55、運命のよう
10年前。
ソムヌスと出会って。グロリアはソムヌスの元に高頻度で向かっていた。
その過ごした時間の全てが星のようにキラキラと輝いている。
会えば会うほど、どんどん好きになっていた。その日々を真っ直ぐに信じていた。グロリアはソムヌスと一緒にいられることを疑ったことはなかった。
ソムヌスも同じ気持ちだと勝手に思っていた。
ソムヌスがグロリアに向ける笑みは柔らかいもので、グロリアの頭をなでたこともあるが、壊れ物を扱うような丁寧な手つきだったから。まだ幼かったグロリアはソムヌスと結婚したい、ずっと一緒にいたいと無邪気に考えていた。
だから、婚約が断られたのは青天の霹靂だった。
しかし、グロリアはそれで諦めなかった。グロリアの中で自分はソムヌスが大好きということは疑いようもなかったから。
そして、ソムヌスも断りはしたものの、グロリアへの気持ちは何も言っていない。
ソムヌスの気持ちが聞きたい。その一心でソムヌスの教室まで押しかけた。少しだけ困っていたように見えるが、ソムヌスはグロリアを邪険にすることはなかった。
しかし、何となく周りから向けられる厳しい視線には気がついていた。
◆
「ねえ、あなた。ソムヌス・クレアティオ様に付き纏うのはやめなさい」
あまり使われていない階段の踊り場に呼び出されたとき、やっぱりか、と驚くことなく思った。
ソムヌス・クレアティオがどれほど人気で近寄り難く思われているか。そんなのは明白だ。
目の前の5人ほどの男女。全員グロリアより年上だろう。見上げながら尋ねる。
「あなた方は、誰ですか?」
「私は……」
そう言って、1人ずつ自己紹介はされたが、よく覚えられない。
グロリアは軽く首を傾げた。
「あの……。お名前を伺っているのではなく。ソムヌスさんの『何』ですか?」
「何、とは?」
「えっと、お友達なのですか? それとも婚約者もしくは恋人の方がいらっしゃるのですか?」
グロリアは本当に疑問に思い、聞いただけなのだ。しかし、目の前の人たちが一斉に顔色が変わったのには気がついた。
『調子に乗るな』や『生意気だ』などと言われるが、よく分からなかった。
「結局、お友達なのですか?」
「あなたに関係ないでしょう」
「……? 今目の前にあなた方がいらっしゃるのに?」
関係ないということはないだろう。現に今、グロリアは絡まれているというのに。
「あなた。ソムヌス様に迷惑かけているでしょう? もうやめなさい」
「……ソムヌスさんが、嫌って言ったのですか?」
グロリアがしっかり相手を見つめながら尋ねると、相手は押し黙った。
「ソムヌスさんに嫌だと言われたら、やめます。それでも、ソムヌスさんが何も言わないなら、続けます」
「ソムヌス様は優しいから嫌だなんて言えないだろう」
目の前にいる男子生徒の1人に言われ、グロリアは頷いた。
「確かにソムヌスさんは優しいです。それでも、あなた方が言っているのはあくまで推測ですよね?」
グロリアがソムヌスは迷惑していないと思っているのも推測だが、それは目の前の人々も同じこと。
「ソムヌスさんと私の話です。口を出さないでください」
今、ソムヌスは何をしているのだろうか。グロリアが来ていないことに気がついていたら良い。気づいてすらいなければ、流石にへこむ。
そうやってグロリアがぼんやり考えていたのが相手の気に触ったのだろうか。
「あなたには……! ソムヌス様とお話すらできない人間の気持ちは分からないでしょう!? 私の方が先に好きだったのに!!」
あ、まずい。そう認識したときにはもう遅かった。
どん、と身体を突き飛ばされ、足元に床はなくなった。
自分が宙を舞う感覚があり、そこからは妙にスローモーションに感じた。
階段に引っかかることもなく、真っ直ぐ地面へと落ちていく。
息が止まりそうなほど、鋭い痛みが全身を襲う。どこが痛いか分からないくらいだ。
声が出ない。薄れゆく意識の中でソムヌスに呼ばれたような気がした。夢だったのかもしれない。
そうしてグロリアの意識は完全になくなった。
◆
そこからはグロリアの覚えていることだ。意識を取り戻したときは、なぜか家で。それまで自分が何をしていたのか、全く覚えていなかった。
「記憶をなくした感覚」は一切なかった。親からは「階段から落ちた」と伝えられ、だからこそ少し記憶が混濁しているのだと思っていた。
その裏で何が起こっていたのか。グロリアは全く知らない。
そして、記憶がないことに全く気がつかないまま、グロリアは日常を送り続けた。
その後、両親に紹介される形でトニトルスと婚約をした。学校を卒業後、トニトルスから振られて、ソムヌスの元へとたどり着いた。
そうして今。こうやって過去を思い出すことになるとは。まるで運命のよう、だなんて。夢見心地と言われるかもしれないが、グロリアはぼんやりする思考でそんなことを考えた。




