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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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真夜中の動物園

 しばらくして、ジョゼットが小用を足すように便所の中へと入っていく。一応、便器に向かって膀胱を空にすると、ジョゼットは掃除用物置にしか見えない、便所の奥の扉に真鍮製の鍵を差し込んだ。

 そして鍵を右に二回、左に一回まわし、魔法仕掛けの闇の通路を一足飛びに飛び越え、「陸亀の甲羅」の暗号で呼ばれる質屋に入る。

 ここは本来の地図上ならアウステンダムの東港に近い外国人街の真っ只中で、公営カジノやドックレースの店が軒を連ねる、そのすぐ目と鼻の先に位置する。

 強力な魔法の力で地面の距離を捻じ曲げ、西港側の運河沿いの飲み屋の便所と、この店の物置の扉は直結しているのだった。

 いつ来ても、ハンガーに吊るされた古着でいっぱいの店内を眺めまわし、ジョゼットは表の方のカウンターに声を掛けた。ここにはアウステンダムに潜伏する間中、しばしば変装用の服を手に入れるため世話になっている。


「よう、ボカードじいさん。夜間用の都市清掃係員の制服を頼む」


 二十四時間いつでもカジノですってんてんになった客からの質草を預かる仕事のため、こんな夜中でも店を開いている年寄りの店主は、フクロウのように音もなく首を回し眼鏡のツルを上げた。


「『船長』かい。夜間用都市清掃員の制服ねぇ──おまえさんだと、大きいサイズの方だな。ゴム長靴も用意した方がいいかい?」


「ああ。あと、俺の後に四人来るから、そいつらの分も用意をよろしく」


 答えながらジョゼットは、待つ間、質流れの品となりショーケースに仰々しく並べられている腕時計や指輪などの高価な商品を、ものうらやましげに眺めている船員のふりをしていた。

 年の割にはテキパキとした動きで、店内のどこの棚になにが置いてあるのか熟知している老人は、ジョゼットが注文した物を素早く手渡す。

 ウナギの寝床状の奥深い店内で、ついでに雑多な商品を盾にしながら、ジョゼットはなんとも清掃員にぴったりなドブネズミ色の帽子と、こっちもドブネズミ色な上下ともポケットの多い清掃員の制服、そして黒いゴム長靴という姿に着替える。

 清掃員は、ゴム長靴の中にズボンの裾を入れなければならない規則らしいので、全体的に服がぴっちり体形に張り付いている感じだ。


「制服とゴム長靴とで、二十五ルランにしておいてやるよ。都市清掃の役目というんなら、柄の長い箒もついでに持っていくかい」


「いいや、箒はいらない。どこか他で調達する」


 と言いながら、ジョゼットがショーケースの上に十ルラン札を二枚と五ルラン札を一枚、差し出す。老店主も質札を、ショーケースの上を滑らすみたいに放ってくる。


「三日以内にアンタがそれを返しにきたら、こっちも二十ルラン返すよ。一応売り物なんだからな、ひどく汚してくれるなよ」


 どこか破ってきたらアンタの買い取りだぞ──と、老店主は脅すように言った。


「俺だって、できればこれをきれいなまま返却したいよ」


 唇の先をちょっと尖らせ、ジョゼットは老店主に雑嚢を借り、自分の着てきた服はそちらに押し込んだ。


「それじゃ、まだ後がつかえているから。これで失礼するな」


 清掃員のドブネズミ色の上下作業服に着替えたジョゼットは、軽く目礼して、物置の扉を開けた。そして魔法の力で固定された「通路」を通って、元の飲み屋の便所に戻る。

 便所から出ると、こんな遅くのせいか、都合よく飲み屋にはジョゼットの仲間たちしかいなかった。清掃員の服に着替えてきたジョゼットが、真鍮製の鍵をビールを飲み干した仲間のひとりに手渡す。

「行ってこい」と、目でうなずきながら。

 交代しながら仲間たちが全員着替えるのに、一時間近く掛かった。その間に、白い一角獣と跳ね上がったイルカの看板の店には、市街地側の入り口から何人か客が入ってきたが。みんなカウンターでジョッキ一杯分のビールを飲んで、ライ麦パンのサンドウィッチを包んでもらうと、長居は無用という風にさっさと帰っていく。

 おかげでジョゼットたち五人が次々に清掃作業員の服に着替えていることは、店主しか知らない。


「ありがとよ。これ、代金だ。取っておいてくれ」


 全員が無事着替え終わり、魔法の通路を開けるための鍵を返しながら、ジョゼットは店主に十ルラン札五枚を握らせた。鍵の管理責任者用として、かなり奮発した金額である。

 五人の中で、木箱を胸から下げている魔術工作師以外は、腰に肉切り包丁に似た形だが、ギザギザのノコギリのような形が背の側に刻まれた大型の海軍用ナイフを下げていた。いざというときにはその背の側のギザギザでジュート麻のロープすら切断できる優れ物だ。帆船乗りの技術を仕込まれた者にとってのサバイバル・ナイフである。

