働
高田秀幸は高校の途中で何となく引きこもり始めた。引きこもり始めた理由は特にない。いじめがあったわけでもないし、勉強に着いていけなかったわけでもない。本当にただ何となくだった。そして最初の頃は腫れ物に触るようでも何かと声をかけ、どうにかしようとしていた両親も、二十を超える頃から諦めが入り、三十という年齢が見えてくると何も言わなくなっていた。
自分でもこれじゃダメだと思うのだが、ズルズル来てしまった現実はもはや消すこともやり直すことも出来ず、もうこのままでもいいかと人生を諦めるのも自然なこと。
そして、あと二、三年ほどしたら首でも吊るかと真剣に考え始めていたのだが、この日、突然訪れた伯父さんに呼ばれ、渋々顔を出したところ、にこやかな顔で「仕事、してみないか?」と話を持ってきたときには少し耳を疑った。「いい加減にしろ!」と怒鳴り散らされ、殴られることも覚悟していたからだ。
「仕事って……えーと……」
「いい仕事があるんだ。これ」
求人広告っぽい紙が渡された。
「英崎商会?」
「うん。俺の会社と取引がある通販会社なんだが、業績が良いらしくてな。人手が足りなくて、誰か紹介してくれと頼まれたんだ」
「聞いたこと無いけど」
「そうだろうなぁ。週刊誌に時々広告が載ってるけど、ネットに広告出したりしてないはずだし」
「ふーん……倉庫作業?」
「そう。注文を受けた品を発送するために倉庫から出してくる……ピッキングとか言われる作業だな」
肉体労働か。それに通販会社ってブラック臭がすごいな。
「えーと、勤務は一日四交代のシフト制で七時間拘束、内一時間休み」
信用出来ないな。一時間の休みが実際は十分とか普通にありそうだし、七時間じゃなくて十七時間の間違いじゃないか?もちろんタイムカード上は七時間という記録で。
「場所がかなり田舎だから、寮住まいになるけど」
寮費とか高そう。
「寮費ゼロ。初任給は……」
「え?」
結構良い額に聞こえるし、寮費ゼロってどういうことだ?
「食事は三食社食が使えて無料。こんな感じらしいぞ」
「え?え?」
何それ。見せてもらった社食メニューの写真は、器こそ学校の給食みたいな安っぽい感じがするものの、彩りといい量といい、ファミレス並みどころかそれ以上だ。
「あと、自社製品の社割もあるらしいぞ」
「何を扱ってる会社?」
「日用品に食品から趣味の品まで、何でも扱ってるな。服に家電、水や米、本にCDも」
「密林みたいな感じかあ」
それにしては聞いたことが無いんだけど……ま、いいか。
こんな好条件だから、高校中退、職歴無し、資格無しの俺を採用するはずがないと思ったが、履歴書を送ったら即面接。ガチガチに緊張して噛みまくり、こりゃ無理だろうなと終わって帰ろうとしたら「採用です。来月からでも大丈夫ですか?」と、トントン拍子で進んでいった。
「俺、倉田大祐。しばらくは君の教育係になるから、よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「はは、緊張しなくていいよ。早速だけど現場に行こう」
連れてこられたのは巨大な倉庫の二階。反対側が見えないほどの広さにずらりと商品の詰まった棚が並んでいる。
「これ、支給されたスマホね。仕事中はこのアプリを常に起動すること」
「はい」
「起動すると、こうやって注文データが表示されるから……これ、こうやって商品を探して、バーコードを読む。そしたら、こっちの発送の棚に置いて、スマホをここにタッチ。基本はこれだけ。わかった?」
「何となく、ですけど」
「ハハッ、最初はそんなモンさ。早速やってみようか」
「はい」
スマホを操作し、注文データをタップ。商品棚がどこにあるから表示されるので、そこまで行って注文された数を手にして、発送の棚へ置くと、スマホをタッチ。
「うん、いい感じだね。しばらく見てるからやってみて」
「は、はい」
こんな簡単な作業でいいのかと思ったのは甘い考えだった。商品の種類が多すぎて遠くの棚まで探しに行くことも多いし、重い物だったりすると運ぶのも結構重労働。台車もあるけど、上げ下ろしが結構キツい。だが、ノルマらしいノルマはなく、疲れたら休憩しても良く、皆適当に時間を見て休憩を取っているようで、倉田も三十分おきくらいで休みを取っている。というか、
「そろそろ休もうか」
と誘われたら断れないだろ?
