53、辛い記憶だけではなく
1週間経っても、ソムヌスの様子はおかしかった。どこか上の空だったり、グロリアのことを妙に心配してきたり、名前の呼び方が安定しなかったり。
グロリアは何度か尋ねたくなったが、我慢していた。ソムヌスは恋人だとしても、言いたくないことはあるのだろう。
そう自分に言い聞かせていたのだが。
そろそろ限界だ。
「ソムヌスさん。そろそろ教えていただけませんか? 何があなたをそんなに苦しめているのですか?」
グロリアがはっきりと問うと、ソムヌスは気まずそうに目を伏せた。
「それは……」
しばらくの間、沈黙が流れた。ソムヌスは目を伏せたままで、グロリアはソムヌスを見つめたまま時間が過ぎた。
「言えない」
「教えてください、お願いします」
ソムヌスの拒絶に被せるくらいの勢いで言う。顔を強張らせたソムヌスが黙り込む。また沈黙が流れ、グロリアは静かに息を吸った。
「ソムヌスさん、忘れていませんか?」
ソムヌスがグロリアへ視線を向けた瞬間、彼の方へと距離を詰めた。金の目に驚きをいっぱいに浮かべたソムヌスを下から見上げる。
「あなたがいくら隠そうとしても、私はそれを知ることができます。闇魔法があるので」
闇魔法は秘密を暴ける。特に隠そうとすればするほど。そして今話題としてあげたことで、より一層意識するようになっただろう。
グロリアからの脅しに、ソムヌスは無言のままだ。
「ねえ、ソムヌスさん。私はあなたに魔法を使いたくありません」
脅しはしたが、本当に使う気はない。使いたくない。それでも、この状態のソムヌスを放置してはいけない気がする。
「あなたから聞きたいです。お願いします」
深く息を吐いたソムヌスは、軽く目を閉じた。しばらくの間また沈黙が流れていたが、金の瞳を開いたソムヌスの目には、覚悟と怯えが混ざっていた。
「……記憶を、取り戻した」
「え……?」
それは。つまり。ソムヌスが、「好きだった相手」を思い出したことに他ならない。それは、思い出したから、その好きだった相手に心引かれているのか。
グロリアよりも、昔の「好き」が大きくなっていたらどうしよう。
「その人のこと、好きになったんですか?」
「君だ」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。グロリアはパチパチと瞬きを繰り返す。
「え!?」
「俺が傷つけたのは、君だよ。グロリア」
そう言ったソムヌスは酷く悲しそうに笑った。
そこで、急に一本の線がつながったように情報が繋がっていく。「グロリア」と「グロリアさん」と違う呼び方をしていたのは、昔の呼び方。ソムヌスが気まずそうな顔をしていたのはソムヌス曰く「傷つけた」から。妙に心配していたのも、きっとそれが原因。
何となく理解は及んだ。しかし、別の疑問も湧いてくる。
「ちょっと、え? 待ってください。あの……。私の記憶を消したんですか?」
何があったかも気になるが。それ以前に、自身にそんな記憶はないのだ。
「そうだ。だから、この前君の記憶を消せなかった」
「あ、そういうことですか」
この前、なぜソムヌスがグロリアの記憶を消せなかったのかと不思議だった。ようやく理解ができた。
「そのときも、記憶を消してほしいと私が頼んだということですか?」
グロリアが記憶消したに行ったみたいに。ソムヌスへ記憶を消してほしいと頼んだのかもしれない。そう考えていたグロリアだったが、ソムヌスの返答は予期せぬものだった。
「いや……。君のご両親から、頼まれた」
「え……」
そこでグロリアは絶句した。ソムヌスが不思議そうにグロリアの顔を見ている。必死で理解しようとするが、上手く飲み込めない。
「あの、え、どういうことですか? 私が、消してって言ったんじゃないんですか?」
「ああ」
「それ、は……」
グロリアの声が震える。
まるでグロリアの意思なんて無視にしてもいいとでもいうようで。少し気持ちが荒れる感覚がした。だって。グロリアが消したい、と言ったのならともかく。
グロリアの選択ではない、という事実が酷く気持ちを荒げた。
「ソムヌスさん、今すぐ。今すぐ私の記憶を取り戻してください」
「それは、駄目だ」
「何でですか!?」
グロリアはソムヌスの方へ身を乗り出す。
両親に頼まれたから駄目というのか。そう思いソムヌスを見つめるが、彼の表情はあまり変わらない。
「俺は15時間かかったからだ」
「え……?」
「君が何時間かかるか、想定もできない」
想像以上の時間に、グロリアは言葉をなくした。
不安げなソムヌスの目を見て、グロリアは息を吸った。
「でも、私もソムヌスさんのこと、思い出したいです」
思い出したい。ソムヌスを苦しめる原因を知りたい。
ソムヌスのことを見つめ続けていると彼は困った顔をしていた。何があったのか、全く分からないが、教えたくなさそうだ。
それにしても、まさか両親が知っているとは。それをこの10年、素知らぬ顔をしていたのか。
不意に、初めてソムヌスと会ったときの記憶が蘇る。
『辛いなら、忘れてしまえばいい。忘れたら、自分の中ではなかったことと一緒になるのだから』
本当に、そうだ。忘れたことは、なかったことと一緒になる。しかし、辛い思い出だけではなく、きっとそれ以外の幸せな記憶も。
誰に、何を怒れば良いかが分からない。記憶を消すように言った両親か。それで消したソムヌスか。
捨て場のない怒りが湧き上がり、グロリアは下を向いた。
「……家出します」
「君みたいな可愛い子を持てば、親は心配になるだろう」
「かわっ……」
そんなソムヌスの言葉で、少し溜飲が下がるのだから自分は単純な人間だ。少しすっきりした気持ちになりながら、グロリアはソムヌスの金の目を見つめる。
「やっぱり、記憶を思い出したいです」
ソムヌスの様子をここまで変える「真実」だ。ソムヌスと昔会ったことがあると言われても、全く心当たりはないけれど。
「だって、私はもう自分で決めることのできる人間です」
12歳の時はまだ分かる。まだ幼いから、親がそれほど心配するというのは、理解できる。
しかし、今は違う。もう大人だ。グロリアが選びたい。
「ソムヌスさん、お願いします」
「……分かった」
やはり少し迷う様子はあったソムヌスだが、首を縦に振った。
その表情は苦しそうなのを隠せていない。
「15時間かかるとして、どこでやりますか? この店でいいですか?」
この店に仮眠部屋はなさそうだが、最悪机と椅子があればどうにでもなるだろう。
考え込んでいたソムヌスが口を開いた。
「うちに来るか?」




