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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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ただいまっ!

 台所の丸テーブルの上には、今宵の晩餐が特別であることを示す三ツ枝の燭台が置かれ、あとは蝋燭に火を灯すだけとなっていた。

 各種のチーズやピクルスを盛り合わせたカナッペがずらりと並んだ銀盆。ウナギの煮凝りやウサギ肉の香草ロースト、ナマズのフライに付け合せのマッシュポテト。

 デザートには、冬の間、シロップに漬け込まれて保存されていた桃や洋ナシまで総動員されていた。

 しかも暖炉の鍋の中では、沼ガニのスープも待機中だ。

 普通なら救世主の生誕祭の時にしか作らない、干しブドウ入りの甘い揚げ菓子まである。

 その上にシャンパンの瓶がずらりと八本も並べられているのだから、それこそ、ガルド・ルルゥが言っていた「夏至祭と救世主の聖誕祭が一緒にやってきた」ような豪勢な食卓である。

 その様子に、人間以上にわくわくとしている者が居た。


『いいねいいねー。今夜はビールも飲み放題っていうから、うれしいねー。もぅ、ビール樽に直接、頭突っ込んで一樽飲み干したいみたい気分っ!』


 だらしなく口元を弛め、涎を垂らしそうな顔で、うっとりと潤んだ瞳の『黒』が、宴会の始まりはまだかまだかと喉を鳴らしている。対照的に『青』は、辛辣な態度を一貫させていた。


『この鯨飲者が。王家の守護者たる者、酒は嗜みの範疇で十分であろう』


『四十年も元海賊の相方勤めてきたオレ様に、いまさら堅苦しい宮廷の礼儀作法を押し付けるなっつーの』


 いやそれ以前に、持って生まれた性格の方が影響しているのではないかと、二頭の様子を観察するアンリは思うが……。


『大体、てめぇは気取りすぎなんだよ。飲む酒ひとつ取っても、銘柄があーだ、熟成の具合がこーだと、いちいちくどくど能書き垂れて、通ぶってよ。どーせオレらはボトルからの一気飲みしかできねぇのに、上品なツラするんじゃねぇよ』


 相変わらず険悪な二頭をどうなだめようかとアンリがおろおろしていると、不意に、その二頭の顔つきが変わる。


『──あ、「白」が来たな』


『うむ。今、城壁を潜った』


 と、一角獣同士が視線でうなずきあう。


「ジョゼが来たの?」


 それを耳にしたガルド・ルルゥが、スープの最後の仕上げをしていた玉杓子を手放すと、テーブルの方へと寄ってくる。


『巡礼門のドラゴンがなんだか叫んどるなぁ。なにやらかしたんだ、あの悪ガキは』


「それよりも、巡回公安とかはうろついてない? 一体あいつ、どの通りから帰ってくるつもりなの?」


 まるで、神に祈りを捧げるように両手の指を組んだガルド・ルルゥが、心配げに二頭の一角獣に尋ねる。


『いや、地上からではないな』


『おう。巡礼門の水飲み場の、隠し扉を使ってる』


「巡礼門の水飲み場裏の隠し扉から、旧市街に入ったぁ?」


 ガルド・ルルゥが、『黒』の言葉を素っ頓狂な調子の声で復誦した。


「そりゃまぁ、お尋ね者なんだから、あいつが堂々と表玄関から帰ってこられるはずはないけど……。それにしても、巡礼門の水飲み場からっていうと、地下水路通って帰ってくることになるはず……」


 地下水路、地下水路、あれってこの館のどこへ通じていたっけ──と、ガルド・ルルゥがなにか遠い記憶を呼び覚ますかのごとく、ぶつぶつとつぶやきながら眉間に指を当てて、考え込んでいる。