そして昼頃に一時間の休憩。時間は自由と言われていたが、「ちょうど区切りがいいし、場所も教えるから」と、倉田と一緒に社食へ向かう。事前に見せてもらったようなものが並んでいるバイキング形式で種類も豊富だ。
「あまり食べ過ぎると動けなくなるから気をつけて」
「あ、はい」
程々に抑えて午後からの仕事に備えよう。
そして、キッチリ七時間働いて仕事終了。もちろん作業の区切りをつけなければならないが、七時間働くとスマホのアプリがロックされる仕組みで、それ以上注文データを受け取れない。その後は少しだけ倉田から説明しきれなかったことの説明をもらいながら寮へ帰る。
何このホワイト。
「ああ……疲れた」
寮の部屋に戻ると、大の字になる。
風呂トイレは共同だが、全員個室。部屋は六畳ほどで広くはないが、一人で寝るだけなら充分すぎる。最低限のものしかないが、社割で買えば色々充実させられるだろう。
「ふう。たいして重い物を運んだわけでもないのに、腕が上がらん。足もパンパンだ」
引きこもっている間も筋トレはしていたが、筋トレと荷物を運んで動くというのは全然違うと実感。明日は筋肉痛間違い無しだが、不思議と心地よい。
「働くって、こういうことなんだな」
明日も頑張るために、メシと風呂、そしてさっさと寝ようか。
通販で注文される物は実に多種多様で、あらゆるニーズに応えるという経営方針らしい。文具、調理器具、大工道具の他、衣類に家具、オモチャといったものが倉庫の二階にあり、価格表示の無いホームセンターのよう。そして一階には重量のある物や食品類があるが、本やCD類はこことは別のところで扱っているらしく、異動を希望しない限りは関わることはないとも聞いた。そっちはそっちで大変そうだから、特に気にしないけど。
「あの、倉田さん」
「なんだい?」
「さっき、ゲームを五十個ってのがあったんですけど」
「ゲーム?」
「はい。オ○ロを五十個」
「それか。よくある注文だよ」
「よくあるんですか?」
「うん。俺が最初に驚いたのはトランプ二百個かな」
「どこかのおもちゃ屋が購入してるんですか?」
「まさか。おもちゃ屋は問屋なりメーカーなりと取り引きするだろう?」
「個人でそんなに買うって……」
「多分だけど、保育園みたいな、子供を大勢預かるところじゃないかな、と思う」
そういう所こそ、付き合いのある業者がいそうだけどね、と倉田は付け加えた。どうせ購入者の詳細は一切表示されないので、なんとでも言える、と。それにサイトで見る限り、販売価格は普通の量販店と比べて極端に安いと言うことも無いから、転売目的で買うとしても割に合わない。第一、この日本では……オ○ロやトランプを数十個買ったり所持したりといったことは違法では無いから気にするだけ無駄だ。
それから数日。肉体労働というキツさはあるが、懸念していたようなブラック感がなく、体も慣れてきてこれならやって行けそうだなと思い始め、何となく慣れてきた頃に、「それじゃそろそろ一階に行こうか」となった。重い物が多いので、仕事に慣れてこないと一階での作業は難しいんだとか。
「って、あっちの方に車とか重機も見えるんですけど」
「ん?ああ、あるね。俺は免許がないから、パスしてるけど」
「あれ、売れるんですか?」
「結構売れるみたいだよ?」
「へえ」
車はともかく、重機まで通販出来るのかよ。
「高田くん、免許は?」
「持ってません」
「そっか。一応、会社として免許取得の補助もあるから、興味があったら取ってみたら?そうしたらアレの発送も受けられるよ?」
「考えておきます」
「はは……それじゃ早速仕事にかかろう……うわ、十キロの米を五袋か」
「頑張ってください……げ、二リットルの水六本入りを三箱」
「……頑張ろうな」
「はい」
なかなかの重量物だが、どうにか台車に乗せて発送棚の所へ向かうと、既に倉田さんが米を運び終えていた。さすがベテランと言うことか。
「お、来たか」
「はい……重かったです」
「だろうなぁ。っと、こっち。ここに置いて」
「え?」
倉田さんの示したところには既にいくつかの箱が置かれていた。どうやらこの棚は二階から降りてきて、ここで重量物と合流する予定だったらしい。
「えーと……」
「手順は変わらないよ。スマホ、見て」
「え?あ、そうか……あ、これだ。四百二十三番って」
「そう言うこと。やり方は二階と同じ。んで、二階で集めた物と一緒に一階から発送するんだ」
「なるほど」
重量物を上げる手間、エレベーターで降ろすときの機器にかかる負担やら電気代、そう言ったことも考えて重量物は一階にあるらしいが、下っ端従業員にはどうでもいいことか。
よいこらせ、と口にしながら水を置いて、スマホをタッチするとピロリンと確認音。
「お、こいつはこれで全部だな」
「結構買うんですね。重いから運送業者の人も大変そうだ」
「え?」
「え?大変ですよね?こんなにたくさん」
「あ、そうか」
しまった、という顔をする倉田さん。
「説明してなかったね」
「え?」
「ちょうどいいや。これ、この棚を追いかけようか」
「追いかける?」
何を言っているのかと思ったら、荷物を載せた棚がレールに沿って動き出した。
「初めて見るとびっくりするけど、まあ、そう言う物だと思ってくれればいいから」
「はあ……」
ガラガラと移動していく棚を追っていくと、倉庫の隅に到着した。そして、
「ここからの作業は、最低でも五年以上働いていて会社が認めないと担当出来ない作業なんだ」
「はあ」
頑丈そうな柵の向こう側にいる作業員が俺が乗せた荷物をよくわからない模様の描かれた中央に乗せた。
「何だありゃ?」
「ははっ、見てればわかる……というかわからないかもね」
「はあ……」
見ている目の前で作業員たちがあちこち指差し確認を始めた。特殊な技能が必要な作業なんだろうか?ホント、何だろう?
「では、転送開始」
「転送します」
一人が、ガチャンと大きなボタンを押すと、床の模様がぱっと光り……荷物が消えた。
「は?」
「これで配達完了。なかなかすごいだろ?」
「な……ななななな……何なんですかアレは?!」
「何って……転送」
「転送って……どこに?」
あんなトンデモ技術があるなんて聞いたことが無い。
「どこって……イセカイって聞いたけど、知ってる?」
「は?」
俺、異世界通販の会社に就職したっぽい。
異世界に行って通販をご利用の皆様、どうぞ御贔屓に。
英崎→EISAKI→ISEKAI……




