64、対決
1言、2言。ソムヌスとアリアが言葉を交わしたあと、アリアがこちらに向かって叫んできた。
「アエラス先輩! はじめの合図、してください!」
正確には、アエラスに向かって、だ。アエラスが面倒くさそうに返事をした。
「だから、私はいるだけだって」
「お願いします!! 来てください!」
アエラスの言葉は無視したアリアの催促で、息を吐いたアエラスは、2人の近くと向かう。
「そういえば、勝利条件は?」
「……」
「いや、それは決めておかないと」
アエラスは大声を出していないはずなのに、ここまで声がよく通り、呆れてるのが伝わってきた。
勝利条件すら、決めていないというのは、本当に姉は戦いをしたいだけなのでは、という疑念がわいてしまう。
アリアがソムヌスへと尋ねるのが聞こえてきた。
「ソムヌス様。どうします?」
「あなたが決めてください」
その返事に、グロリアは少し苦しくなった。やっぱり、ソムヌスは全てを受け入れるつもりなのだ。
少し考えたアリアが大きな声で言った。
「それでは、どちらかが膝をつくか、負けを認めるまで」
頷いたアエラスが、また尋ねる。
「制限時間は?」
「10分でどうですか?」
「異論ないです」
アリアの提案に、ソムヌスも頷いた。時間についても、ソムヌスはただ受け入れるだけだ。
アエラスが懐中時計を取り出した。それにちらりと視線を送ってから、2人に向き直った。
剣を持った2人が少し離れた位置に立っている。2人の中央くらいに立ったアエラスは、2人の準備ができているのを確認して口を開いた。
「はじめ」
すぐにその場を立ち去り、アエラスは時計を見ながら、グロリアの横まで戻ってきた。それを視界に入りながらも、2人の戦いを見つめる。
始まった瞬間、アリアがソムヌスへと距離を詰めた。
がん、と重たい音が鳴る。ソムヌスはその場を動かず、アリアが放つ攻撃を淡々と受け止めている。
「ああ。アリア嬢、先に前に出たね。ソムヌスに魔法を使われると面倒だからかな」
アエラスが関心したようにそう言った。
一見、アリアの攻撃が押しているようにも見える。しかし、ソムヌスは一歩も下がっていないことから、まだ余裕がありそうだ。
「ソムヌス、戦い方もこのまま受け身でいるつもりかな。それだと膝をつくことはないだろうから引き分けになるだろうけど」
負けはしないだろう。しかし。グロリアは苦笑した。
「……もし引き分けになったら、姉はどちらかが勝つまでやると言うと思います」
「そうだよね」
アリアは、ソムヌスがどれほど動けるかを判断するだけではなく。勝ち負けまでつけたがりそうな性格だ。
戦っている2人の声が聞こえてきた。
「あはは! ソムヌス様! やっぱり学生時代は本気を出していませんでしたよね!」
「さあ。昔のことは忘れました」
楽しげな姉と表情の変わらないソムヌス。まだ会話をする余裕もあるらしい。
「全然、状況が動かなさそうだね」
「そうですね」
ずっと打ち合い。どちらの隙もなく、すさまじい勢いで剣が交わされている。
「ソムヌスさん、すごいですね」
弱いとは思っていなかったが。想像以上だ。
「そうだね。それでも、このままの打ち合いを続ければ、ソムヌスが不利だ」
「そうですか?」
「うん。だって、圧倒的に経験値が違う」
それはそうだ。剣はアリアの得意分野であり、毎日のようにふっている。
それに対し、ソムヌスは魔法の方が得意のはずだ。
「アエラス様」
「なに?」
「アエラス様がソムヌスさんだったらどうしますか?」
同じく魔法を得意とするアエラスへ尋ねる。彼は迷う暇もなく答えた。
「開始すぐに水魔法で相手の呼吸をできなくして終わり」
「魔法で解決、なのですね」
剣と魔法を使用可、のはずなのに。魔法しか使っていない。
しかし、それはアエラスがとる方法としては正しいのだろう。自分の得意な分野に引きずり込むのが。
「それでも相手が耐えられそうだったら、足元を泥濘ませて転ばせ、膝をつかせる」
「容赦ないですね」
グロリアの感想に、アエラスが肩をすくめた。
「そもそも、現役の彼女と真正面からやりあったら勝てないよ。如何に意表を突くかを私なら考えるけど」
「……ソムヌスさんも、そうするでしょうか?」
「どうだろうね。あの子は今言ったような雑な方法ではやらなさそうだけど」
このような剣と魔法の対決は、アリアが考えたものではない。学生時代に、そのような授業がある。以前、隣国のコスモ国との戦争が続いていたときの名残だ。
「アエラス様も学生時代、剣と魔法を使用しての試合、やったことありますよね?」