 出てゆく時もまた、運河側の出入り口の方をジョゼットたちは利用した。

 それぞれの服を詰め込んだ雑嚢を先にボートの底に放り込み、そこに乗り込むと、またもや竿で船着き場を運河へと押して出る。ここから、新市街地の中心部にある旧・王立動植物園近くの船着き場まで行かなければならない。


「『船長』、次の二股に分かれている所、左側に入ってください」


 新市街地の、網の目のような運河の水路を隅々まで知っているアウステンダム在住の同志が、ジョゼットに舵を切る方向を教える。

 するとしばらくして、街路樹として植えられたリンデン樹の花が盛りを過ぎて、夜風の中にはらはらと落ちている公園地帯の一角にボートはやってきた。手近な係留所を探し、係留許可プレートをボートのもやい綱に括り付けると、ジョゼットは仲間たちと公園の裏口の方へ向かう。

 途中、公園と外部を隔てるように建っている鍵も掛かっていない小屋から、清掃用手押し車と箒を拝借した。これで五人は、どこからどう見ても「雨に打たれて落ちた、リンデン樹の花を掃除している清掃員」にしか見えない。

 実際、この「世界一美しい街」と称えられたアウステンダム新市街地を、ゴミ一つもなく清潔に保っておくのは、メルヴェイユ護国卿の自己満足の一環である。真夜中に雨で濡れそぼち朽ちた花をせっせと掃除する一団が居ても、巡回公安の者ですら不審に思わないくらいだ。


「──さて、公園の外回りの掃除はこれくらいでいいかな。魔術工作師くん、ここの公園のどのあたりで、その試作品が反応したんだ?」


「こっちです。柵の中の、動物園側の方です」


 木箱を太いベルトで肩から下げた青年を先頭に、手押しの清掃車を移動させるようにして、地下活動家たちが動いた。通常、夜間は閉じられている動物園への出入り口の門を、曲げた針金やピンを使って仲間の一人がこじ開ける。

 清掃車は門の前に置いて、三年前までは市民の憩う動物園だった場所へ五人は足を踏み入れた。

 雨が降った後だからだろうか──獣の糞尿、それに腐臭らしき臭気までもが強く漂ってくる。

 木箱の蓋をひっくり返し、「魔震石」を並べた魔法陣の側を表にした魔法工作師は、すでに円柱形の「魔震石」が強い光を灯しているのを仲間たちに見せつけた。


「ほ、ほら……。この赤いのは火属性の魔物に反応している兆しです。でもって、こっちの青色のやつが──」


 魔術工作師が説明しきれないうちに、円柱形の五本の「魔震石」は、箱そのものをガタガタいわすような勢いで振動し始めた。魔法工作師が指さす闇の中──すぐ近くに「魔物」が居る証拠だといわんばかりに。

「簡易魔震計」が震えだしたのとほとんど同時に、動物園の方からキーキー、ガオォウウォーと何種類もの動物が鳴き騒ぐ声が上がった。こんな真夜中に人間が近づいてきたのを、向こうも察知したのだろう。


「ここ、ガキの頃にはよく来たもんだぜ」


「確か。動物園側の柵は二重になってたんじゃ……」


 などと、清掃員姿の男たちが話し合っていた時だった。突然、サーチライトのような強烈な光が侵入者の姿を照らし出す。こんな場所には設置されているはずがない、大光量の白熱灯が縦に三列、横に六個の計十八個が燦然と輝く。

 その光の中に、長身痩躯、銀色に光る髪の毛を腰あたりまで伸ばした、黒衣の男がひとり立っていた。


「ようこそ、わたしの実験室へ。もっとも、招待状を差し上げた記憶はないがね」


 キザな口調で、ルブランスの上流階級の若者に流行っている東洋風の外套をなびかせ、男は照明の中でナイフを刃向けた侵入者たちの方を見ている。

 白熱灯を背にしているので顔の表情は見えないが、その口調からして、こんな危険な場所へノコノコ入り込んできた者たちを嘲笑っているのだろう。


「さーて、なにがお望みかな? こんな夜遅くに正門をこじ開けて入ってきたなら、それ相応の珍しい実験動物をご覧にいれて差し上げよう」


 相変わらずキザったらしい話し言葉で、バサリと大袈裟にマントを翻すと男は、二重柵の中の方から垂らされた鎖をジャラジャラと手繰った。


「それではレジスタンス諸君にご覧いただこう。フェルディナンド・ハーフナー工房制作『三つ尾のマンティコア』だ」


 鎖が耳障りな音を立て、鉄格子が上がっていくのが強烈な光の中で見える。そしてその向こうの貨車のような箱の中に、雄ライオンの頭を持った奇妙な動物が入れられているのを、動物園に侵入した五人は見た。


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