52、思考の中心
様子のおかしいソムヌスに気になりながらも、それを聞くことのできない日々が過ぎていた。
倉庫の片付けをすることになり、グロリアとソムヌスは本の整理や在庫の確認をしていた。
特殊魔法について書かれているこの本は5冊あるはずなのに、1冊足りない。そういえば、この前も本が足りないことはあったような。
そのときは、たまたま来たルースが光魔法を使って見つけてくれたが、今日は自力で探すしかなさそうだ。
本棚を上から順に見ていく。運が良かったのか、すぐに見つかった。
少し高いところにあるが取れるだろう。そう考えたグロリアは背伸びをしながら手を伸ばした。
「よし」
目当ての本を取ることができて、ホッとした瞬間、本を取ったことで変な空間ができ、そこから本がずり落ちてくるのが視界に入った。
「あっ……!」
落ちてきた本が自分に降ってくるのは見えていた。しかし、身体が動かない。
ぎゅっと目を閉じると、森の中にいるような落ち着いた香りに包まれた。
バサッと本が床に落ちる音がしたが、グロリアは痛みを感じない。
ぱっと目を開けると、視界はソムヌスでいっぱいだった。グロリアを抱きしめるようにソムヌスが立っている。
「大丈夫だったか?」
尋ねたソムヌスがそっとグロリアの頭に手で触れる。その手つきは壊れ物に触れるかのように優しい。
「当たってないか?」
「ソムヌスさん。私のことより、ご自分のことを心配してください。大丈夫ですか?」
そう聞きながらグロリアがソムヌスを見上げると、ソムヌスの左のこめかみの辺りから、血が流れているのが視界に入る。
「ソムヌスさん!血が!」
「え?」
「左の、こめかみの辺りに……」
本が落ちるときに、かすってしまったのだろう。
ソムヌスはほとんど表情を変えずに、グロリアが指摘した部分に手をあてた。そこについた血を見ても、表情は変わらない。
「まあ、大丈夫だろう」
「そんな、ソムヌスさんの綺麗な顔が、傷ついたんですよ!?」
グロリアがそういうと、ソムヌスはぽかんとしたあとに穏やかな笑みを浮かべた。
「君に綺麗、と言われるのが一番嬉しいな」
「そんなこと言っている場合ですか!?」
グロリアはポケットからハンカチを取り出す。それをソムヌスの傷にあてようとしたら、その手を掴まれた。
「君のハンカチが汚れてしまう」
「そんなのどうでも良いです」
ソムヌスの手にはそんなに力が入っていない。グロリアは自身の手が強くは掴まれていなかったため、すぐにソムヌスの手から抜け出した。半ば強引にソムヌスの傷にハンカチをあてる。
「……ありがとう。新しいのを今度渡す」
「いえ、別に良いです。私が本を落としてしまっただけなので」
「いや。俺が君に渡したいんだ」
そう言われると、グロリアは断る言葉を見つけることができなかった。曖昧に頷く。
「ソムヌスさん」
「何だ?」
「助けてくださり、ありがとうございました」
「ああ」
ソムヌスは特に変わらない表情で頷く。それを見て、グロリアは思わず尋ねる。
「ソムヌスさん。なんでそんなに平然としているのですか?」
「……君に怪我がなかったことに、安心したから」
そのソムヌスの表情に嘘は全くなかった。本気だ。本気で安堵しているのが伝わってきて、喜べばいいのか、悲しめばいいのか分からなかった。
グロリアは目線を下げ、感情で押しつぶされそうな頭を必死に整理する。
「ソムヌスさんが、私のことを大切に思ってくれているのは、嬉しいです」
そこまで言って息を吸った。絞り出すように声を出す。
「それでも。それでも、私もソムヌスさんに傷ついてほしくないです」
ソムヌスの顔を見ずにそこまで言い切る。恐る恐る顔を見ると、彼は考え込んでいた。
「……守られてばかりじゃ嫌、か」
「え?」
ぼそり、とソムヌスが呟いた言葉はよく聞き取れなかった。グロリアがぱちりと瞬きをすると、ソムヌスはすぐに首を振った。
「いや、何でもない。そうだよな。できるだけ、自分にも被害がないように気をつける」
「本当に、ですか?」
あまりにもあっさりソムヌスが頷くから、グロリアは少し不安になった。しかし、ソムヌスが適当に返事をしているようにも見えない。
「ああ。君が嫌なら、気をつける」
どくり、と自分の心音が響いた気がした。身体の芯から熱くなる感覚があるが、身体は固まってしまったように動かない。
『君が嫌なら』とソムヌスは言った。
ソムヌスの思考の中心に、グロリアがいる。心がふわふわする。
「ソムヌスさん」
「ん?」
「大好きです」
一瞬目を見開いたソムヌスだが、すぐに甘さをにじませた笑みを浮かべる。
「愛しているよ、グロリア」
その言葉に、グロリアは笑みで返した。




