48、短期休暇
その後もグロリアは変わらずにソムヌスの元へとやってきた。気がつけば、グロリアはソムヌスに敬語を使うことはなくなっていた。
いつものようにソムヌスの隣に座ったグロリアは不機嫌そうな顔をしており、ソムヌスが不思議に思っていると、ぽつりと呟いた。
「お休み中にソムヌスさんと会えなくなるのは寂しい」
休み。それは入学してから1ヶ月が経った時に10日間ほどある休みを指している。
この学校は基本的に寮制だ。10日ほどの休みなら、学校に残ることが許されることも多いが、今回の休みは違う。寮の補修工事をするらしく、寮に残ることはできない。
グロリアの思いを聞き、ぱちりとソムヌスは瞬きをする。意外な言葉だった。普通の学生は、休みに大はしゃぎしているというのに、グロリアはソムヌスと会えないという事実を悲しんでいる。
「そう、だな」
くすぐったいような気持ちになり、ソムヌスは曖昧な返事をする。それを聞いてグロリアが、頬を膨らませた。
「ねえ、ソムヌスさん。ソムヌスさんは寂しくないの?」
「それはまあ。寂しい、けれど。休暇が終わったらまた会えるだろう?」
少し会わなくなるだけだ。しかもこの休暇は10日目。ちょっと会えない日が多いだけだ。永遠の別れではない。そう伝えても、グロリアは不満そうな顔を崩さない。
大人びて見えたときもあるグロリアだが、このように子どもっぽい面も持ち合わせていた。
彼女はぽつりと言葉をこぼした。
「いつもは週に1日以上会えているのに」
「そう言われても……」
ソムヌスにはどうしようもない。機嫌が良くならないグロリアに困り果てていると、グロリアがぱんと手を打った。
「ねえ、ソムヌスさん。それじゃあ、家に来ない?」
名案、とばかり急に顔を明るくしたグロリアだが、ソムヌスは首を振った。
「君のご両親とも忙しいんだろう? 俺が行けば邪魔になる」
まだ1年生の彼女が、1人で人を招くわけにはいかないだろうから、両親のどちらかは家にいる方がいいだろう。
しかし、それが可能なのかというと、難しそうだ。
父親は騎士科。騎士科は訓練等で特に忙しいときく。また、母親はパン屋を営んでいるというから、朝早くから忙しいだろう。
「でも……」
そう考えたソムヌスであったが、グロリアが泣きそうな顔をしながら見つめてくる。その視線に耐えられなくなったソムヌスは提案をした。
「わかった。それじゃあ兄さんに、家に君を呼んでいいか聞いてみる」
「ソムヌスさんの家に?」
「ああ。約束はできないが」
この頃にはすでにクレアティオ家の当主の座はアエラスのものとなっていた。両親は家にいないから、心配はない。
兄も忙しいと思うが、休みの日もあるはずだ。
アエラスが良いと言えば、家に来てもいい。そうグロリアに伝えると、彼女の表情はすでに明るくなっていた。
「本当に⁉︎ やった!」
「その代わり、ご両親にはちゃんと説明しておけよ? ちゃんと、俺の名前も、男友達の家ということも説明するんだ。分かったか?」
「うん!」
明るく笑って返事をしたグロリアは、きちんと伝えることの重大性を分かっているだろうか、とソムヌスは訝しむ。
グロリアはまだ婚約者のいない少女で、ソムヌスも婚約者はいない。家には使用人がいるため、二人っきりには絶対にならないから、そのような心配はいらない。
しかし、それは「自分たちにとっては」の話だ。周囲がどう捉えるかは話が違う。
一番高い可能性は、ソムヌスとグロリアを恋愛関係だと思われることだ。休暇中にわざわざ会う。しかも家で。恋愛関係を疑うのは仕方ない要素が揃ってしまっている。
だからこそ少なくとも身近な人にはきちんと説明しておかないと、グロリアに不利益が生まれてしまう。
にこにこ笑っているグロリアに視線を向ける。聡い彼女なら、大丈夫だろうが、それでもソムヌスは心配が尽きなかった。
◆
当然のように、アエラスがソムヌスからの頼みを断ることはなく。グロリアが来る日に家にいると言った。さらにグロリアの両親ともたまたま会ったから、挨拶をしてくれたらしい。