「ああ、あったね」
「どう戦いました?」
「まず風魔法をぶっ放す」
そこまで聞けば、どうなるかはすぐに分かり、グロリアは苦笑した。
「敵を近づかせず、あるいは指定の枠内から出して終わり、ですか?」
「よく分かったね。そうだよ」
即座に自分の得意分野に持ち込む。戦略としては満点だ。やっていることは力技だが。
「それ、剣の成績、つけられなくないですか?」
「ちゃんとやれって怒られたけど、『それなら、この風に耐えて、剣まで届く人を連れてきてください。それから、これ以上の風でも崩壊しない訓練場があるなら』と言ったら、諦めてくれたよ」
先生も困ったことだろう。しかし、魔法の天才に魔法を許可した対決をさせるとそうなるのは仕方ないのでは、とグロリアはまた苦笑した。
ソムヌスの戦いぶりを見る限り、アエラスのような雑な戦い方をしていなさそうだ。
そこからは会話もなく、あまり形勢に変化のない2人を見ていた。半分くらい経った頃。
「ソムヌスさん、魔法を使わないんでしょうか」
グロリアは思わず呟いた。
ソムヌスの操る水を見たかった、と思っていると、横で空気の揺れる音がした。
「ねえ、グロリアさん」
「はい」
アエラスに名を呼ばれ、そちらを見る。彼は楽しげに笑っていた。
「ソムヌスが魔法を使っていないように見えるよね」
「え……。使っているんですか?」
「何をしているかは分からないけど、見えるよ。魔法を使ったのが」
人が魔法を使ったとき、察知できる人間がいる。そんな話は知っていたが、今まで誰かから聞いたことはない。
驚いたグロリアがアエラスに視線を送ると、彼は目を細めて2人を見ていた。
突如、何かに気がついたのかパチリと金の瞳を瞬かせた彼は、無邪気に笑った。
「あはは。器用なことするね」
「え?」
何がそんなに彼を楽しませたか分からず、グロリアもソムヌスとアリアの方を凝視する。しかし、何も分からない。
それを見兼ねたのか、アエラスが戦いの場となっている場所の地面を指差した。
「アリア嬢の足元から、ソムヌスの足元にかけて。少し、濡れていない?」
言われなければ、気がつかないくらいの変化だ。
「たし、かに。地面が濡れているような。それでは、さっき、アエラス様が言っていたように、泥濘ませるのでしょうか」
「それにしては、量が足りない気がする」
「そうですね」
泥濘ませるには、大量の水を一極集中するのが効果的だが、どちらかといえば広く浅くのようにみえる。
そこで、受け身に徹していたソムヌスが、急に後方へ引いた。
その瞬間、アリアの周辺の足元から、先程ソムヌスが立っていたところまでの水がパキパキと音を立てて凍りはじめる。
アリアは後ろに引いたソムヌスに気を取られていて、足下への注意が足りなかったのだろう。彼女は勢いよく前に踏み込んだせいで、足が滑ってしまう。
膝をつかないようにするため、アリアは木剣を氷に突き刺して体制を保とうとした。膝はつかなかったが、そのときには。前に戻ったソムヌスの木剣が、アリアの首にあてられていた。
「負け、ました」
アリアの悔しそうな声を聞きながら、よく地面を観察する。
ソムヌスは足を取られる様子はなかった。ソムヌスが足を置く直前、自身の足を載せる場所だけ、氷から水にしていたのだから。
「なるほど……!」
「本当、器用なことをするよね。戦いながら水の範囲を調整して、さらには自分が足をのせると想定するところを計算して、温度を変えておく。すっごく調整がいるし、面倒」
「ソムヌスさん、すごい」
グロリアが好きになった人は、こんなにすごくて格好いい人だったのか。
アエラスが呟いた。
「剣でも対応できることを見せながら、魔法も使えば解決をできる、と。それを印象づけたかったんだろうね」
ソムヌスを見つめる。その視線に気がついたか分からないが、グロリアの方を見て、彼はにこりと笑った。
そんなソムヌスに向かって、アリアが悔しげに叫んだ。
「ソムヌス様。もう1回!」
「え、もう1回?」
「次は、引っかからないので! お願いします!」
流石にもう一度と言われるとは思わなかったのだろう。ソムヌスが顔を引きつらせている。
グロリアがアリアを止めようとしたとき、唐突にグロリアの父の声がした。
「アリア。負けは負けだろう? 騎士科の人間として、ちゃんと認めなさい」
「……うん」
アリアは不満げであったが、同じ騎士科の父の言葉にしぶしぶ頷いた。父は、ソムヌスに向かって口を開く。
「ソムヌスさん、ありがとうございました。部屋に戻りましょう」
「はい」




