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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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作戦開始

 夜勤と深夜勤の労働者が入れ替わる合図のサイレンが、真夜中の西港の隅々まで響いていた。

 ぼそぼそと降る雨はなんとか止み、湿った地面が大勢の労働者の靴跡で乱されている。

 ジョゼットが潜伏する労務者用宿泊施設も、配給された弁当を持って帰ってくる泥靴の者と、これから自分の職場へ向かう者たちの足音が入り交じり、ドヤドヤと賑やかしい。

 ちなみにジョゼットはまだ眠りに付くことなく、新型戦艦建造現場へ潜入している仲間たちと、「サラマンデル号」就航式のスケジュールがどうなっているのか表にまとめていた。

 労働者交代のサイレンが鳴り終わった時、ジョゼットが借りている部屋の扉を、潜入工作員独特のノックで叩く者が居た。


「開いてるよ」


 顔も上げずにジョゼットが答えると。

 扉が開いて、工兵隊所属の作業着を纏った二十歳ばかりの青年が、胸前に棒付きキャンディーでも刺して売り歩くみたいな木箱を、幅広の丈夫そうな平紐で首から吊るして、ジョゼットの部屋に恐縮した顔で入ってくる。


「あの『船長』……。この前壊れた魔震計の代わりに、新しく作ったヤツ──っても、まだ試作品なんですが。こいつのことで話があるんですけど……」


 ジョゼットのことを『船長』と暗号名で呼ぶのが、いかにも地下活動家らしい。入ってきた青年はどうやら「魔術師」の中でも魔法工作師のようで、木箱の上の蓋をひっくり返すと、自分で作った装置が部屋の中の者たちに見えるようにした。

『まだ試作段階』といっただけはある。それは魔法陣が描かれた木の板に穴を開け、試験管に似た形の、長さや太さの違う円柱形の透明な石をはめ込んだだけの簡素な装置だった。


「えっと、この石は『魔震石』っていう、魔力に強く反応する合成石です。それでオレ、この装置がちゃんと動くかどうか、ひとけの無い王立動植物園の近くで実験してたんですけど……」


 占領軍に接収された元・王立動植物園で、魔法使いが魔獣を飼育しているという噂は、地元住民の間でも有名な話だ。実際、奇妙な動物が檻に入れられ出荷されていったり、餌となる豚や鶏が毎日納入されたりしているのを近所の者たちは見ているので、大人たちは絶対に子供には元・動植物園へは近づかないようにと口を酸っぱくして言い含めている。


「この装置は、この隅の四方に立っている『魔震石』で、風・水・火・土属性のどの魔物がいるかが、それぞれに反応するんです。中央の石はメーターで、相手がどれだけの力を持っているのか強弱を表すために光ります」


 そう、魔法工作師の青年は説明した。


「で、オレ……。魔獣が飼われているっていう王立動植物園の近くで、こいつがちゃんと機能するか試していたんです。そしたら、五つの石が全部踊りだすみたいに大きな反応が出て……。なんか、怖くなっちまって……」


 この装置が壊れるくらいの力を持つ魔獣が、元・王立動植物園の中に本当に居たらどうしようかと──。それで怯えて、『船長』ジョゼットのところへ相談に来たという訳だ。


「……王立動植物園か。確かにあそこはいい噂を聞きませんぜ。『船長』」


 アウステンダムに残って情報収集を続けていてくれている工作員のひとりが、吸っていた紙巻タバコの火をもみ消すと声を上げる。


「どうやら魔獣を産み出す能力がある、一流の『魔法使い』が王立動植物園を飼育場にしていて。人を襲うための魔獣ばかり、そこで訓練しているって話しです」


 そう、真面目な眼差しを工作員の男はジョゼットに向けた。


「その『魔法使い』の名前は分かるか?」


 とのジョゼットの問いに、すぐに年嵩の工作員が「フェルディナンド・ハーフナー」と答える。


「多分、偽名でしょうがね。正真正銘の魔法使いなら、真の名前は隠すものだ」


 名は体を表すために、昔からの魔法使いは己の意思を他人に操られぬよう、本物の名前は秘しておくのが常識だ。ジョゼットの場合もそれに倣って、一応「クラース・ヤン・クラーセン」という本名は普段は伏している。

 そのジョゼットが、宿舎の窓を開けて雨が止んでいるのを確かめた。


「この雲行きなら、今夜はもう降らないな。ならばその『装置』を持って、どれだけ過剰反応をするか、何人か連れてちょっと動植物園まで行ってみるか」


 軽い調子でジョゼットは言うと、ベッドの下の小さなトランクから書類の束を取り出す。その中から「夜間外出許可書」を選ぶと、ちょうどこの部屋に居る人数と同じ五名分を抜き出した。


「先に名前は書きこんであるから、与えられた偽名を頭に叩き込め。西港から新市街地までは運河用の運搬船を俺が操る。着替える服が手に入る同志の船小屋に到着するまでは、全員、巡回公安に詮索されてもいいような、それらしい夜間外出の口実を考えておけ。ちなみに銃は携帯禁止だ」


 そう言ってジョゼットは素早くジャケットに袖を通し、運河船乗り用の船長帽子を被った。そして宿泊施設の裏の戸を開け、本当に十人ほどしか乗せられない、質素な木製ボートに簡易陽光灯を持って乗り込む。

 外付け式のエンジンを始動させる準備を整え、ジョゼットは夜間外出許可書を持った仲間たちがボートに飛び乗ってくるのを待った。


「出すぞ」


 全員が揃うと、最初だけは船を操る長い竿を使って船着き場からボートを離し、十分運河の中に乗り入れたところでエンジンを始動させた。

 さすがに軍需景気に沸いている西の港だけはある。夜だというのに点滅する赤や緑の陽光灯を点滅させ、港へと通じる大運河を行く資材船が渋滞していた。ジョゼットは器用に運河の淵ギリギリを小さなボートを操り、アウステンダムの各地を網羅する小運河に入り込む。

 そして、運河の上にも陽光灯で照らした看板を出している目当ての店を見つけると、また船を操る竿を取り出し、器用にその店の船着き場へと小さなボートを横付けした。

 店の看板は白い一角獣が、水面から跳ね上がったイルカと向かい合っている絵柄だ。


「いらっしゃい、何名だね?」


 もう午後十時を過ぎたというのに、店は夜の運河を行き来する者のために開いていた。カウンターの中から店の主人が、運河側の入り口から上がってきた客の顔を見渡す。


「五人だ。とりあえずビールの大ジョッキ五つと、なにか軽くつまめるようなものを一皿。あと『陸亀の甲羅』」


 と、ジョゼットが店主に注文すると。店主は「陸亀の甲羅」という暗号にすぐに反応し、ジョゼットたちが立ち飲みするテーブルにきて、塩味の煎り豆が入った小皿の下に、真鍮製の鍵を隠し込んだ。


「便所の奥の扉から入ってくれ。交代制だよ、一回につき一人ずつ。鍵は右に二回、左に一回だ」


 そう言って、店主は並々と泡の立ったジョッキを五つ、景気よさそうにドンッと置いた。

 すると、ジョゼットがたちまち一気飲みでジョッキの中のビールを飲み干した。赤ん坊の頃、むずがって眠らないような時には、母親がミルクで割った小さじ一杯分のジンを睡眠薬代わりに飲ませていたジョゼットにとっては、ジョッキ一杯分のビールなど水と同じだ。


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