42、ノーティカ家へ
「ソムヌスさん、緊張しています?」
「ああ」
馬車の中、グロリアがソムヌスの顔を覗き込むと、彼は頷いた。その表情は固い。
今日はグロリアの家へソムヌスが来る日だ。グロリアがソムヌスを迎えに来て、一緒の馬車に乗っている。
ソムヌスが深く息をを吐くのを見ながら、グロリアは思わず笑った。
「あはは。ソムヌスさんがここまで緊張しているのは初めて見ました」
グロリアが声をあげて笑ったことで、ソムヌスは複雑そうな表情でグロリアを見る。
「嫌だろ、君のご家族から嫌われたら」
そのソムヌスの言葉にグロリアは笑みを浮かべた。
この人は自分のことを好きでいてくれている。だからこそ、グロリアの大切な人であるグロリアに嫌われることを恐れている。
それが嬉しくて仕方がない。
「ありがとうございます、ソムヌスさん。それでも、大丈夫だと思いますよ」
グロリアは、家族へソムヌスについて話をしたときのことを思い出す。
◆
1ヶ月前ほど前。グロリアとソムヌスが交際を始めて2週間くらい経った日の夜ご飯のときだ。父と姉は帰っておらず、グロリアは母と2人だった。
「グロリア、最近は恋人、いないの?」
母にさり気なさを装いながら聞かれ、グロリアは食事の手を止めた。
ソムヌスのことを伝えるかを考える。しかし、隠す理由は見つけられなかった。
「いるよ」
「え!? いるの!?」
母の予想以上の驚愕に、グロリアは顔を顰める。そんなに驚くことだろうか。
「なんでそんなに驚くの?」
「トニトルスくんのことを忘れられないと思っていたから」
グロリアは目を逸らした。自分でもそう思っていたから、記憶消し屋に向かった。
それでも結果的には過去のものとすることができた。未来なんて、決めつけるものではないとしみじみ思う。
グロリアがそう考えていると、母が唐突に口を開いた。
「ごめんね」
「何が?」
母は黙ったまま悲しそうに微笑んだ。
そこで思い出す。トニトルスをグロリアに紹介したのは両親だ。
それに負い目を感じていて、グロリアに恋人の有無を聞いていたのだろう。
「その方はどんな人なの? 会ってみたいわ」
「いや、流石に付き合って2週間で親への紹介は……」
「だめ? どんな方かお会いしてみたいの」
負い目を感じている母にそう言われると、グロリアは断ることはできなかった。
「……聞いてみるね」
そう言うと、母は顔を明るくした。余計に断りにくくなってしまったかもしれない。
ソムヌスが断れば、それはなくなるだろうが、断ると思えない。
「どんな人なの? どこで会ったの?」
「優しい人だよ。私が今働いている魔法書専門店であった人」
「そうなのね」
グロリアは『記憶消し屋』の話はしていない。記憶を消すときは、両親に事後報告として手紙を渡すつもりだった。
その必要のなくなった手紙は燃やしたため、どこにも残っていない。
ご飯を食べ終わって自室へ戻ったグロリアは頭を抱えた。
ソムヌスに、嫌がられないだろうか。面倒な家族と思われないだろうか。そう心配しながらその日を終えたグロリアだった。
次の日、父や姉からも会うのを楽しみにしている、と言われグロリアは頭を抱えた。
しかし、ソムヌスに言うと、あっさり承諾してくれたのだ。
◆
グロリアは今更ながらソムヌスが簡単に承諾してくれた理由が気になりだした。
「ソムヌスさん」
グロリアが名を呼ぶと、口元を手で覆っていたソムヌスがグロリアへ視線を向ける。
「なんだ?」
「どうして今日のことを了承してくれたんですか?」
グロリアが尋ねると、手を外したソムヌスは金の目を優しげに細めた。
「君の頼みを断るはずがないだろう」
「……」
驚いて押し黙ったグロリアに、ソムヌスはさらに言葉を重ねた。
「それに君のご家族は、心配しているんだろう? 君が悪い男に捕まっていないか」
そうなのだろう。グロリアは目を伏せる。
それを理解してくれるのが、ありがたくて申し訳ない。
「そんな顔をしなくても、大丈夫だ。君は俺の兄とすでに会っているわけだから、俺が君のご家族と会うのは何らおかしな話ではない」
ソムヌスの言葉をきき、グロリアは自分の顔に触れた。どんな顔をしていただろうか。
くすりと笑ったソムヌスが呟く。
「君のご家族に嫌われないといいな」
「大丈夫ですよ」
グロリアの両親は、新しい恋人と会うのを楽しみにしていた。
きっと、大丈夫。グロリアの好きなこの人を、両親は認めてくれる。
――グロリアはこのときまでそう思っていた。




