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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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アンリ、初仕事

「は、はいっ!」


 なんて最新式の設備なんだと、返事をしながらアンリは驚いた。なにしろ「空気」というものが酸素、窒素、二酸化炭素などの混合体で出来ている──そして「火」は酸素がなければ燃え上がらない。という発見がされたのが、ほんの三十年くらい前のことなのである。


「それじゃあ、まずガスコンロに着火する方法を教える。」


 指さされて、アンリより歳ひとつかふたつ上だろうという少年志願兵が四人、厨房の入り口で待っていた体格の良い料理人に預けられる。


「まず、元栓を開く。それからこっちのコンロのコックを動かす。そして素早くマッチで火をつける!」


 確かに見ていれば簡単な作業だ。マッチさえ器用に擦れれば問題ないふうに見える。


「マッチの火は消して、この水入りの缶に捨てること! 要注意だ!」


 そういわれて、二十人が交代でガスコンロの使い方を体験した。


「他にもオーブンや釜があるがな、どうせおまえらは一晩限りの乗組員だ。とりあえず、これだけは覚えておけばいい」


 さぁ、次は飲料水のビン詰め作業だ──と、初老の男は進む向きを変えた。厨房には入らず脇道に逸れ、さらに奥へと進んでゆく。まるでアリの巣の中にいるような気分だ。

 着いた先では、ガチャガチャとガラス瓶が触れ合う音がしていた。床には巨大な金属製のタンクが四つ置かれており、それぞれに青や緑、白、茶色のラインが引かれている。


「いいか、小僧ども。ここは飲料水を瓶詰する加工場だ。いくらタンクの中に海水を真水にしてくれるウンディーネを閉じ込めてあるからと言っても、真水のままじゃ長い航海の間に腐っちまう。だから炭酸ガスを入れて、腐りにくい発泡水にするんだ。それに発泡水の方が食欲を刺激するからな」


 アンリより五歳くらい年上だろうか。少年兵ではなく、大人の兵士のセーラー服を着た青年が瓶詰作業をしている作業台が六ケ所ほどある。スウィング・ストッパー式の瓶にまずは真水を、次に炭酸を入れてタイミング良く蓋を金具で止めたら、十二本──ダース単位の木箱にそれを入れていく。


「透明なビンは真水。青色は発泡水。茶色のビンはビール。緑色のはお偉いさん向けの特別製の炭酸入りレモネードだ。この艦では壊血病予防のために、一日四分の一のレモンを発泡水と一緒に乗員に配る。第四層の地獄の釜焚きの連中には一交代に付き一本ビールが付く。覚えておけ」


 地獄の釜焚きってなんだろう──と、アンリは疑問に思ったが。この戦艦を動かしている基礎、三連結ボイラーへの石炭投入係のことだと、はっと気が付いた。

 昨日の夜からジョゼットは一足先にこの『サラマンデル号』に石炭投入係として乗り込んでいる。もしかしたら最下層の第四層に行けば、ジョゼットが石炭をくべている所に出くわすかもしれない。そもそもビールは『液体のパン』と言われるほどの栄養食でもあるので、それが一交代一本ずつ付けられるだなんてどんなに過酷な仕事場なのだろうと、アンリは先輩騎士のことが少し心配になった。


「おら、小僧ども。一回、瓶詰してみろ」


 なんの説明も手順も言わぬまま、初老の男が正式な水夫である青年を横に除けた。作業台の前にアンリを立たせると、発泡酒用の青い瓶を置く。


「先に真水を七分目まで入れて、それから炭酸を注入するんだ」


 一応、分量の説明はあったが──結局、真水の中に炭酸をうまく封じ込められなくて、「ブシュウゥゥゥ……!」と炭酸の泡を眼鏡ごと顔にかぶってしまうアンリだった。


「ダメだ、ダメだ。おい、次はそこの赤毛のノッポ、やってみろ」


 とは言われたが、これまた炭酸水が派手に噴き出して、顔面をしとどに濡らしてしまう。


「……まぁ、最初から上手くできるはずはないと思っていたが。どうせおまえらがこの艦に居るのは、ポルトリガトに到着するまでだ。各部署から注文された品物を台車に乗せて、艦内図を見ながら二人一組で配達しろや」 


「は、はい……」


 しかし、これは艦内中の様子を探れる絶好の機会ではないかと、アンリは落ち込みそうだった心を切り替えた。


「僕、アンリです、よろしく」


「俺はトマだ、こっちもよろしく」


 などと二人一組にされた赤毛のノッポの少年が名乗って、お互いが握手すると、どこからか「ガコン!」と金属音が響いてくる。

 作業台ではなく、書類机でなにやら書き物仕事をしていた青年が、まるで大型ポンプのような仰々しい機械から金属製のカプセルを取り出す。実はこれ、艦内中に張り巡らされた気圧送管郵便の機械である。空気の気圧差で金属製のカプセルを飛ばし、相手先に届ける仕組みになっている。  

カプセルの中にの注文書には、厨房班への注文が書き綴ってあった。


「今日は忙しいぞ。小僧ども、ビール二ダースと発泡水ニダース、それからボイラー焚きの人夫用の食事二十四人分人分持って、第四層の『C-2』へ大至急届けろ。台車は一番でかい二段式のを使えよ」


