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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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魔獣使いの正体

 いまや「簡易魔震計」は円柱型の石が互いにぶつかり合うほど激しく震え、赤、青、黄色……と、夜闇の中でも目立つ眩い光を放っている。フェルディナンドが紹介した「三つ尾のマンティコア」の魔力がどれほどのものか、その魔震石の輝きが示していた。


「さぁ、マンティコア。目を覚ませ。ちょうどいい訓練だ、その五人を始末してごらん」


 全員殺すことができたらご褒美を上げよう──と、銀髪に黒い異国風のマントの魔法使いが、自信たっぷりに言う。

 貨車から、まるでいま眼を覚ました鈍い獣のようにそろりと出てきたマンティコアは、上半身は確かに雄ライオンだった。だが下半身は、光沢のあるサソリみたいな昆虫を思わせる胴体から、節のある足が八本生えている。その上、モーニングスター状の刺だらけの毒針を支えている曲がった尾が三本もあった。

 ガサガサガサ……と、サソリの足が濡れた地面をのろまな調子で移動する。どうやら白熱灯の照明が明るすぎるらしく、マンティコアは直接光の中に飛び込んでくるという真似ができないらしい。

 代わりに一番太くて長い真ん中の尾を振ると、刺だらけの先端から勢いよく毒針を飛ばす。空気の裂ける音がした。


「わぁっ!」


 石畳に、ガチャンッと木箱やらなにやらが落ちて壊れた音がする。

 そんな悲鳴が響く中だった。真夜中なのに朧な純白の光を放つ、「白」の一角獣が魔法工作師の目の前に、突然、姿を現したのだ。

 三本の尾から放出された鋭い刺は、カツンッと「白」の一角獣が蹄を石畳に打ち付けた途端に現れた、いくつもの魔法陣によって妨げられ、地面に落ちる。


「助かったぜ、『白』。マンティコアの毒針に縫い付けられるところだった」


 幾何学模様を何重にも描いた魔法陣に守られ、仲間たちが無事なのを見て、ジョゼットが返す。それを聞き、この程度お安い御用だとばかりに「白」の一角獣は何度も蹄を鳴らし、次々と防御用の魔法陣を出現させる。


「おまえら、撤退しろ! ここは俺が引き受けるっ!」


 マンティコアの毒針に、サバイバル・ナイフごときが太刀打ちできるとは全員が思っていない。一角獣の「白」に気を取られ動けないマンティコアとその飼い主に背を向け、仲間たちが一目散に駆け足で正門から逃げ出してゆく。

 その姿を横目に、ジョゼットは右手を振って「ルシフェルッ!」と、魔法の剣を呼び出した。

貨車から放たれたマンティコアはどうにも強い照明が気になっているのか動きが鈍く、本格的な戦闘態勢に入っているとは思えない。


「ほぅ。白い一角獣を連れているとは、おまえは洗濯屋の小倅だね。確かに噂に聞くように仲間想いの愚か者だ」


 長い銀髪を夜風になぶらせた黒いコート姿の男は、小さく笑ったふうに言い放つ。


「さぁ、寝ボケている頭をはっきりさせろ、『三つ尾のマンティコア』。おまえの牙や爪、毒針の威力をそこの男に見せつけてやるがいい」


 ばさぁっ──と、銀髪の男は大きく左手を振った。それが合図だったように『三つ尾のマンティコア』はいきなり跳ね上がり、ジョゼットの目前まで詰め寄ってきた。いまやジョゼットには、マンティコアの獅子頭の生臭い鼻息さえ感じられる。

 明け方の空の金星のごとく輝く、一振りの長剣が右手に握りしめられた。ジョゼットが白い一角獣からパートナーとなった証として与えられた様々な呼び名で形を変える、自由自在の聖なる剣である。

 魔法使いが作り出した合成獣には、普通のサーベルやナイフでは効果が無いだろうと、魔法使いそのものをも切り刻む力を持つ剣を呼び出したのだ。


「なるほど、それが噂の一角獣から与えられた剣か。どれほどの威力があるのか、まずは見物させてもらおうか」


 クスリと笑いながら、黒衣の魔法使いが言う。『三つ尾のマンティコア』は目と鼻の先のジョゼットの首を噛み切ろうと、獅子の頭の大口を開け、鋭い牙を剥き出し、目標に向かって飛び跳ねた。


