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63、対決準備②

「昔は俺って言っていたし、口調ももっと雑だったけれど。今はもう言わないよ。グロリアさんと昔会ったときも言っていなかったでしょう?」


 10年前に出会ったときのことを思い出す。確かに、「私」と言っていたような。それに話し方も今と同じ。

 

「そうだったと思います」

「そうでしょう? もう、捨てた過去だよ」


 投げやりで、全てを諦めたような顔。グロリアは躊躇いながらも、質問を我慢できなかった。


「なんで言わなくなったのですか?」

「……自分を変えたくなってね。まあ、変わったのは上辺だけだ」


 「捨てたかった」過去。どこかで聞いたことのあるような話だ。


 この人にとっての「自分を変えるために、口調を変えること」は、グロリアにとっての「記憶を消すために、記憶消し屋に行くこと」と酷く似通って見えた。


「失恋、ですか?」

「……グロリアさん、怖い。あてないで」

「あ、え。ごめんなさい」


 グロリアの予想はばっちり当たってしまっていたらしい。気まずげな表情のままのアエラスを見て、グロリアも気まずくなってきた。まさか、当たるとは。


 気まずさを追いやるように、グロリアは口を開いた。


「それじゃあ、ソムヌスさんが『俺』って言うのは、アエラス様の真似でしょうか?」

「そうかもしれない。そうだとしたら、すっごい悪影響を与えていることになるね」

「そうですか? ソムヌスさんが自分のことを『俺』っていうの好きですよ」


 いつかソムヌスに聞いてみたいと思うが、わざわざ言及をすれば「俺」というのを止めてしまうかもしれないのが悩みどころだ。


 訓練場でそれぞれ準備をしているソムヌスとアリアへと視線を戻す。

 

「ねえ、グロリアさん」

「はい」


 アエラスの方を見上げると、彼は楽しげに目を細めて、二人を見つめていた。


「どちらが勝つと思う?」

「え、どっちが、ですか? 参考までに、アエラス様のお考えを教えていただいても?」


 戸惑ったグロリアは、思わず質問で返す。優しげにあちらを見つめているアエラスが口を開いた。


「あの子は、優しいけれど。優しさを守るには強さがなくてはならない。そうではないと、ただ搾取されるだけになってしまう」


 彼の目に疑いも迷いもなかった。


「魔法を使って良いなら、迷うまでもない。勝つのはソムヌスだ」


 断言したアエラスは、柔らかな目でグロリアを見つめた。


「どう? 私の考えが、参考になりそう?」

「ちょっと考えますね」


 現在素振りをしている姉と、剣を手に馴染ませるように握っているソムヌスを見る。少し考えても、分からない。姉がすさまじく強いことは知っているが、ソムヌスも弱いと思えない。


 どちらが勝つか。答えがでないまま口を開いた。


「どちらが勝つかは分かりません。私はそこまで剣の素質がありませんし、ソムヌスさんの剣筋を見たことがないので」


 どちらが勝つ、と断言はできない。

 

「それでも、ソムヌスさんに勝ってほしいと思います」

「そっか」


 それ以上追求をしないアエラスだが、グロリア以外には聞こえない大きさまで、声を落とした。


「でも、『勝負に勝ったら交際を認める』とは明言されてないよね?」

「あ、確かにそうですね」


 両親は否定はしなかったし、この勝負を見に来ているのだから、材料としては考えるつもりなのかもしれない。それでも、勝負に勝ったことが、交際を認めるという話にはなっていない。

 今のところ、アリアのペースに巻き込まれているだけだ。


 グロリアは頭に手をあてた。勝負をする流れになった、だけだ。


「ソムヌスさん、それを気づいていないんでしょうか?」

「いや、あの子は知っていて相手をしていると思うよ。対決を求められたから、やるだけ」


 なんで、そんなことを。アエラスの言葉を考えると、すぐに分かった。

 

「あ……。ソムヌスさんは、自分が悪かったと思っているから……」


「うん。自分が悪かったと思っているソムヌスは、出される条件をすべて呑む覚悟はしているだろう。その代わり自分が条件を出す側に回ることは絶対にない」


 アエラスの言っていることが正しいとしたら。ソムヌスは、グロリアと別れること以外で反対する気はないし、これをしろ、と言われたら頷くというのか。


 全てを相手の言われるがままに動く、というのは受け身で弱いだろうか。


 いや、出された条件を達成できるという自信を持っている時点で、圧倒的に強い気がする。

 

「ああ。ごめん。さっきも言ったように口を挟まないつもりだったんだけどね。つい」


 口を挟まないために帰ろうと思ったのに、と呟いているアエラスにグロリアは微笑みかけた。


「アエラス様。いろいろ、ありがとうございます」

「いや、むしろ余計なこと言ってごめんね。ちゃんと君の盾に徹するよ」


 申し訳なさそうに微笑むアエラスに、グロリアは首を振った。


「いえ。アエラス様が思ったことを口にするのを、止める必要はないです。それを1意見として聞いて、考えるので。決めるのは、私達です」

「確かにそうだね。それでも、君は気にしてしまいそうだけど」


 見透かすような瞳。人の言うことを完全に無視できる、なんて言えやしない。そんなにちゃんとした人間ではない。


「……絶対に影響されない、とは言い切れません。それでも、いろんな人の考えが知りたいです。それを聞いて、自分が納得できると思えば納得をして、そうじゃなければ納得はしない。そうありたいと思います」


 それは、宣言に近いものだ。他の人の意見に左右されるから聞かない、と決めつけるのではなく。自分の頭で考える。そうしたいと思った。


 少しの間、黙り込んだアエラスが頬を緩めるように笑った。


「……やっぱり君は良い子だね」

「アエラス様、子ども扱いしていません?」

「してないよ」

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