飛
「それでは技術本部第三チームの新規開発商品の説明を行います。開発担当の佐々木です、よろしくお願いします」
新規商品開発。凡そメーカーと呼ばれるような企業で常に行われている事業であり、新たに世に送り出す商品の出来如何によっては業界のトップを蹴落とすこともあれば、最下位へ転落することすらあり得る、文字通り社運のかかった事業とも言える。
もちろん、中にはそこまで大げさな表現をするほどの規模にならない商品もあるが、何がヒットするかわかったものでは無く、「せいぜい○億円程度の売上見込み」だった商品が企業を代表する主力商品になってしまうこともある。
特に、我が社の場合、商品の単価はそこそこ高いものの、比較的耐久性が高く、長期間使用されることが多い上に、あまり斬新な機能というものを必要としない商品が多いため、「この○○という機能を売りに買い替え需要の促進を!」みたいなことが起こりにくい。
要は、停滞しつつも緩やかに機能向上、じわじわと広まればそれでよし、と言うところが多く、今回の新商品開発も、開発に携わったチームのメンバーには申し訳ないが、多分社長からは「うん、まあ……いいんじゃないかな」というコメントが出る程度だろうと、営業部長の武内は思っていた。
「開発コンセプトは……「童心に帰る」です」
「「「は?」」」
おもちゃメーカーなら悪くない、というかそう言うコンセプトが重視されるのもわかる。アウトドア用品でもそう言うコンセプトは有りだろう。アパレル系も、もしかしたら、と言う気もする。だが、当社の製品ラインナップ的には……というのがプレゼンを見ていた経営層の偽らざる思いであった。
「これだと少し固いので、こんな感じでもいいかもしれませんというのが……「小学生男子の夢」」
「「「は……はあ……」」」
ますますわからない。
そう言う空気を醸し出したのを感じ取ったのか、広報部長の柏木が「つ、続けてくれ」とどうにか言葉を絞り出した。
「商品名は最終的には社内公募になるかと思いますが、開発コードネームが……「飛ばし屋ケンちゃん」」
「「「……」」」
もはや意味がわからない。
全員の困惑した空気を感じ取るが、ここが正念場と佐々木はさらに続けていく。
「皆さんは子供の頃……友達とどちらが遠くまで飛ばせるか、競いませんでしたか?」
「ふむ……」
「そう言えば確かに」
「したと言えばしたが……」
何となく全員が同意したのを見て佐々木が続ける。
「それを現代……今の自分たちに復活させるのです」
「復活ったって……君。色々と難しいんじゃないか?」
佐々木はうんうんと頷く。
「ええ。ですからそのためにあらゆる方面の専門家の協力を得て、完成にこぎ着けました」
どういう専門家だよ、と誰もが思う中、説明は続く。
「まず我々はギネスブックを確認しました。そして次に医学界へ。人体としての限界はどこなのかを確認し、噴出圧力は二倍までを想定し、跳ね返ることのないようにと」
パッとスライドが変わり、具体的な数値も並んでいる。
「そして形状。あらゆる高さ、前後の位置、角度を想定して実験を重ねました」
切り替わったスライドには複雑な形状をした内部構造が示され、いくつかのポイントが強調されて説明されていた。
「しかし佐々木君、複雑な形状は掃除のしづらさにつながらないかい?」
「ご指摘の通りです。そこで、国内の清掃業者、清掃用品メーカーと協力。清掃しやすい形状を追及しました」
切り替わったスライドは清掃時のブラシのあて方や光触媒素材の使用による洗浄効果についての記載が続く。
「最後に精密な計測により、飛距離の推定です。こちらは実測を元に計算を行っています」
「実測?君たちが実際に……やってみたのか?」
「まさか。さすがに体が持ちませんよ。このような簡易的な装置を作って実験を繰り返しました」
「佐々木の説明に補足しますと、この装置を使えば実際の飛距離を計測した上で、センサーの数値との比較が行えるという判断です」
第三チームのリーダー山根がフォローを入れる。理屈は通った説明である。だが……それではダメだ。
「一ついいかな」
「どうぞ」
「飛距離を測って……それだけか?」
「もちろん、ネットに接続してランキングも行えるようにします」
「ふむ」
「スマホの専用アプリも開発しました」
パッと切り替わったそこにはユーザIDと今回飛距離、そしてランキング表示が出ていた。
「アプリは開発中のため、現在は味気ない画面ですが、デザインはなんとでもなりますので今後改良します」
「で、全国ランキングか」
「いいえ……全国ランキングは少々大げさすぎるので、学区内ランキングです」
「学区内?」
「はい。ユーザ登録時に、御自身の通っていた小学校を登録いただきます。入学年度も」
「つまり……それは」
「童心に帰る、とはそう言うことなのです」
「子供の頃の友達と、競い合うと言うことか」
「そうです……ですが、それだけでは物足りないでしょう」
パッと切り替わり何だか可愛らしいイラストに変わる。
「隣の小学校と競い合う機能を用意します」
「なんと……」
「待て」
「はい」
「その……私の通っていた小学校は既に廃校になっている。どうすればいいんだ」
「ご安心ください。文部科学省のデータを元に、過去百年間の全ての小学校のデータを収集しております。学校同士の合併や分校の扱いも出来るようになっています」
「なるほど」
「ですが」
スクリーンには「今を知る!」とも表示された。
「普通の全国ランキングも可能です。市町村別、都道府県別など。子供の頃は九州にいたけど東京暮らしの方が長い、と言う方もいるでしょう。ですから今も昔もどちらでも、です」
なるほどと頷くが、営業部長としてこれは聞かなければならないという点がある。
「製品のスペックを見せてくれ。特に大きさが重要になるだろう?」
佐々木が当然です、と言わんばかりに手元を操作すると、次のスライドは製品スペックだった。コイツ、出来るなとその場にいた役員たちが感心する。
「当社従来品比で奥行きが二十センチほど増えてしまいます。しかし……この程度であれば一般的な企業なら問題ありませんし、公共施設や駅構内、あるいは飲み屋でもほぼ問題ないのではないでしょうか?」
その後、少しの質疑応答を経て……販売のゴーサインが出された。
製品コンセプトが尖りすぎていて、当初はなかなか受け入れられづらいかとも思われていたが、一部で導入されたのがSNSで紹介されて火がつき、生産ラインを拡充すべきかどうかで三度も経営陣が熱い議論を重ねるほどの大ヒットとなった。
「おりゃあああああ!ダメか、記録更新ならず」
「畜生、この店の四メートル五十って誰だよ」
「お、竹下くんが記録更新してる。さすがだなあ」
全国のトイレで男たちが年齢を問わず、必死に飛距離を競い合うのを見た海外からの観光客は、SNSでこう述べている。
「日本人はクレイジーどころではなかった。奴らは未来どころか異次元に生きている」




