29、目的
「それでも、いろんな目的は達成したんですよね?」
「目的?」
ルースの探るような視線を受けながらも、アエラスは首を傾げてみせた。それでもルースは視線を外さない。
「ソムヌスさんからフラマさんの『こいつが国王直属の部下で大丈夫か』という言葉を塗り替えること。フラマさんに自分で気づかせること。そしてグロリアさんが適性を持つ闇魔法の検証をすること。ソムヌスさんのことを大事に思っている人間がいると自覚させること。他にもあるかもしれませんが、お父様は多くの目的を成し遂げましたね」
ルースの言葉に、アエラスは笑みを浮かべる。アエラスが狙ったことは、概ねルースの言う通り。
フラマ。ソムヌス。グロリア。全員に関することだったから、ちょうどよかった。あのタイミングでフラマが来たのは僥倖だろう。
フラマ・ヴァラトスのことを考える。彼は今後もソムヌスに会いにくるだろう。隠し事がなくなった彼は、もっと頻度高く来るようになるかもしれない。
「あの子も愚かじゃない。次から気をつけてくれるだろう」
愚かじゃない、どころか。アエラスはフラマのことを結構高く評価していた。名前を覚えているくらいには。だからこそ、注意をするのではなく、回りくどいことをした。
ルースがアエラスの顔をうかがいながら言う。
「それでも、フィニス陛下はお父様がわざわざ王の価値を下げないよう振る舞うことを求めていないと思いますが」
「うん。そうだろうね。でも、万が一これがきっかけでフィニスの評判に傷つきでもしたら、私は火種をつぶさなかったことを後悔するだろうから」
その可能性は結果的には低かった。しかし、フラマが店に来た時点のアエラスには、フラマの目的がソムヌスと仲良くなることだとは察することができても、それを他の人にもやるかもしれない。それがアエラスの懸念点だった。フラマの話をきいてからは、他の人にはやらないだろうということはわかったが。
「お父様が嫌じゃないなら、僕としては別にいいです」
そう言いながら引き下がろうとしないルースは、宝石のような輝きを放つ瞳をアエラスから逸らさない。
「それじゃあ、グロリアさんのことは何でですか?」
「え?」
アエラスは不意をつかれて、ルースを凝視した。ルースは緑の瞳に不思議な気持ちを隠そうとしていない。
「何でわざわざグロリアさんにやらせたんですか? お父様自身が闇魔法を使うこともできましたよね?」
アエラスは返事に困る。思考を回しながら、反対にルースへ問いかけた。
「何でだと思う?」
ぱちりと瞳を瞬かせたルースは、考える素振りを見せずに、すぐ口を開いた。
「闇魔法について自信がなかったグロリアさんに、自信を持たせたかったんですか?」
「……相変わらず聡いね」
光魔法の話をしているときに、グロリアは闇魔法の話を持ち出した。そのときのグロリアの顔は不安げで苦しそうだった。
だからこそ、アエラスの仮説を確かめることで、彼女の自信になればいいと思っていたのは事実だ。
アエラスが感心してルースの頭を撫でる。それを嫌がる素振りも見せずにくすぐったそうに受け入れていたルースであったが、ふと顔を上げた。
「それでも分かりません」
「何が?」
「お父様がグロリアさんを見る目は、まるで妹を見るようで……」
妹、とは言い当て妙だ。口元に苦い笑みが浮かぶのに気がつきながら、アエラスは言葉を絞り出した。
「ごめんね、それ以上は言えない」
「なんでですか?」
「あまりに、いろんな事情が混ざり合っているから」
その事情があるから、アエラスは。
『ねえ、ソムヌス。次に私に何か連絡をするときは、君の気持ちをはっきり自覚してからにしてね』
わざわざソムヌスを拒絶した。
ソムヌスに連絡をしないように、と言った理由。それは別に怒りの感情からではない。そう見えるようにしたから、ソムヌスはそう勘違いしてくれているはずだ。
アエラスは、ソムヌスの記憶を消した過去について、何もソムヌスに伝えてはいけない。だから、ソムヌスとの連絡を控える必要があった。ソムヌスがグロリアへの恋心を認めていない段階で伝えてしまえば、ソムヌスに芽生えかけているであろう恋心を、彼はなかったことにしてしまうから。
それでもアエラスが手を打って置かなければ、連絡が来ることになっていたはずだ。
なぜならグロリアの記憶を消すことは。
「……失敗するだろうからね」
「お父様?」
「いや、なんでもないよ」
アエラスにとって、ソムヌスは大事な弟。ソムヌスが一人で生きることを望んでいない。だからこそ、アエラスは余計なことをしないようにしながら、彼らが不幸にならないよう自分にできることを探す必要がある。
「あー。これでいいのか全然分からない。むしろ余計なことだったらどうしよう」
難しい。そもそも、アエラスは失恋しかしたことがない。自分の恋も成就できないのに、人の恋の行く末を考えるのは無理がある。
息子の前であるのにも関わらず、迷いを隠そうとしないアエラスを、ルースはじっと見つめた。
「珍しいですね」
「いや、私はいつも正解なんてわからないよ。計画とか苦手だし。フィニスに丸投げしてきたつけがまわってきたね」
「今回はフィニス陛下に手伝ってもらわないんですか?」
「国王に弟の恋路の手伝いをさせる部下ってどうなの?」
幼なじみとして頼めば、手伝ってくれるだろう。しかし、多忙なフィニスの手を煩わせる気はない。それに、フィニスにソムヌスの事情を勝手に伝えるのも憚られる。やっぱりアエラスが自分で考えるしかないことだ。
「恋愛って、好きって伝えて終わりっていう簡単なものじゃないんですね」
「そうだね。感情は変化する。その中での人間同士の関係性作りだから、大変だよね」
エリー以外への恋心なんて消してやる、とソムヌスに言ったことをアエラスは棚に上げた。ルースには、変化するものだと伝える。片思いを拗らせている自分みたいな恋愛をしてほしくない。
いつかこの子も恋をして、自分の元から離れてしまうのだろう。その日が待ち遠しくもあるが、寂しくもある。そう思ってルースを見つめていると、彼は俯いたあとアエラスをじっと見た。
「……お父様は、後悔しているんですか?」
「エリーを好きになったことを?」
「はい」
「まさか。後悔したことないよ。エリーを好きになったことも、告白して振られたことも」
後悔、という言葉で考える。アエラスはエリーに関することでは後悔したことはないが、勿論他のことではある。だからこそ、後悔自体を否定する気はない。
「後悔が、悪いことではないと思う。それでも」
アエラスは確信を持って言える。
「もしソムヌスが記憶を取り戻したら。悔い、自分を責め、苦しむ」
その状況を、アエラスは一番恐れている。
だから、アエラスには分からない。ソムヌスが記憶を取り戻すのが良いのか悪いのか。
しかし、それもアエラスが決めていい話ではない。ため息をついたアエラスは、窓の外へと視線を向けた。