「おっと……っ!」


 しかし素早さではジョゼットの方が何枚も上手だ。すいっと上半身をのけぞらしながら、右手に持った長剣を逆手に握る。


「アウローラ!」


 ジョゼットの怒気を孕んだ声に、一角獣から与えられた聖剣が応えた。何もなかった空中から生きているように揺らめく刃先が現れる。その柄を握った途端、聖剣は北極圏の夜空を彩る光──オーロラのように帯状に幅を広げた。しかも風になびく旗のごとく、夜闇の中で輝きながら幅広の刀身をうねらせている。

 一角獣から与えられた霊力で刀身はまるで銀色のオーロラのように変化した。その伸縮自在の聖剣を、ジョゼットは迷うことなくマンティコアの獅子面に突き立てる。


『ヴォウオオオ……ッ!』


 悲鳴とも雄叫びともつかぬ声が、暗い闇の中に響く。そのバケモノの顔面から一度引き抜いた魔法の長剣を両手で握り直し、ジョゼットはマンティコアの獅子頭を、一撃で胴体から斬り落とした。

 あまりにも鮮やかな切れ味だったので、まだ神経が生きていて死に切れぬサソリの下半身が痙攣するように石畳の上で跳ねている。だが、相手も魔法使いに育てられた魔獣なだけはある。切り落とされても獅子の頭は跳ね上がり、体液を散らしながらジョゼットをしつこく狙ってくる。


「『白』! 頭は頼むっ!」


 命じられるままに、夜目にも白く輝く一角獣が飛び跳ねると清掃員姿の相方の防御に徹する。カツンカツンと打ち鳴らした蹄からは、幾何学模様の魔法陣が生まれ、それにひるんだ切り落とされたマンティコアの頭の、大きく咆哮する口の中へ『白』の一角獣は容赦なく一本角を突き入れた。

 くぐもった断末魔の声が聞こえる。

 ジョゼットはジョゼットで、まだ動きを止めないサソリモドキの下半身の解体をはじめる。幅広いオーロラのような剣は、三本もある湾曲した尾を断ち、蠢く節足類の脚を力任せに切り落としていく。


「おやこれは……。伝説の一角獣から与えられた魔法の剣が相手では、飼育箱から取り出したばかりの、戦闘経験のない『合成獣』では歯が立たなかったようだね」


 せっかくここまで育て上げたのに──と残念そうに言いながら、黒衣の魔法使いもコートを翻し、腰溜めから銀色の刀身を持つサーベルを取り出す。それは柄にこまやかな彫刻や宝石が飾られた儀礼用の飾り物といってもいい剣だったが、二人は、白熱灯の眩い光の中で切り結んだ。


「なるほど。あの悪ガキがよくぞここまで成長したものだ」


 その瞬間、黒衣の魔法使いの整った顔が、白熱灯のサーチライトに照らし出され、はっきりとジョゼットの目に映る。

 おのれが愛する歌姫・ルシアと同じ銀色の髪の毛に同じ氷青色の瞳。整いすぎた目鼻立ちの、まるで冬の化身のような姿──。

 途端に、ジョゼットの脳裏にとある少年の姿が甦る。


「……まさか、おまえ。フェディス?」


 愕然と大きく眼を見開きながら、ジョゼットはその名前をつぶやいた。

 もう十年以上会っていない相手だ。向こうも声変わりはしたし、身長も伸びたし、着る服も変わった。

 それでもなお修道院の慈善事業で配られた、丈の合わないつぎはぎだらけの古着を着ていても、その人形のように整った容姿は嫌でも目立った「あいつ」に違いないと、記憶の底から叫ぶものがある。

 こいつは──この魔法使いは。酒浸りでなにかというとすぐに暴力を振るう父親の元から、優れた歌唱力のあるルシアが引き離され、国王クラースの推薦で音楽院にの試験に合格したのと同じ頃。

貧しい暮らしと呑んだくれの父親を嫌って旧市街の貧民窟から姿を消した、ルシアの三歳年上の兄・フェディス──フェルディナンドに違いない。


「おまえ、フェディスだろっ! ルシアの兄貴の!」


 その気になればいつでも命を狙える至近距離だが、銀髪の魔法使いはまるきり剣技を知らぬようで、でたらめに切り付けてくる。その剣を受け流し、防戦一方の状態でジョゼットは怒鳴った。


