43、拒絶
グロリアの家に馬車は到着した。
先に降りたソムヌスから手を差し伸べられ、グロリアはその手をとって降りる。
「ありがとうございます」
「ああ」
馬車から降りたグロリアはソムヌスへ微笑みかけ、ソムヌスもそれに応えた。
「行きましょう。こっちです」
「ああ。ありがとう」
グロリアは見慣れた家の方へとソムヌスを連れて行く。
ノーティカ家は一応歴史のある家だ。そこそこ家は大きい。クレアティオ家には及ばないだろうが。
「どうぞ」
「お邪魔します」
ソムヌスを家に入れる。足音が聞こえてきたため、両親が玄関まで来たのだろう。姉は今日は用事があるから参加できないと残念がっていた。
「こんにち……」
母が発しかけた挨拶が途中で止まる。不思議になって、階段を降りている途中のそちらを見る。
母も父も、目を見開いてい固まっていた。
その表情はまるで恐ろしい物を見るかのようで。
「え、どうしたの?」
グロリアはその表情の意味が分からず、戸惑うばかりだ。ソムヌスが何かを知っているかと彼に視線を向けると、軽く首をかしげている。
グロリアが両親の方へ視線を戻すと、二人は顔を見合わせていた。
その表情はなぜか暗く感じる。母が口を開いた。
「グロリア。その人、は、ソムヌス・クレアティオ様よね?」
「知っているの?」
クレアティオ家を知らない人はいないが、ソムヌスは学校卒業後、公の場に姿を見せていないから、本人を知っているとは思わなかった。
グロリアの肯定で、両親の表情はさらに苦々しくなった。
今度は父が口を開く。
「ソムヌス・クレアティオ様」
「……私はもうクレアティオではありません」
「そうですか。それならソムヌスさん」
ソムヌスの言葉に、そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに父はソムヌスの名を呼び、真剣な表情をする。
「娘と別れていただきたい」
一瞬、グロリアは何を言われたか理解できなかった。
「え」
「ちょっと、お父さん! 何言っているの?」
金の瞳をこぼれそうなほど見開いたソムヌスが驚きの声を漏らすと同時に、グロリアは声をあげた。
両親は、また顔を見合わす。その目には、引く気配などなかった。
父が顔色を変えずに言う。
「グロリア。わかってくれ。君のためなんだ」
「なに? 私のためって」
グロリアが尋ねるが、両親は苦い顔をするだけだ。どうしたら、いいのだろう。
グロリアが考えていると、ソムヌスが口を開いた。
「……私に何か問題が? できる限り直します」
ソムヌスが慎重かつ丁寧な口調で言うが、グロリアの母は首を振った。
「そういうことではないのです」
そこで言葉を区切った母は、軽く息を吐いてから言う。
「あなたがソムヌス・クレアティオ――あなた自身である。それ自体が駄目なんです」
それにはグロリアもソムヌスも絶句した。
ソムヌスが彼であること自体が駄目。
なんという辛辣で、救いのない言葉だろうか。
その次の説得の言葉は出てこない。説得の余地を感じない。
人は自分以外の何者にもなれないのだから。
◆
「ソムヌスさん、ごめんなさい」
「君が謝ることではないだろう」
それは自分のせいである可能性が高いのだから、とソムヌスは心の中で呟く。
結局、ソムヌスはグロリアの両親とまともに話をすることができなかった。グロリアの両親は頑として拒絶の姿勢を崩さなかった。
過去の自分の評判か。あるいは過去の自分が何かをしたか。
本来であれば、グロリアと共にアエラスの家へと向かうはずだった。しかし、グロリアと向かうのは中止し、ソムヌスだけで向かうことにした。
「なんとか説得してみます」
その理由は、グロリアが両親を説得すると言ったからだ。
ぎゅっと手を握りしめて、何かを堪えているような、グロリアの手をとる。
「それでも、君とご家族の関係が悪くなってしまうかもしれないだろう? 無理はしないでくれ」
ソムヌスは、グロリアとの未来を諦める気はない。しかし、グロリアが大切にしているであろう家族との関係を壊したいとは思えない。
「無理じゃないです。私がそうしたいから、やってみるんです」
そう言ったグロリアの強い意志がこもった黒の瞳をみて、目を離せないような感覚がした。ソムヌスは目を伏せる。
「……ありがとう」
「いえ。公爵様に謝っておいてください」
「ああ」
名残惜しく思いながらも、ソムヌスはグロリアの手を離す。
グロリアに手を振り、クレアティオから迎えに来た馬車に一人で乗りこんだ。
◆
馬車の中。ソムヌスは頭を抱えた。
自分の消した記憶にノーティカ家の人間が関わっている。
その可能性が高いことには気がついている。
もし、ソムヌスの好きな相手がノーティカ家の人間だとしたら。
グロリアか、グロリアの姉。確か名はアリア・ノーティカだったか。
どちらだったとしても、絶望的だ。
グロリアの両親の反応。そこから考えるとソムヌスは「好きだった人」を傷つけたのだろう。
すべてを知るには、記憶を思い出さなくてはいけない。しかし、自分はその記憶に耐えられるのだろうか。
ソムヌスは紫の髪を乱雑にかきあげた。




