41、夢のような
ソムヌスとの交際が始まった後。一ヶ月ほど経ってもまだ夢の中にいるような気分だ。
店を閉じ、片付けまで終わったあと。グロリアがソムヌスを見つめるていると、彼が小首をかしげた。
「どうした?」
「いえ、実感がわかなくて」
不思議そうにしているのソムヌスに、グロリアは微笑みかけた。
「こんな綺麗な人と付き合っているのか、と」
グロリアがそう言うと、ソムヌスが金の瞳を見開いた。
白に近い肌がじわじわと頬が赤くなるのを見て、グロリアの方が戸惑う。
「あ、え、ソムヌスさん」
「……今こっちを見ないでくれ」
グロリアは顔を手で隠そうとしているソムヌスを見つめた。
かわいい、と言ったら失礼だろうか。それでも、綺麗などという言葉は聞き慣れているだろうソムヌスがこんな反応を示したことが嬉しい。
グロリアはソムヌスの紫色の髪にそっと手を伸ばした。その滑らかな柔らかさをもつ長い髪をすくが、すぐに手から髪はこぼれ落ちた。
想像以上にサラサラとした髪に驚いていると、ソムヌスが困ったような顔をしていた。
「どうした?」
「あ、ごめんなさい! えっと、触ってみたくて」
慌てて謝ると、ソムヌスは笑みを浮かべた。
「謝る必要はない。君なら構わない」
そう言ったソムヌスは、グロリアの銀の髪に触れた。その髪を口元へと運び、口づけを落とす。
「君は、嫌か?」
「嫌では、ないです」
嫌ではない。恥ずかしいだけで。グロリアがその気持ちで返事をするとソムヌスが柔らかく笑った。
頬が熱くなり、手でおさえる。
グロリアはソムヌスの金の目を見て微笑む。ソムヌスも笑みを返し、二人で笑い合っていると、扉が開かれる音がした。
「こんにちはー! あ、俺邪魔か?」
「フラマ」
「フラマさん、こんにちは」
橙の目立つ髪の男、フラマ・ヴァラトスが入ってきたため、グロリアはソムヌスから距離を取る。
ソムヌスとグロリアの様子を見て、不思議そうな様子は一切ないフラマは何かに気がついたのかもしれない。
「……お茶をいれてくる」
少しだけ気まずそうにしながらもソムヌスが奥へと向かったため、グロリアはフラマと二人で残された。
「グロリアさん、グロリアさん」
弾んだような、緊張したような声でフラマから名を呼ばれ、グロリアはそちらに視線を向ける。
「何ですか?」
「ソムヌスと何かあった?」
フラマの薄茶色の瞳から目を逸らし、グロリアは俯き気味で頷いた。
「はい、その……。お付き合いすることになりました」
グロリアがそう言いながら、少し視線を上げてフラマの顔をうかがうと、フラマはぱっと表情を明るくした。
「そうなのか! おめでとー」
「ありがとうございます」
グロリアは礼を言いながら、1つ思い出すことがあった。
「そういえばフラマさん。聞いてませんよ」
「何が?」
「ソムヌスさんとお酒を飲んだら、どんな雰囲気だったか教えてくださる約束だったじゃないですか」
すぐに理解したのか、頷いたフラマは少し目線を上に向ける。
「うーん。ぼーっとしてたけど、いつもより多弁だったかもなー」
「そうなのですか?」
「うん」
グロリアが驚いていると、近くの机にトレイが置かれた。
「フラマ。あまり余計なこと言うなよ」
複雑そうな表情をしたソムヌスを見て、グロリアの頬が緩む。男友達との間の話は秘密にしておきたいのだろうか。
「りょーかい。でも俺も酔っていたからあんまり覚えていないなー」
そう言ったフラマの顔を見ても、本当か嘘かは分からない。それでも、フラマはあまり酔わなさそうだなと思う。
グロリアがフラマとソムヌスを見ながら考えていると、フラマが急に姿勢を正した。
「そうだ。二人に伝えておかないと」
そう言って彼が話を始めたのは、トニトルスの話だ。次の日にトニトルスを呼び出したフラマは、グロリアやグロリアの家、ソムヌスの店への接近禁止命令を出してくれたらしい。
「俺の権限だと、これが限界だ」
「いえ、ありがとうございます」
「アエラス様を頼れば、もっとできると思うけれど」
「いいえ。大丈夫です」
流石にそこまでは望んでいない。もう会いたくはないと思うけれど、それ以上の何かは必要ない。
だって、グロリアにとってどうでもいいことなのだから。
「あの人のことは、会いさえしなければ構わないので、何もしなくて大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか」
ふわりと笑ったフラマが頷く。それを見て、グロリアは笑みを返した。
「それじゃあこの話は終わりだな! 二人の話を聞かせてくれよ」
「そうですね……。来週に私の家にソムヌスさんが来るんです」
グロリアの言葉に、フラマがぎょっとした表情をする。
「え、付き合って一ヶ月くらいで親への挨拶?」
フラマの驚きはもっともだ。グロリアは苦笑する。
「私もそれは早いと思ったのですが、私の親が会わせてほしいと言っていて」
グロリアが婚約を解消されてから、あまり家で元気はなかった。そんななか、ソムヌスの店に来て、グロリアが元気になっていくのは気づかれていたらしい。
グロリアが店の店主と交際を始めたことをこぼしたら、ぜひ会いたいと行ってきたのだ。
「ごめんなさい、ソムヌスさん」
「いや。俺は別に構わない」
嫌な顔を1つしないソムヌスに、申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちがわき上がる。
納得したように頷いたフラマが口を開く。
「じゃあ、来週は店に来ないようにしないとな」
「フラマ、お前そんなに暇じゃないんだろう? 前回から一ヶ月空いているわけだから」
ソムヌスに指摘されたフラマが、少し目を見開く。ソムヌスがしっかり覚えているとは思わなかったのだろうか。
「日によって忙しさは違うからなー。来週くらいからは暇になりそうだから」
頷いたソムヌスが急に立ち上がり、一通の手紙を持ってきた。
「そうだ。ついでに明日、兄さんに手紙を渡してくれないか?」
「おー。別にいいぞー」
そう返事をして手紙を受け取ったフラマがかばんにしまう。
「それじゃあ、また来るなー」
気がつけばフラマのカップは空になっており、彼は立ち上がった。
「じゃあ、手紙をよろしく頼む」
「分かった」
そう言って去っていくフラマを見ながら、グロリアはソムヌスへ話しかけた。
「公爵様に、来週空いているかのどうかという質問ですか?」
「そうだ」
グロリアの家に行ったあと、アエラスの家にも行こうかという話をしていた。アエラスが承諾をすれば行くことになるだろう。
来週はどんな日になるのだろうか。グロリアはぼんやりと考えた。




