65、対決後
先ほどと同じ部屋。
椅子に座ってすぐ、父が頭を下げた。
「ソムヌスさん、あなたの力は分かりました。ありがとうございます」
「いえ」
頭を上げた父が何かを話すかと思ったが、迷うように視線を動かしている。
誰も何も話さない、沈黙が流れた。グロリアは大きく息を吸ったあとに静かに口を開いた。
「お父さん。お母さん。私のことを心配してくれるのは嬉しい。ありがとう」
両親はグロリアを苦しめたいわけじゃない。そんなことは分かっている。グロリアを心配していることは伝わっている。
「大切に育ててもらったからこそ今があると思うの。それでも、私も自分で決められるから」
ソムヌスはグロリアにとって、大好きな人だ。
その事実だけで十分で、両親の許可がいらない、と言われればそれまでだろう。
しかしグロリアは、後ろめたさや気まずさを感じながらソムヌスと付き合いたくない。祝ってほしいとは言えないけれど、ソムヌス自身を否定してほしくない。
「だから、交際に反対しないで。ソムヌスさんを否定しないで。もし、これ以上反対したとしても、それを受け入れることはできない」
最終手段であっても、グロリアは決意している。ソムヌスと共に生きるために、全てを捨てることを。
慣れ親しんだ地も、友人も、家族も。大切だ。それでも、ソムヌスと生きたい。
そんな覚悟を決めた目で見つめると、両親は顔を見合わせた。その後で、グロリアに視線を向けられた。
「分かった」
父が何を言ったのか分からず、グロリアはパチリと瞬きをした。
「え、本当に?」
「ああ」
対決前までの話し合いが何だったのか、と思うほどあっさりと言われる。いや、対決を見たから、気持ちが動いたのかもしれない。
グロリアが面食らっていると、母が口を開いた。
「その代わり、ソムヌス様。証明してください」
「何をでしょうか?」
「あなたの側にいることが、グロリアの幸せであることを。これからの人生で、グロリアの幸せそうな表情を見せてください」
そう言って微笑んだ両親を見て、グロリアは言葉を失った。
グロリアの隣にいるソムヌスへ視線を向けると、彼は穏やかに笑みながら言った。
「ええ。誓います」
「ありがとうございます。それなら、これ以上反対もしません。グロリアを、よろしくお願いします」
様々な感情が波のように押し寄せた。ソムヌスが認められて良かった。これ以上の本気の喧嘩にならなくて良かった。ソムヌスを否定する言葉が増えなくて良かった。
自分が何に安堵しているか分からないほど、多くの気持ちがわき上がって、グロリアは軽く息を吐いた。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
「ありがとうございます」
グロリアとソムヌスが礼を言うと、両親は困ったような、嬉しいような顔で笑った。
「おめでとー、グロリア」
「お姉ちゃん、ありがとう」
姉の提案がなければ、ここまですぐに話が進んだかは分からない。
ノーティカ家は剣で有名だからこそ。力で見せつけるという有効的な方法を提示したのは、アリアだ。
グロリアは、ソムヌスの方に向き直った。
「ソムヌスさん。わざわざお姉ちゃんと対決してくれて、ありがとう」
「いや……。むしろ悪い。君みたいに、ちゃんと言葉で伝えられたら良かったが」
「ううん。ソムヌスさんのおかげ。ありがとう」
グロリアの言葉が、両親へどこまで届いたか分からない。もしかしたら、少しは影響しているかもしれないが。間違いなく、ソムヌスの強さや、彼が否定をせずに受け入れる姿勢が響いたと思う。
もう1人お礼を言わないと、と気がついたグロリアは、アエラスへと視線を動かす。
「アエラス様も、いろいろありがとうございました」
「私は何もしてないよ。二人とも、おめでとう」
一瞬、複雑そうな顔をしていたアエラスが、いつもの笑みを浮かべた。それを疑問に思いながらも、言及をすることはなく、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お祝いに何かいる?」
「……なんですか?」
顔を上げたグロリアが恐る恐る尋ねると、アエラスが軽く首をかしげた。
「ウィンクルム家の名とか、いる?」
「え、それは……」
「これがあれば、行政科でも、魔法科でも、騎士科でも。試験に受かれば入れるよ。興味があるなら、私が推薦するし」
アエラスとソムヌスの父の家門はクレアティオだが、母の家門がウィンクルム家だ。
アエラスは簡単にあげると言ったが、そんなに気軽に渡す人を見たことがない。
元々はソムヌスが継ぐ可能性の高かった名。それはアエラス預かりだったが。確か、アエラスとソムヌスの母は魔法科に属しており、元々は伯爵家だったその名を侯爵家まで引き上げたはず。
つまり、仮にそれを貰って国の機関に所属することとなった場合。試験でよっぽどの失敗をしない限りは、侯爵家のまま。アエラスという実力者が推薦をした場合、落ちる可能性は低い。
助けを求めたくてソムヌスを見ると、彼が首を横に振った。
「俺は別にいらないけれど。グロリアがほしいなら、もらう」
「あの、え? いらないです」
ソムヌスから話を振られ、頭が真っ白になったグロリアは反射的に断った。
アエラスが残念そうな表情を浮かべている。
「そう? 欲しくなったらいつでもあげるよ。どうせ余っているから。グロリアさん、君の成績だったら、行政科か魔法科はいけそうだし」
グロリアはしばらく黙り込む。
確かに、魔法科に興味はあった。それでも、今の自分はどうだろうか。魔法科に行きたいか。それとも。
「……ありがとうございます。それでも、私はソムヌスさんのお店が大好きなので。少なくとも今は必要ないです。未来で、もし興味がわいたら、お話を聞かせてください」
「うん。いいよ」
グロリアの返事にアエラスは嬉しそうに笑った。
これは、試されていたのか。本気で言っていたのか。読めない人だ、と思いながらグロリアは苦笑した。
「兄さん、あんまりグロリアで遊ばないでほしい」
「えー。私は本気だよ。才能ある若い子を国の機関に勧誘するのが、下手に権力を持ってしまった人間の使命だからね」
その金の瞳に、嘘は見えない。グロリアが「名をほしがる強欲な女」かどうかを試していたのではなく、本気だったのか。
ソムヌスがアエラスよりも暗めの金の瞳を瞬かせた後に尋ねる。
「いつからそんなに愛国者だったんだ?」
「フィニスが治め、ルースが存在している国を守るのは、当然でしょう?」
この人の選ぶ基準は、国王のフィニス陛下や、養子にしたルースなのだろうな、とはっきりと気がついた。