 書類にかりかりとサインして、書類机の青年が注文票をアンリへ差し出す。


「厨房の弁当配達の窓口にこの注文票を出せ。そうすれば二十四人分弁当がもらえるから、台車に積み込め」


「はいっ!」


 アンリは緊張した声で答えると、ちょうど台車を持ってくれたトマと、ビールと発泡水を慣れない手つきで二ケースずつ積み込む。そして厨房へと台車を押していくと、言われたように「弁当配達」と書かれた札の下げられたカウンターがあった。


「これ、お願いしますっ!」


 まるで衝立のように高いカウンターの中へと、アンリは注文票を差し出す。


「ほいよ、第四層用の人夫用弁当二十四人前!」


 景気の良い返事がかえってくる。そして弁当箱というよりも、小さな蓋付きバケツのようなブリキの容器が、どかんどかんとカウンターの上に並べられ始めた。


「熱いからな。鍋掴み使えよっ!」


「は、はぁいっ!」


 アンリの方も勢い良く答えながら、熱々の料理が入った小型バケツみたいな弁当箱を、ぎこちなく台車の上の段に積み込む。


「中身はマッシュポテトのブラウンソース掛け。太い腸詰と玉ねぎの煮込み。チーズ付きのパンと酢漬けのキャベツも付け合わせだ。それに地獄のボイラー室詰めのヤツらにゃ、特別に毎食レモンが四分の一かけら付くんだ」


 厨房の窓口係の男は口が軽いらしく、ぺらぺらと料理の内容を口にする。さすがは石炭焚きなどという重労働の人夫に届ける料理だ。たっぷりと入っているなぁ──と、アンリが感心すると。

 つんつんと、トマがアンリのセーラー襟を後ろから引いた。


「お、おい……。あれ見ろよ」


「えっ? なに?」


 トマの指差す黒板には、『特別メニュー六十人前』と書かれている。


『招待客用ディナーメニュー

 チョウザメの冷静燻製、キャビアと半熟卵添えの前菜

 フォアグラとアスパラガスのテリーヌ

 白パン、バター付き

 ロブスターと魚介のスープ 地中海風

 鱸のパイ包み焼き

 鶉の詰め物入りロースト

 処女牛のランプ肉赤ワイン煮込み 黒トリュフのソース掛け

 二色の葡萄のタルト ブランマンジェ、チョコレートケーキ

 飲み物 ゴールデン・シャンパン。赤ワイン、白ワイン、レモネード。コーヒー。紅茶』


 丁寧な活字体で、白墨で書かれているメニューを見てアンリは仰天した。アウステンダムの街に来る途中、都市間急行の食堂車で食べさせてもらったよりもさらに数段格上の料理の名がずらずら並んでいる。


「す、すごいねぇ……」


 あまりの豪華な内容に、呆気に取られて、それしかつぶやけないアンリである。


「ほんと、出世すればあんなごちそうが食べられるんだな……。デザートだけでも三種類もあるぜ」


「僕らの食事は豆と塩漬け肉のごった煮だよ、きっと……」


 などと、二人してひそひそしゃべっていると。


「ほらほら、おまえたち! すぐに出発するんだよっ!」


 そう、窓口の係から仕事を急かされてしまう。もう次の台車が窓口に待っている状態なのだ。


「えーと、『C-2』の昇降機はどっちだ?」


「艦内図だと、こっちみたいだよ」


 眼鏡のつるを上げながら、アンリが艦内図を睨みつけるような顔になる。魔法機関のカラクリで、大荷物を載せてもかなり軽く移動させられる台車だが、艦の揺れがあいまってふらふらと通路を右往左往してしまう。


「あった! あれが『C-2』の昇降機だ!」


 しばらく待っていると、チンッ!──と金属音がして、扉が開いた。

 台車を詰めるとその隙間に、アンリたちと同じように最下層へ降りてゆく人足がどやどやと乗ってくる。きっと交代要員に違いない。


「最下層まで止まらんぞ! 扉を閉めるが、いいかっ?」


 昇降機の扉の開閉係が怒鳴った。そして甲鉄の扉が閉じると、機械音とともに妙にふわふわした感覚がアンリを襲う。


「俺さぁ、この『ショウコウキ』ってヤツ、苦手。降りていく時キンタマが縮み上がる感じしねぇ?」


 赤毛のノッポと呼ばれているトマが、水に漬けられる一歩手前の猫の表情をしながら言う。


「僕はどっちかっていうと、ヘソの下がきゅうってなる感じ」


 とにかくこの新型艦の設備にはまだ二人とも慣れていない。

 扉上の数字を指す矢印が『4』になって、またベルを鳴らすみたいな金属音が響いた

「おい、おまえら。台車を先に出してやれ。早いとこビールと弁当を配らねぇと、釜焚き人足がうるせぇぞ」


 そんなわけで、まわりの筋骨隆々とした水夫たちに先を譲られ、アンリたちは最下層でもある第四層へ降りた。

 いきなりむわっとくる熱気がアンリを包み込む。掛けている眼鏡が魔法仕掛けなので曇ることはないが、これが普通の眼鏡だったら水蒸気で真っ白になっていただろう。


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