「あっ、そうか。地下室だわ。地下の薪置き場!」


 この「五人の魔女の館」が建てられた当時からあったという、秘密の抜け穴の場所を思い出し、ガルド・ルルゥは地下への階段を駆け下りた。


「マクシィ、提督、ここの薪の束を動かすの手伝って!」


 この部屋の薪の山の下に、万が一の際の脱出路にもなる、地下水路への秘密の出入り口が隠されているのだと言って、ガルド・ルルゥが床の一部分を指し示す。


「アンリとクリスティーネは、一番大きな鍋にお湯を沸かしておいて。あいつが帰ってきたら、多分、食事よりお風呂のほうが先になるだろうから」


「分かりました!」


 素直にアンリは階段を駆け上がって行った。けれど、一刻でも早くジョゼットの姿を見て安心したいクリスティーネは、そのまま地下室に居座る。


「あたしは、あいつの着替えを用意するから、悪いけど、薪を退かす作業はお願いね」


 着替えに加え、あとは厚手のバスタオルを二、三枚と、部屋履きと──そうつぶやきながら、ガルド・ルルゥは用意しなければならない品物を館中から掻き集めにゆく。

 なんだかもう、本当に「夏至祭と救世主の聖誕祭が一緒に来た」ような大騒ぎだ。

 男たちが二人して薪の束を除けた石床の一角に、真四角の石が一枚敷かれていた。そこへジーザスが、クリスティーネから手渡された長い釘抜きの頭を、敷かれた石と石との隙間に突き入れ、梃子の要領で真四角の床石を持ち上げる。

 するとそこには、黒々とした闇の詰まった穴が現れた。

 穴の奥からは水音が絶え間なく響いてくる。

 耳を澄ますと、ばしゃばしゃと水を跳ね上げる足音が次第に近づいてきた。と、突然、床材の四角い石を取り除いた穴から、人間の上半身の形をした黒い影がぬっと現れる。


「あ、ルルゥ。ただいまぁ、今帰ったよー」


 秘密警察側に睨まれているレジスタンス指揮官の大本命だのなんだの言われているくせに、なんだか五歳児並みの、あまりにも甘ったれた声が響く。しかも、石床にひざまずいているガルド・ルルゥの上半身を抱きしめると、影はその両頬に口づけして、最上級の親愛の情を周りに居る者たちに見せ付けた。


「……この馬鹿ときたらほんとに」


『お帰り』の挨拶代わりに、ガルド・ルルゥはその頭に一発ゲンコツを喰らわすと、バスタオルをジョゼットの顔面に向かって放り投げる。


「ったくもう、なにを悠長に再会の挨拶なんぞ……」


「いいじゃん、知らない仲じゃないんだしさぁ」


 そう言いながらジョゼットが、腕を支えに飛び上がるようにして、四角い穴から抜け出してくる。地下水路でたっぷりと濡れたからだろう、辺りに水が撒き散らされる音がした。まるでびしょ濡れになった長毛種の犬が、ぶるぶると身体を振って水切りをしている感じだ。


「あーっ、こら! そんなずぶ濡れの皮靴で床へ上がるんじゃないわよ! 部屋履き用意してあるから、ほら、履き替えて!」


 まるで小さな子供の面倒を見る、口うるさい母親のようだ。実際、ガルド・ルルゥくらいの年齢なら、ジョゼットくらいの息子が居たとしても、そう不思議はないが。


「なによ、あんた全身濡れ鼠じゃない! 一体、どこ通って帰ってきたのよ。ほらほら、もう全部、下着まで着替えなさい!」


「いやぁ、ここまで濡れたら、いっそ風呂入りたいんだけど……」


「バスタオル一枚で廊下や階段うろつく気かいっ、この馬鹿は!」


 うちには年頃の女の子が居るんだよ──と、ガルド・ルルゥが、これまでに見たこともないような剣幕で怒鳴っている。


「風呂の用意はしてあるから、とりあえず、ここで着替えな」


 と言って着替えの服一式を差し出しながら、一方では戸口近くに立つ少女の顔を見て、ガルド・ルルゥにしては珍しく、厳しい口調で命令する。


「クリスティーネは部屋の外へ出てらっしゃい! 野郎の着替えなんか、年頃の女の子が見るもんじゃありません!」


「は、はいっ!」


 さすがのクリスティーネすら、その気迫に押されるふうな様子で、慌てて廊下へと出ていく。

 それを確認すると、ガルド・ルルゥは容赦なくずぶ濡れの服を引っぺがし、新しい木綿のシャツを肩から掛けてやる。さすがに下半身の方の着替えは、彼女も目を逸らせていたが……。


