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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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出陣決定

 鮮やかすぎる夢の中を歩んできたような、どこか魂が肉体から分離してふわふわ漂っているみたいな気分のまま、アンリは紙袋に入れてもらったお守りや絵はがきを「五人の魔女の館」に持ち帰った。


「ただいま戻りました」


 おかえりなさい──という声が聞こえてこない。ガルド・ルルゥもクリスティーネも居るはずなのにおかしいな、と思いつつアンリが奥の暖炉のある丸テーブルのある部屋へ入ってゆくと──まだ終業時刻前だというのに、マクシミリアンが戻ってきている。

 さらには、いつも真夜中にしか帰宅しないジョゼットの姿までそこにはあって、アンリは驚かざるを得なかった。ジョゼットは背後に白い一角獣を引き連れてきており、その遠慮のない姿にもアンリはどっきりさせられる。


「どうしたんです? 夕食の時間にはまだ早いのに、みんな食堂に集まって……」


 なんとなく嫌な予感を感じながらアンリが問うと、テーブルに何十枚もの書類を広げていたクリスティーネが顔を上げた。その視線が、真っ直ぐアンリを捕らえている。なんとなく嫌な予感がした。


「アンリ、初仕事が決まったぞ」


 抑え気味の声色で、ジョゼットがアンリのことをテーブルにまで呼び寄せる。そこには少年志願兵用の申し込み用紙があった。


「三日後の金曜日──革命歴だと花月・フロレアルの十日に処女航海に出る『サラマンデル号』に乗り込んでもらう。とにかく魔法の一角獣の力が借りたいから、っていう理由なんだが。もう職場は決まっていて、アンリは厨房に配属されることになる」


「ちゅ、厨房ですか?」


 思いっきり苦手な分野だと、アンリは舌を噛んだ。今だってここの配給食堂の仕事は、手足の悪いお年寄りの手伝い程度しかしていない。

やはりジャガイモや玉ねぎの皮むきでもさせられるのだろうか? だがしかし、料理なんて料理人も女中も居た中産階級のお坊ちゃまなアンリはしたことがない。乗馬用の馬房掃除や飼い葉やりでも命令された方が、経験があって楽だ。


「えーとな。厨房に密偵を送り込むのは、大昔からの海軍の遣り口だ。なにせ、上は船長から下は水夫まで、どんな噂話も食堂に集まってくる。そしてその食堂で出される食事を作りながら、重要な情報を選んで外の仲間に報せるのが厨房の密偵の仕事なんだよ」


 アンリの表情が奇妙に固まっていたせいだろう、ジョゼットが詳しく説明してくれた。


「それじゃ僕は、重要と思われる情報を、一体誰に報せればいいんですか?」


 真剣な眼差しで、アンリは先輩の一角獣位の騎士に訴える。


「いや、今回はそんな事を考える暇もないさ。なにせ、俺たちはライデン湾閘門を出た『サラマンデル号』を炎上、沈没させなきゃなんないんだから」


「……炎上、沈没って。そんな……」


「アンリ。おまえの意思にはそぐわないかもしれないが、水没死で何百人もの人間の命を奪うことになる任務だ。それだけは肝に命じてくれ」


 ジョゼットの言葉を聞いて、アンリの喉が苦し気に鳴った。まるでおのれがその水底に沈んでゆく少年兵になったかのように。

 両手が固く拳に握られる。いつの間にかうつむいた顔で、唇を噛んでいた。


「……それが、一角獣の位の騎士の仕事なんですね?」


「ああ。なるべくならしたくはないが、場合によっちゃ人殺しもしなければならない。今回は見習い騎士として、その様子をよく見ていてくれ」


 いろいろな感情が喉のところで引っ掛かっている。アンリはじっとうつむいたまま、ジョゼットと目を合わせられなかった。


「──アンリ」


 短く、メゾ・ソプラノの声が響いた。

 視線を上げると、矢のように真っ直ぐなクリスティーネの眼差しが帰ってくる。


「あなた、本当に敵の戦艦に乗り込むの?」


 できるだけ感情を押し殺した硬い声が、アンリの鼓膜を震わせる。


「うん、だって僕も一角獣を背負った騎士だもの。危険をジョゼさんや提督だけにかぶせるわけにはいかない」


 できるだけ声が震えないように。できるだけ内心の怯えが現れないように──ひどく演技じみた声でアンリは答えた。


「そう。ならば、あなたにお守りを貸してあげるわ。絶対に生きて帰って、このお守りをわたしに返すと約束しなさい」


 言いながら、クリスティーネが円卓の上に濃い紫色をしたベルベット製の小袋を乗せた。それをアンリの方へ押しやる。


「これは?」


「マリエンヌおばあさまが、おのれの帆船を持っていて、海賊たちにも『二丁拳銃のマリー』と呼ばれていた頃、身に着けていたというダイアモンドよ」


「ダ、ダイア……モンドっ?」


 アンリが慌てて小袋の封を開けてみると、そこには二十カラットはあるであろう、まるでバラの蕾のように美しいピンク色のペアシェイプカットのダイアモンドが入っていた。素手で触れて、指紋を付けることもためらうほどの素晴らしい一品だ。

 金額の方ともなれば、一体いくらするのか見当もつかない。


「わたし、自分と同い年の見習い騎士が死ぬのは絶対にゆるせないわ」


 あたふたとしながら、紫色のベルベットの袋の上へ、灰かぶり姫が落としていったガラスの靴のように大切に、なんとかピンク色のダイアモンドを乗せたアンリに、クリスティーネが視線を合わせてくる。

 そして形の良い唇を開く。


「だから必ず生きて帰ってきなさい。そしてわたしにそのダイアモンドを返すのよ」


 こくこく……と、アンリはうなづくと。ふと思い出したように、ズボンのポケットに手を入れた。


「ならば代わりに、これをクリスティーネに預かっていてほしい」


 取り出したのは、祖父の形見のとてつもなく細やかな細工が詰め込まれた懐中時計だ。


「僕、ちゃんとここに戻ってくるから。生きて帰ってくるから──だから、預かっていて」


 そう言って、生まれながらの姫君に、アンリはすがるような眼差しを向けた。



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