62、対決準備①
全員でノーティカ家にある訓練場に来た。
ここまでの道中、グロリアはソムヌスのことを心配していたが、彼は不安も怯えもなさそうだった。
ノーティカ家は、騎士科に行く人間が多い。木刀はあり、対戦するのに問題ないほどの空間はある。
木刀を握り、感覚を確かめていたソムヌスが、思い出したようにアエラスへと視線を向けた。
「兄さん、剣や魔法が飛んできたとき、グロリアを守ってくれないか?」
「いいよ」
ソムヌスは、自分の対決の前でも、グロリアを心配してくれるらしい。
グロリアが下に視線を向けると、元気の良いアリアの声がした。
「なるほど! アエラス先輩はそう使えるのね!」
「お姉ちゃん。不敬すぎる!」
すぐに顔を上げ、アリアを見る。悪びれる様子はない。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、アエラスの方を見上げると、彼は苦笑していた。
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫。……むしろそのつもりで帰るなって言ったのかと思っていたけど」
雑に扱われているのに、アエラスは怒る様子はない。
「申し訳ありません、お忙しいのに。お姉ちゃんが困らせていましたよね?」
グロリアの言葉に、アエラスは少し考え込んだ。
「なんていうか、未知と遭遇した心地だよ」
「未知、ですか?」
「いつも私の考えを見透かしてくるような打てば響く人ばかりだったし、逆にこちらも思考を共有できていたから……」
「そうでしょうね」
アエラスの周囲の人はみんな素早く話を理解しそうだ。そして、今までの生き方が似ている人も多いのだろう。
「馬鹿にしているのではなくて。新たな学びというか。今までの生き方が全く違う人への説明ってちゃんとしないといけないんだなって」
「……姉がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「いや、迷惑ではないよ」
気を使ってそう言っているのだろう。グロリアは目を伏せた。
いや、迷惑をかけたのは姉だけではない。グロリアは顔を上げた。金の瞳を見ながら、口を開く。
「あ、私もご迷惑をおかけして……」
「なんのこと?」
不思議そうにしているアエラスに告げる。
「アエラス様。ちゃんと言っていませんでしたよね。私、全部、思い出しました」
昔会ったときに、名前で呼んでいいと言われたことを思い出し、「公爵様」と呼んでいたのを「アエラス様」へと変えた。
ぱちりと瞬きをしたアエラスが穏やかに微笑む。
「ああ。やっぱりそうだよね。ご両親がグロリアさんの前でも昔の話をしてきたから、そうだろうなって思ってたよ」
グロリアたちの会話を最初から聞いていなかったはずなのに、不自然なことを言っていなかったのは、状況を把握していたかららしい。
「昔、1年生のときお会いしたときに、失礼なこと言ってませんでした?」
当時の自分は良く言えば無邪気で、悪く言えば無知だった。恐る恐る尋ねると、彼は優しく笑った。
「失礼なこと? 昔から君は良い子だよ。クレアティオとか関係なく、ソムヌスのことをちゃんと好きになってくれたし」
「それは、当然ですよ」
「君がそういう子で良かったよ」
心底安堵したように彼は言う。クレアティオが関係なくとも、ソムヌスは魅力的な人物なのに。グロリアは首をかしげた。アエラスは笑みを深めるばかりだ。
彼らの周囲は、そんなに酷いものだったのだろうか。名前でしか判断してもらえないことばかりなのだろうか。
先ほど、ソムヌスも言っていた。クレアティオの名の重さを自覚していなかった、と。
アエラスに聞こうか一瞬迷ったが、後でソムヌスに聞くことにした。ソムヌスの口から、ソムヌスの気持ちが聞きたい。
アエラスを見ながら、ふと思い出した。
「そういえば、アエラス様。ソムヌスさんの店で会ったとき『はじめまして』とは言いませんでしたね」
「そうだね。その嘘はつけなかった」
アエラスは、『その嘘は』と言った。
ソムヌスが元々、記憶を「消した」と言っていたのに、思い出した後は記憶が「消えた」と言ったことに、アエラスは知っていたのだろう。それは、彼の考えに基づいて情報を変えたと考えるのが自然だ。
それでも、アエラスなりの線引きはきっとあって。そんなヒントは、いくつか転がっていたのかもしれない。
どこからどこまでをヒントとして与えていたのかは、分からない。
フラマの秘密を明らかにする際、学生時代の話になった。それは、フラマ・ヴァラトス自身のものだから、アエラスの意思は介在はしていないだろう。
それでも、フラマの秘密が明らかになることで、学生時代まで話が及ぶと考えていた可能性はある。フラマを「実験台」にしようと言い出したのは、アエラスなのだから。
秘密を共有するときも。フラマの秘密を聞いて、先に秘密を暴露したのはグロリアだが、その後に自分を含めてソムヌスにも秘密を共有する方向へと持っていったのはアエラスだ。その結果、ソムヌスは過去の恋愛――グロリアとの消した過去について覚えている範囲を教えた。
直接的ではなく、間接的に。この人はヒントを出し続けていた。それは、考えすぎだろうか。流石に、考えすぎか。
じいっとグロリアがアエラスを見つめると、彼は困ったように笑った。
「グロリアさん、変な勘ぐりをしていない?」
「……少し気になることがあって」
それでも。アエラスが仮にヒントになることを悟らせていたとしても、それは関係があるのだろうか。
結局のところ、グロリアがソムヌスを好きになったのはグロリアの気持ちであり、多分ソムヌスも同様だ。
アエラスがヒントを転がしていたとしても、それは無関係。
むしろ、アエラスなりの贖罪のつもりだった可能性がある。
グロリアの両親の提案、「グロリアの記憶を消すこと」に疎ましそうな様子であったアエラスは、当時も反対しただろう。それでもグロリアの両親に押し切られたというのは容易に想像できる。今のアエラスが押し切られるのは考えられないが、当時のアエラスは20前後だ。今のグロリアより若い。
あるいは、早く思い出してほしい、思い出す気になってほしいという切な願い。
もしくは、隠し事をしているという事実に耐えられない、という悲鳴の意味がこめられていた可能性もある。
いろんな可能性を想像できる。しかし、いつも通り完璧な笑みを浮かべている彼が、教えてくれるだろうか。
グロリアは軽く首を振った。
アエラスが何かを考えていたとしても、いないとしても、どちらでも良い。それに先ほど、彼は言っていた。
『いろいろ考えましたが、私自身は2人の関係に手を出さないと決めたので』
きっと、これが全て。これ以上考えても無意味だ。
グロリアはその件について考えるのを止めた。
「アエラス様。質問しても良いですか?」
「答えられることなら」
警戒していたような目をしているアエラスに尋ねる。
「アエラス様、自分のこと『俺』って言うんですか?」
その質問は想定外だったのだろう。金の瞳がゆっくりと瞬いた。
「え、言ってた?」
「さっき、少し言っていました。私の姉が来る前、アエラス様が帰ろうとしていたときに」
少し考え込んだアエラスが、頭に手をあてた。
「うわー。言ってたか」
「何回か、言っていました」
「何回か?」
無意識だったらしい。グロリアが興味をもって見つめていると、アエラスは気まずそうに目を逸らした。




