65 幕を閉じて
よろしくお願いします。
既にこの国の初代の王は居ない。
王妃パステルナークが生涯の幕を閉じると共に、後を追うようにしてロルカ王も他界した。
「最愛の妻パステルナークよ、私はいつの時も共にいる」
まさにその言葉通りの死であった。
玉座に座っている王ベディエは仲睦まじい両親を思うと、
「激動の人生でしたね」
と呟いてしまう。
と同時に、信頼し合う、その言葉の重さを知る。
この国も、ベディエが王になってから幾度かの困難があったが、風の者達と共に火種は小さい内に、より安心して民が暮らせるようにと解決されていった。
ベディエ王は思う、これからも風の者達が、その影なる動きで、どんな大きな問題であっても協力を惜しまずに働いてくれるであろうと。
ブランシュ、イズーは他国へ嫁いで幸せに暮らしているようだ。
ブランシュに至っては、初孫が生まれ、国を挙げてのお祭が開かれたと聞く。
そしてイズー、どんなに歳を取ってもそのお転婆ぶりは止まるところを知らず、常に夫である王を困らせていると、風の者達の諜報活動で聞いている。
その知らせを聞いてベディエはいつも笑わされてしまう。
勿論、風の者達も執政と関係のない情報を報告するのは、ベディエがいかにも楽しそうに笑うからである。
幾多の年月が流れ、ベディエも歳をとり、パステルナークの面影を残した端正な面立ちに笑顔さえも浮かべ、愛する両親と天の国で再会することになった。
更に年月は流れ、何代目かの王の改革はこの国を栄えさせ、国名がカロッサからネルーダに改められた。
それからも時は静かに流れ続け、ネルーダは安定した国政を続けられている。
現在のネルーダ王国には石造が建てられている。
場所はカロッサの国名の時から受け継がれている、聖なる場所、と呼ばれている岩だらけの小高い丘の上である。
大きな石像は、美しい女性と、一人の青年、二人の少女。
三神に導かれて、この国を救ったとされている伝説上の人物、何処にでもあるようなありふれた神話のひとつである。
今では、この四人が実在の人物であったと知る者は何処にも居ない。
明らかに歴史が変わったのだ。
遥か彼方の昔、事実も、その執政と戦いも、時が遠く過ぎれば昔の詩人が作った伝説となり変わっていく。
そして、いつの日か、その語り部さえも居なくなる。
どんな物語も未来永劫であるとは限らないものである。
この石像の前に毎朝、両膝、両手を大地につけて礼拝する者がいる。
この国の風の村の教師であった女である。
神聖なる白い鹿に乗って走って行く姿は、齢六十を過ぎていると言うのに、その颯爽たる姿は、若い娘のようにしか見えない。
その身体は、まるで歳を取ることを知らぬようだ。
この国で神聖なる白い鹿を育てている牧場主、以前の風の村の教師、未だ少女のような小柄な姿、しかし細く切れ長の目は強い意志を持つ心を表している。
何処から見ても強情な少女のようにしか見えない女は、
「私は忘れない」
そう言うと、石像の前から立ち上がり、もう一度礼をして白い鹿にまたがり、牧場へと戻って行った。
去って行く女の姿を、この国を、全ての民を、丘の上の母親とその子三人の石像がまるで笑っているかのように見下ろしていた。
ありがとうございました。




