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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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オーケストラ練習中


 交響曲を仕上げていく過程のそれは、ロープをなう作業に似ているとヴィクトールは思っている。

 何本もの細いロープをより強く鍛え、絡ませ、船の錨を留め置くほどの太いロープに仕立て上げる作業に似ている。

勢いよくティンパニを叩く音が弾ける。バイオリンをはじめとする弦楽器の奏者は、汗まみれになって(ボゥ)を操っている。弦に塗りこめた松脂が、粉となって散る光景が見えるほどだ。金管楽器を吹く者たちの眼も血走っている。

それらの音を、指揮棒と身振り手振りでひとつひとつ縒り合わせ、ヴィクトールは壮大な楽曲として作り上げてゆく。交響曲「鉄槌」は、今まさに最終楽章のクライマックスを迎えようとしていた。

 指揮棒を振るヴィクトールもまた、全身汗だくだった。この猛々しい曲を楽器を持つ者たちに演奏させるため、派手な身振り手振りで二時間もオーケストラの統率役を務めなければならないのだから。


「大砲っ、今だ!」


 そう言ってヴィクトールが声を上げ、交響楽団の一番隅に待ち構えている二門の祝砲用大砲に向け、合図する。

 儀仗兵の姿をした団員が紐で結ばれた信管を引っこ抜き、ドカン、ドカンという威勢の良い大砲の音がして、この交響曲「鉄槌」が終わりを告げた。練習用ホールに徐々に猛々しい音の残響が消えてゆく。

 後には魂の抜け殻になったような演奏者たちが、ぐったりと椅子にもたれかかっていたり、水を飲み干したりしている。


「何をしている! 観客からの拍手が終わり、幕引きとなるまでは全員姿勢を正したまま、その場で待機だ!」


 それが交響楽団としての、観客に対する礼儀だとヴィクトールは声を荒げた。


「いいか、おまえたち! この楽曲を鑑賞していた相手が総統閣下だとする。その場合、楽曲を終わった時点でそんなだらしない恰好を総統閣下の前で晒すつもりか?」


 まずは演奏に対する拍手の後の感謝の挨拶。ことによってはアンコールに応じて、ごく短いながらもクライマックス部分の演奏をもう一度──と、ヴィクトールはその場に居る楽団員、合唱団員に対して正式な礼儀作法を教え込む。

 オーケストラというのは元々が王侯貴族たちのために楽曲を演奏していた音楽家の集団なのだから、時の権力者に媚びへつらうような真似は嫌でもしなければならない。大金を投じてくれるパトロンがいなければ、もう交響楽団など率いていける時代ではなくなっているのだ。

 ヴィクトールは流れ落ちてくる汗をぬぐうこともせず、楽団員たちが姿勢を正すのを待った。


「起立っ!」


 鋭くヴィクトールの声が飛ぶ。

 二時間もの演奏に疲れ果てている団員たちは、バラバラと椅子から立ち上がった。中には楽器を床に放り出している者もいる。


「誰がそんな気の抜けた挨拶を望むものか! これが総統閣下の御前ならば、おまえたち全員不敬罪で縛り首だぞ! 『起立』は、楽器を構えたまま一斉に! そして『礼』の合図で頭を下げるよう、すべての動きを揃えろ!」


「構え、礼」の恰好ができていない団員たちに対して、ヴィクトールの部下が駆け寄っていき、行儀よく姿勢を正すよう指示する。


「ここでは揃っているのは団員の服装だけだな。まったく、田舎楽師の寄せ集めもいいところだ」


 不機嫌そうにヴィクトールは言って、何度も何度も挨拶の仕方と、アンコールが起こった場合の対処として、最終楽章の祝砲を打つまでのクライマックスを短く演奏しなおした。

 それでもまぁ、一番最初に指揮した時と比べれば、交響曲「鉄槌」はまともな調子になってはきている。二流の駄馬がたまにはまぐれで先頭を走りきる一流半程度には成長した。

 けれど、これをコンサートホールではなく、波とエンジン振動で揺れ、屋根もないから残響も余韻もすぐ散ってしまう戦艦甲板上の空の下で演奏しろというのだ。

 そんなことをすればこの交響曲がバラバラに崩れてしまうことは目に見えている。

 だがしかし、それを成功させろというのが上層部からの命令なのである。期待に応えられなければ、今の自分の地位もどうなることか──とにかく金の掛かる入院患者の母親のことを思うと、無理でもこの演奏を成功させなければならない。


「三十分の休息後、もう一度第一楽章からの通しの練習に入る。さっさと食事を済ませておけ!」


 ヴィクトールがそういうと、雑用係の少年が水の入った瓶とサンドウィッチを包んだものを団員たちに次々と手渡しだした。


「トイレもさっさと済ませておけ。演奏中に大小便の用で席を立つことは許されんからな」


 団員たちを気遣う態度を微塵も見せず、険しい声でヴィクトールは言った。


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