「おや、わたしの『へその緒の名前』を憶えていてくれるとは、うれしいね。さすがは我が妹の乳兄弟だ」


 白熱灯の光の中で、同性ですら見とれる美貌の魔法使いがにまりと笑う。


「おまえ、祖国を裏切るのかっ? ルブランスの占領軍で、なにやってるんだよっ!」


「生まれた国など関係ない。わたしはわたしを重く用いてくれる所で働く。今のところルブランス側は、わたしの能力をとても高く評価してくれてね。『正真正銘の魔法使い』として、このような実験場まで与えてくれた」


 冷淡な声で、「フェディス」と呼ばれた黒衣の魔法使いは、背後の動物園を手のひらで指し示しながら答える。


「それにわたしの師は、あの狂った独裁者から『アカデミオン』に属する魔法使いの中でもとても重要な位を与えられている。まるで宝物扱いだ」


 と、現状を自慢するような涼し気な声が響く。


「その一番弟子ということであれば、わたしがどれほど叡智の殿堂『アカデミオン』の『満月』の地位に近い魔法使いか、君の頭でも理解できるだろう?」


 そう魔法使いが言った途端だ。乱暴に打ち付けられていた儀礼用の細い銀の剣が真ん中からパキリと折れた。切っ先がくるくると宙を飛んでいき、柄だけが魔法使いの手元に残される。


「ゆっくりとした話は、おまえを捕らえてから聞かせてもらおうかっ!」


 チャンスが巡ってきたとばかりに、ジョゼットが聖剣を手に、深く斬り込んだ。咄嗟に魔法使いは手にしていた折れた剣をジョゼットに向かって投げつける。

 ジョゼットがそれを避ける数瞬の間に、魔法使いは黒衣の下から新たな武器を取り出していた。

 細い縄のような影が耳を千切るほどに近距離をすり抜け、ヒュッ! と、空気を切り裂く鋭い音がはっきり聞こえた。

 ジョゼットは、相手が長鞭を使ったのだと思った。が、しかし影の先端はいきなり花開くがごとく五方向へ分かれ、それぞれが自分の意思を持つように、くねりと長い身で空中を揺らめきだす。まるで蛇体だ。


「なんだぁ? こいつも『合成獣』かぁ?」


 正直、厄介な相手に当たってしまったことを感じながら、ジョゼットが慎重に息を漏らす。


「そうとも、わたしが創った『五つ頭のヒュドラの鞭』だ。どの頭も猛毒を持っているから気をつけることだな」


 シャアッ──と威嚇音を発しながら、魔法使いの手で合成されたヒュドラが本物の鞭のように胴体を伸ばし、ジョゼットの四肢に強引にからみつく。その万力で締め付けられたみたいな衝撃で、ジョゼットは握っていた聖剣を落としてしまった。

 ヒュドラの五つ目の頭はチロチロと二つに分かれた舌を出して、ジョゼットの顔の真正面で、いつでも攻撃できるよう構えている。

 その頭には小さな角が生え、確かに竜族に見える。その上伝説で聞いたヒュドラの毒は、皮膚に付着しただけでその相手を死にやるという猛毒だ。この人工ヒュドラの場合はどうなのだろうと、そんな事を切羽詰まりながらジョゼットが考えていると──。

 小型ヒュドラたちは只の鞭ではない。「シャアッ!」と息を吐きながら、ジョゼットの手首、足首に毒牙を突き立ててきた。


「さぁ、どうだ。小型だがヒュドラは猛毒の持ち主だぞ。それに噛まれて無事でいられるかな」


 くつくつ……と、黒衣の魔法使いが美貌を飾るような笑い声を上げる。

 それを見て、『白』の一角獣が動いた。


『一刻の猶予もない、失礼仕る』


 そう一角獣の『白』が言うと、長い螺旋状の一本角を器用に扱い、ジョゼットが地面に落としたサーベルを見事拾い上げる。そしてジョゼットの右手を縛めているヒュドラの細く長い胴へと、自分の一本角を支点にくるりと回転させながら斬り付けた。