「どうやら五体満足、怪我もなく無事に帰ってきたようだな」


全身にほどよく筋肉が発達した逞しい身体に、新しい傷跡が増えていないことを確認しながら、ジーザスが含み笑いを込めた声で、悪ガキの生還を祝った。


「ええ、まぁ。そういう訳なんで、提督にもしばらくご迷惑掛けることになりますが。なにとぞご協力をお願いします」


 台詞の内容とは裏腹に軽い口調でジョゼットはそう言うと、シャツのボタンもとめず、他人をたらしこむような愛嬌のある笑顔のまま、にまりと敬礼する。

 その時、ジョゼットの身体の異変に真っ先に気付いたのは、ガルド・ルルゥだった。


「あら? あんた、背中の一角獣の彫り物はどうしたの?」


「ああ、これ。魔法の皮膚紙張って、隠してある。入国検査の時に港の防疫所で、消毒剤シャワーされるって話し聞いてさ。そこでバレると困るんで、腕の立つ魔法職人に皮膚紙を張ってもらったから、二週間くらいは毎日風呂入っても全然大丈夫なはず」


 シャツの袖だけに腕を通し、背中の部分だけ捲り上げてその様子をガルド・ルルゥに見せる。だが、ジョゼットの言うとおり、腕利きの魔法職人の手によって施された技は素晴らしかった。確かに背中のどこに皮膚紙を張ってあるのかないのか、本物の皮膚と見分けがつかない。

