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ピピピピ……というタイマーの音が響くと、試験官が念のために時計を確認してから立ち上がる。
「はい、筆記用具をおいてください。試験は終了です」
その声に日高は手にしていた学問の神様をまつる神社の合格祈願の文字が入った鉛筆を置く。
「ただいまより試験官が問題用紙と答案用紙を回収します。回収が終わるまでそのまま待つように」
すぐに後ろの方にいた試験官が回収を始めたらしい足音が聞こえ始め、程なく日高の手元からも答案用紙が回収され、しばらくすると別の試験官が問題用紙も回収していった。
その後、試験官たちが前の方で集まって、集めた用紙の数を数えて確認し合い、
「それでは以上で試験は終了となります。忘れ物に気をつけて退室してください。なお、この部屋は三十分後に施錠されますので……」
ガタガタと周囲で立ち上がる音がするのに合わせて日高も立ち上がり、一度周囲を見回す。特に持ってきたものがあるわけではないが、今日は雨も降っていたので傘を忘れずに持っていかないとな。廊下を進んでいくと、こうした試験の後に必ずある話し声が聞こえてくる。すなわち「お前どうだった?」「まあまあ、かな」である。
周囲からは「もう合格は無理だから諦めろ」と何度も言われたが、だからと言って諦められるわけもなく、こうして何度も挑戦を繰り返しているこの試験。噂では、これまでの合格者がゼロだとか言われているが、詳細は不明。
だが、「この試験に合格するくらいなら、司法試験と医師免許を同時に取る方が楽」とも言われるほどに難しい試験でもある。
「なあ、問二って、答え何にした?」
「問二かあ……えーと確かアにした」
「え?アレって……ウじゃないのか?」
馬鹿な会話だ。アレこそ過去問に何度も出ている頻出問題。正解はオだぞ。
「お前ら……アレって、ほぼ毎年出てる問題だぞ」
「え?そうなの?」
「だよ。だけど、今年のはちょっとひねってたな」
え?ひねってたっけ?
「過去問だと、昭和五十年の改正がメインだったろ?今回のは確か……これだ、昭和六十二年だ」
「え?あ、そう言えば」
そう……だっけ?
「しかも、「そうでないものを選べ」だぞ」
「げ!」
「つまり……どういうことだってばよ」
お、おう。
「答え、イじゃね?」
「マジかあ」
「じゃあ、問五は?」
クッソ、確かに言われてみればそうだ。配点が小さいことを祈りたいが……ん?問い五か。あれはよくある引っかけ問題で答えはイ。
「「ウ」」
はあ?
「だよな。ウだよな」
「典型的な引っかけだよな。だいたいが「一番目はどれか?」を聞いてくるところ、今年に限って「三番目は何か?」だもんな」
三番目?だと……?!
マズい。非情にマズい。完全に暗記問題だから、なんなら五番目まで覚えているが、三番目を答えさせる問題だったっけ?お前の勘違いじゃないのか?
見ず知らずの他人の話を聞いていたなんて思われたくない俺は、極力平静を装いつつ早足で彼らから離れていった。
「問七ってさあ、何にした?」
「あれかあ……俺はウにしたけど、イマイチ自信がないんだよな」
「俺はエだと思ったんだけどな」
俺はアだと思ったぞ。
「問十って、イとオだよね?」
「うん、あってる」
……その問題、二つ選べ、だったっけ?俺、オしか選んでないぞ。
試験会場から最寄りのバス停までの道は、試験の感想を話す者だらけで心が掻き乱される。
答えを確認し合ったところで提出済みの答案用紙が書き換わるわけでもないのに、そんな無駄な話をするくらいなら、「この後メシいかね?」くらいの話をしろよ!
そんな風に憤りながらバスに乗り、バスの中で繰り広げられる会話にガリガリと心を削られながら帰宅すると、ベッドに倒れ込んだ。
「今年もダメか」
狭き門だということは最初からわかっていたが、少しずつ手応えを感じていて、今回こそはと意気込んで受験した結果がこれだ。
結果が出るのは三ヶ月先だというのに、既に「不合格」の文字がチラついていて離れてくれない。
「クソッ」
二日酔い間違いなしと言うペースでビールを何本も空けた後は、「もう過ぎたことだから気にしないことにしよう」と自分に言い聞かせ、普段通りで過ごすようにした。
そして、試験のことをすっかり忘れた頃に不合格の通知が届き、いよいよ周りも「いい加減諦めろ」「そろそろ現実を見ろ」と言うようになり、すっぱりと諦めた。高い金出して買った参考書も過去問も全て捨て、お気に入りに入れていた受験攻略サイトのアドレスも消した。
その後もその試験は定期的に実施されているようだが、合格者が出たという話は聞かない。まあ、俺自身が情報収集をやめたから知らないだけかも知れないけど。
だが時々、飲み過ぎたときにふと口にする。
「なりたかったな……一級河川」
一級と二級って、ものすごく大きな違いがあるんだぜ?