 こまかなウロコが規則正しく続く蛇体に、赤い血が勢いよく噴き出す。遠心力を計算しつしていたかのごとく、ヒュドラの胴体がスパリと断たれた。切り落とされた頭が地面の上でびちびちと跳ね回る。


『我が相方よ、剣を受け取れ!』


 ジョゼットの右腕が自由になったのを見て、『白』の一角獣は軽く首を振り、光り輝く聖剣の柄をそちらに向けて放る。万に一つの間違いも無いというふうに、ジョゼットは相方の一角獣から己の剣を受け取った。


「世話掛けたな、恩に着るぜ」


 毒蛇の王に噛まれたというのに、まるきりその後遺症もないふうにジョゼットが手足を動かす。

 ひとつ分、頭が切り落とされたせいか、暴れまくってやたらと動きがあやかしじみている、宙をうねくるヒュドラの胴体だ。それを右へ左へと身体を翻しながら避け、ジョゼットが今度は迷いなく残った頭をひとつずつ斬り落としていく。


「馬鹿な、ヒュドラの猛毒を流し込まれて、なぜにそんな動きができる!」


 悲鳴じみた声を上げる黒衣の魔法使いに対して、ジョゼットはにぃっと笑って見せた。


「そりゃ、魔法の一角獣なんてとんでもない聖獣を背負っているおかげでね。いろいろと無茶ができるのさ」


 自信に満ちたジョゼットの口調だった。


「……そうか、一角獣! おまえ、一角獣の角の粉末を飲んでいるな!」


 古来からの伝承を思い出したフェルディナンドが叫ぶ。一角獣の角の粉末はありとあらゆる毒に対して、万能の解毒剤の役割を果たすのだ。


「あらゆる毒が効かなければ仕方がない。ここは、戦略的撤退というのをしてみようか」


 美貌の魔法使いは独りつぶやいて、東洋風の外套のポケットから小さな水晶玉を取り出すと、それを思い切り天高く投げた。

まるで両開きの扉をいきなり蹴っ飛ばしたかのごとく、「空」が開いた。西の港まわりの工場から流れてくる煤煙のせいで、暗闇というよりは濃い灰色に染められている夜空が、四角く切り取られた。

その向こうには星々が光るきれいな夜空がある。

風がごうっと鳴って動物園の中にある小屋が身を震わせる。見えない力によって持ち上げられた、フェルディナンドの実験室で育てられている魔物や、個人的なペットなど、さまざまな動物の咆哮がきこえる。

 いくつもの小屋が宙に浮き、ゆっくりと大きな螺旋を描いて、アウステンダムではない、星の見える別の場所へと運ばれていく。

 跡には小屋が建っていた更地と、野良積みされた動物たちの糞が残る。

 錆びた金具がきしむ音がすると、バタンと夜空が閉じた。

 しばらく茫然としていたジョゼットだったが、ヒュドラに噛まれた傷口から血が滴ってくるのを感じて、慌ててハンカチを破って止血する。傷は深くない、これなら大型犬に噛まれるほうがよほど重傷だ。

 そして運河へと走って戻ると、もやい綱を手早くほどいて、ジョゼットは二本のオールを器用に操り、運河へとボートを出した。

 幸い、水面へと魔法使いに作られた化け物が出てくる気配はない。


「『白』っ! ヤツの手下は追ってきていないか?」


『大丈夫なようだ。あの魔法使いの手下の魔獣は、すべてどこか他の地へと連れていかれたようだ』


 ボートの舳先に、器用に白い一角獣が四つ脚を揃えて乗り、敵方の情報を語る。


「……そうか」


 やっと一安心しながら、ジョゼットが嫌な汗をぬぐう。止血していても、じわり、と血の染みが作業員の服に広がる。


(こいつは買い取りさせられるな……)


 自分の役目から目を逸らさぬように──。

 ルシアの兄・フェルディナンドが、敵国・ルブランス側へ付いたことを思い、胃の中が苦いもので一杯になってゆくのを感じた。

 このことは自分の胸に秘めておきたいくらいの大事だが、相手が「魔獣使い」フェルディナンド・ハーフナーとなれば、上層部へ報告しないわけにはいかないだろうと考えるジョゼットだった。



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