 とその時──階段の方から、少年期独特のアルトの音域の声が響いてきた。


「あのぉ、お湯温まりました。もう、湯船に移してもいいですかー?」


「おっ、来たきたっ」


 途端にジョゼットが慌ててシャツのボタンをはめ、セーターを頭から被る。そして地下室に入ってきたアンリのことを、いきなり両腕を回し、力強く抱きしめた。


「うれしーっ、俺が宮廷騎士になってから、初めての新入りだぁ。しかも俺より年下っ!」


『確かに、今まではそなたが一番の年下だったからな』


 背後で、純白の一角獣が訳知り顔でうなずく。


「そーなんだよ。年下の新入り、俺、欲しかったんだよぉ!」


 厚い胸板に顔をぶつけた拍子に、眼鏡がずれる。いかにも船乗りという、ごつく大きな手で、さらさらの麦藁色の髪がくしゃくしゃになるまで、アンリは頭を撫でくられた。


「俺、『白』の相方の、ジョゼット・クーラーセン。ジョゼって呼んでくれ」


「あ、新しく『青』のパートナーになった、アンリ・パルデューです。あの、よろしくお願いします」


 なんだか、とてつもなく歓迎されている気配である──態度はとても子供じみているが。

 そのジョゼットの後ろ頭に、再度、ゲンコツが一発入った。


「ごめんなさいねぇ、常識知らずの馬鹿が手荒な真似して。この男、年の離れた姉さんがふたりいる末っ子の生まれで、昔っから、随分と弟を欲しがっていたのよ」


 まだアンリのことをかまい足りなさそうな顔をしているジョゼットの襟首を掴んで、引き剥がしたガルド・ルルゥが、悪ガキじみた男の家庭事情を代わりに説明する。


「あー、なんとなく分かります。そういう『お兄ちゃんになりたい』願望……」


 自分も幼い頃、弟か妹が欲しいと両親にねだったことがある四人兄弟の末っ子は、ぎこちない笑みを顔に浮かべた。


「えーと、それでお風呂の用意できてますけど……」


「あ、すぐ入る。湯も自分で運ぶから、手伝わなくていいよ」


 この館は古いから、便利な給湯器などないのだ。大釜で沸かした湯を、浴室の湯船までバケツで運ばなければならないのである。

 するとその時。地下室の騒ぎが気になったのか、暖炉前の定位置から重い腰を上げて、館内の見回りにやってきた金色の猫の姿を、ジョゼットが目敏く発見した。


「おっ、ゾティ。ひさしぶりぃー、元気だったかぁ?」


 その声に、反射的にゾティの虹彩が針の細さに変化した。回れ右して、一目散に逃げ出そうとする金色の巨大猫の首根っこをジョゼットが押さえつけ、強引に捕獲する。

 そしてその後はもう、うりうりと耳を裏返したり、ぷにぷにと肉球をさわりまくったり、わさわさと毛皮を逆撫でしたりと、さわりたい放題やりたい放題である。しかも反撃され、噛みつかれる場所は網目の詰まったセーターの袖の上だから、牙は通らない。

 ゾティも、必殺の右前足の一撃をジョゼットの顔面目掛けて繰り出すが、鋭い爪先は、ツラの皮一枚分見切った宙を虚しく切る。

 いつもゾティから軽んじられているアンリの目から見ていると、凄まじく猫扱いが巧みだ。


「な、なんでそんなに猫の扱いに慣れてらっしゃるんですか?」


「そりゃもぉ、こいつとはこーんな毛糸玉みたいな仔猫の頃からの付き合いだもん」


 この上もなく幸福そうな顔で、長毛種の大型猫をおもちゃにしながら、ジョゼットが自信満々に答える。


「そう……。ゾティを、聖クラース教会の床下から拾ってきたのは、この男なのよ」


 深々とため息を吐きながら、ガルド・ルルゥは沈痛な面持ちで言った。


「頭痛いけど、ほんっとにその男は十二歳の頃からまるっきり進歩なくてねぇ……」


 もう、どう言ったらいいのかとガルド・ルルゥは頭を抱え気味である。


「こいつがこの館で暮らしてた頃、ゾティを拾ってきたんだけど。でも、一年もしないうちに海軍幼年学校に行くことになったんで、ゾティだけここへ置いて、自分は幼年学校の寮に入っちゃって。世話は、魔女のおばあちゃんたちや学者先生のお弟子さんにまかせっきりで。長期休暇でここへ帰ってくる時だけ、遊ぶだけ遊び倒して、また寮へ戻っていくという最悪の拾い主よ」


 おかげで拾われた側の根性もねじれまくりだ。十一歳という、猫としてはもう高齢の域なのに、いまだゾティは旧市街最強の「聖クラースのお守り猫」として立派に君臨している。


「あと、エドマーは? 提督と一緒に来てるだろ?」


「エドマンドには、今夜は中庭で番犬してもらっているの」


「じゃ、風呂入る前に撫で回してこよーっと」


「明日にしなさい、明日に! あんたが風呂に入ってこないと、いつまで経っても晩御飯がはじまらないでしょうが!」


 男なら前言撤回するなとガルド・ルルゥが一喝し、バケツとタオルを投げつけるようにしてジョゼットに渡すと、地上階の風呂場へ追いやった。

 階段を駆け上がってゆくその後ろ姿を眺めながら、ジョゼットからはものすごく歓迎されはしたが、なんとなく、ひょっとして自分は犬猫と同格扱いか?──との、疑問がアンリを襲う。

 その隣ではガルド・ルルゥが、ふたたび深々とため息をついて、今度はアンリの両手を握り締めた。


「本当に……、あんな男が先輩でアンリには気の毒だけど。でも、どうかあなたは一角獣位の宮廷騎士の役目を立派に全うしてちょうだいね」


 宮廷騎士の位を良き魔女イーディスから与えられたのは、赤い鼻の道化師と、元海賊と、洗濯屋の小倅──との記憶がアンリの頭の中をよぎる。でもって自分は、染色工場の息子だ。

 真剣そのものなガルド・ルルゥの言葉と、握り締められた手の力強さに込められた想いに対し、アンリは、自分自身の未来に対して途方に暮れた。


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