40、告白
「ソムヌスさん」
フラマが出ていってすぐに、グロリアはソムヌスの名前を呼んだ。ソムヌスがこちらを見る。彼が何かを言う前に、グロリアは口を開いた。
「ごめんなさい、ソムヌスさん」
ソムヌスの目を見ずに頭を下げた。彼に口を開く隙を与えず、言葉を続ける。
「もう、私の記憶を消してもらう必要はないんです」
グロリアは頭を上げたが、ソムヌスの顔を見ることができない。緊張で喉が詰まりそうになり、息を吸い込んだ。
「私は、あんな男のこと、今ではどうでもよく思っています。記憶を消す必要はないほどに。それなのに、それをお伝えしなくてごめんなさい」
黙ったままのソムヌスは何を考えているのだろうか。彼に拒絶の言葉を聞きたくなくて、グロリアはまた頭を下げた。
「……グロリアさん、謝らないでくれ」
「いえ。もう一つ謝らないといけないことがあるんです」
頭を上げたグロリアは、深く息を吐いた。
「……ソムヌスさん、なんで私が黙っていたと思いますか?」
「……」
「ソムヌスさん」
黙り込んだソムヌスの目をまっすぐにグロリアは見つめた。グロリアの黒の瞳を見たソムヌスが息を呑む。
「あなたのことが好きだからです。もちろん、恋愛という意味です」
一切の逃げ道は封じた。はっきりと恋だと伝える。
時が止まったような気がした。まるで断頭台にいるかのような気分だ。黙り込んでいるソムヌスに、グロリアは笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。友達と言ってくれたのに。あなたの信頼を裏切って、ごめんなさい」
苦しいけれど、どこかスッキリした。ソムヌスに隠し事をしているのは心苦しかったから。グロリアはまた微笑んだ。
一方的に捨てられた時とは違う。片思いの相手から振られるなら、悲しいけれど傷つくことはない。
金の瞳を見開いた後、ソムヌスは目を伏せた。軽く髪をかき上げ、浅く息をした彼は静かに声を出し始めた。
「俺は、その……」
グロリアはソムヌスから目を逸らすのをやめた。ソムヌスを見つめていると、彼は困ったように口を開く。
「君に好いてもらえるほど、いい人ではない」
その言葉に、猛烈な違和感を覚えた。ソムヌスが否定しているのは、グロリアではなく彼自身だ。
「ソムヌスさん。私のことは聞いていません。あなたの気持ちを聞いているんです」
虚をつかれたように動きを止めたソムヌスは、目を伏せる。口を開いたが、その口からすぐに声はこぼれてこなかった。
しばらく沈黙が流れたあと、掠れた声で話を始めた。
「……俺は、もう、人に恋する気持ちなんて、忘れてしまった。そのはずだった。それなのに、どうしてこんなに君に嫌われるのは怖いんだろうな」
グロリアを見たソムヌスの瞳は、どこか縋るようにみえた。
「グロリアさん。俺は、君のことが大切だ。君に苦しんでほしくないし、笑っていてほしい」
どくり、と心臓がはねた気がした。まるでそれは、グロリアのことが好きだと言っているようにきこえて。
それでも決定的な言葉を確認するのが怖い。グロリアが黙っていると、ソムヌスが口を開いた。
「……この気持ちを、恋とすることを許してくれるか?」
「……それ、は。私が、決めることでは……」
グロリアは声が震えそうになるのを必死にこらえながら言うと、ソムヌスは頷く。
「そうだな。悪い。俺が判断することだ。……きっとこれが恋だ」
軽く微笑みながらそう言ったソムヌスは、グロリアの前で跪く。グロリアが言葉を失っていると、ソムヌスは笑みを深めた。
「グロリア・ノーティカ様。どうか、俺と付き合ってくれませんか?」
丁寧な言葉で、すっと左手を差し出しながらそう言ったソムヌスに、グロリアは躊躇しながら手を伸ばした。
「はい、お願いします」
グロリアの手がソムヌスの手に触れた。ソムヌスが珍しく満面の笑みを浮かべており、思わずグロリアの頬も緩んだ。
急にソムヌスはグロリアの手を自身の口元に近づける。
グロリアが何かを言う前に、彼はグロリアの右手の甲に口づけをした。
「あ、え、ソムヌスさん⁉︎」
「これからもよろしく頼む、グロリアさん」
頬が熱い。手慣れている様子のソムヌスが少し気になるが。それでも目の前で微笑むソムヌスを見ていると、急に実感が湧いてきた。
「ソムヌスさん、私、あなたを好きでいて良いんですね」
「もちろん。君こそ、本当に俺でも良いのか?」
「ソムヌスさんが良いんです」
立ち上がったソムヌスをグロリアは見上げた。彼が自分を見る目はあまりにも優しくて、グロリアはまた微笑んだ。