「ごめん、兄さん」
「なにが?」
まるで親のようなことをさせてしまったことが申し訳なく、ソムヌスは謝ったが、アエラスはきょとんとしている。
「兄さんは俺の親ではないだろう?」
ソムヌスの言いたいことが伝わったのだろう。アエラスは緩やかに微笑んだ。
「別にいいよ。クレアティオ家の当主になった時点で、君の保護者だしね」
2歳しか年齢が変わらない兄の言葉に、ソムヌスが俯いた。そんなソムヌスの頭に、アエラスが触れる。
「ソムヌス、友達は大切にしな。特に、なんの先入観も偏見もなく見てくれる子は、特に」
それがきっと、グロリアが家に来ることを快諾してくれた理由なのだろう。
クレアティオ。その名が持つ力は大きい。大きすぎる。
自分を見ているようで、見ていない人間がどれほどいることか。「クレアティオ」という名だけを見ている人がどれだけいることか。
「……ごめん、兄さん。ありがとう」
「謝らなくていいのに。私もソムヌスの友達に会ってみたいしね」
そう言って楽しそうなアエラスは珍しい。人がそんなに好きじゃないはずなのに、楽しそうなのはなぜだろう、と当時のソムヌスは思っていたが。
――後のソムヌスには分かる。アエラスはソムヌスの気持ちを見透かしていたのだ。
◆
グロリアが家に来た日。彼女は物怖じをせず、アエラスへと話かけてきた。
「こんにちは、アエラス・クレアティオ公爵様! お邪魔します!」
「こんにちは。えっと、グロリア・ノーティカ嬢だよね?」
「そうです!」
グロリアは本当に怖がる様子はないな、と彼女を見ながら考えていた。もっとも、アエラスよりもソムヌスの方が声をかけにくい見た目をしているはずだが。
それでもアエラスは、救国者と呼ばれる男だ。いくら見目がよくても、少しは怖がるものじゃないのか。
ソムヌスが関心しながらグロリアを見ているうちにも会話は進んでいく。
「グロリアさん、って呼んでも大丈夫?」
「はい! 公爵様、でいいですか?」
「名前で呼んでもいいよ」
「アエラス様?」
「うん」
ソムヌスは、アエラスへ視線を移した。名前呼びを許可するとは。少しモヤモヤとした気持ちになる。それが何を意味しているかは分からず、首元に手をあてた。
しかし、そのモヤモヤは気がつけば消えており。ソムヌスはグロリアへと視線を戻す。
アエラスを見ていたグロリアが、はっとした表情へ変わる。アエラスが首を傾げると、グロリアが口を開いた。
「そうだ、アエラス様って救国者なんですよね?」
「え、うん」
「アエラス様。この国を、守ってくださりありがとうございました」
そのアエラスの顔からは笑みが消えた。彼は困ったように目を伏せる。
「お礼を言われるようなことはしていないよ」
「……私が言いたかっただけです。迷惑だったならごめんなさい」
グロリアは、アエラスの表情から何かを感じ取ったのだろうか。人の表情をよく見ているグロリアには、アエラスの戸惑いが伝わったのだろう。
グロリアからの謝罪に、アエラスはすぐに笑みを作った。
「迷惑とかじゃないよ。直接言われることは滅多にないからね」
「迷惑じゃないなら、よかったです。ソムヌスさんの大切な人に嫌われるのはいやですから」
それを聞いたアエラスは、金の瞳を見開いた。そして頬を緩めて笑った。その笑みは恐らく本物。
「……そっか。これからもソムヌスをよろしくね」
「はい!」
あれ、自分がよろしくお願いされる側なのか。年上なのに。そう思っていたソムヌスだが、楽しそうに笑っている二人に水を差すことはせず、黙っていた。
◆
いつも通りグロリアと話をし、何事もなく彼女が帰った後。アエラスが楽しげに声をかけてきた。
「ソムヌス」
「なんだ? 兄さん」
「彼女、良い子だったね」
そのアエラスの表情には、期待を込めたような色が混ざっている気がした。
念を押すようにソムヌスは言う。
「グロリアは友人だ」
「うん。分かっているよ」
にこりと笑ったアエラスは、本当に分かっているのだろうか。ソムヌスは疑問に思いながらも、なぜか気恥ずかしくて、目を伏せた。




