懐かしむ表情を浮かべるソムヌスは。
「記憶を忘れたとしても、手に入るものはない。残るのは空虚さだけだ。世界を知ることは、きっと立ち上がるための助けになる」
ソムヌスは、どんな記憶を消したかは今まで口にしていなかった。それでもグロリアには、はっきり分かった。この人もきっと。恋をなくしたんだ。記憶から消して、その恋をなかったことにしているんだ。だから同じ立場のグロリアに親身になってくれる。




