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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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白の一角獣の騎士

 ローランド王国の首都、アウステンダムから南西へ約五百カイリ──世界に冠たる、それこそ「太陽の沈まぬ王国」と称されるハドニア連合王国の本国である、ハドニア島のバルナバス地方。風光明媚な保養地としても有名なブライトン岬の高台に、エクセター公爵家の所有の瀟洒な別荘が建っている。

 三十八年前、ひとりの男児がここで誕生した。後にローランド国王となるハリオット・アレクサンダー・デューク・オブ・エクセターである。

 そして現在、ローランド王ヘルムートとして即位した公爵家の長男は、病気療養のためこの別荘に長期滞在中なのであった。


「窓を開けて、朝の空気を入れてくれないか」


 寝室の片隅に位置する楽師たちが、さわやかな目覚めの音楽を演奏している中。寝台から半身を起こしたヘルムートは、脇に立つ侍従長のベネディクトに告げた。

 栗色の髪に青灰色の瞳、形よく口髭を生やした顔は品が良く、おだやかな眼差しをしている。ただし丸二年、日光浴のためにしか陽の光りを浴びていない肌は、やはり病人じみていて静脈が透けて見えるほど白い。   

 けれども、代々軍人貴族の家柄を誇るエクセター家の血を受け継いだ身体は本来屈強で、病魔に侵されている今も、表情に衰弱の様子はほとんど見られない。こうやって寝台の上に起こした上半身だけを見るならば、さして健康体と変わらないほどだ。

 それもそのはず、ヘルムートの病変はふんわりと掛けられた羽毛布団に隠された下半身、それも脚にあった。

 敵国ルブランスの総統専属として名高い魔女が、ヘルムートの元へ送りつけてきた病魔がもたらす病とは、身体が末端からじわじわと石化してゆくという奇病なのである。

 しかも発病した当初は足首に痛みが走る程度で、宮廷の侍医が関節炎と誤診したほど、病気の進行は緩やかなものだった。

 ところが──ほどなくヘルムートの両足首から下の皮膚が、石膏を塗りたくったような白い石に覆われてしまい、ようやく「これは病魔の仕業だ」と魔法医が断言した。

 それからはもう、ローランド国中の高名な魔法使いや魔女たちが次々と王宮へ招聘され、ヘルムートの身体の中に巣食った病魔を退治するため、あらゆる医療魔術を用いて力を尽くした。

 だが、相手は狡猾に魔法医たちの技を避け、ヘルムートの体内を移動し、一時は両手の指先まで石化させたほど猛威を振う始末だった。

 魔法医の進言で、ヘルムートの生まれ故郷であるブライトン岬のこの館へ転地し、さらに音楽療養を受けるようになってからは指先の硬化は改善し、温かな血の流れる指になったが。けれども両足の病変はしつこく、今ではヘルムートの移動は車椅子でのみ行われる。実際のところ、膝を曲げるだけ でも骨が軋むような激痛が走るほどなのだ。

 魔法旋律に則って演奏される優雅な室内協奏曲を邪魔するように、コツコツと窓ガラスを叩く音が響く。


「陛下。こんな早朝に、庭先から失礼します」


 ローランド海軍の切り込み隊長との異名が高い、ジョゼット・クラーセンの声だった。

 ヘルムートが許しを与える間も惜しむかのように、海を臨む庭に向かって開け放たれた大窓から、防寒着を着込んだ偉丈夫が入り込んでくる。さすがに敬意を表し、いつもの船長帽だけは脇に抱えていたが、警備のための衛兵が二十四時間駐留する邸内に、堂々たる不法侵入である。


「そろそろ来る頃だと思ってはいたが、やはり裏から来たか」


 この三年間、一度も玄関から入ってきた試しのない船乗り姿の若者に、ヘルムートは自然と苦笑させられた。見習い騎士の頃に、宮廷での礼儀作法は一通り叩き込まれたはずなのだが、ジョゼットがその通り行動したのは、十八歳の時、正式に一角獣位の騎士に任ぜられた肩打ちの儀式の時くらいなものだ。


「また崖下の『船隠し』から上ってきたのか?」


「そりゃもう、こっそり船着けるには絶好の場所ですよ、あそこは」


 『船隠し』とは、エクセター公爵家がまだ敵国の商船を相手に略奪行為を行っていた時代──かつての大航海時代。貴族は敵国の船舶になら、私略としての海賊行為を認められていたのだ──いつでも出撃できるようにと中型の武装帆船を停泊させておいた、この別荘の船着場のことである。


「それに夜討ち朝駆けって訳じゃありませんが、この時刻が一番監視の目が緩いんで。門前に張り付いてるルブランスの密偵どもも、海側から登ってくる小道までは見張りきれていないし」


 これでも一応お尋ね者ですからね──と、ジョゼットが愛嬌あふれる悪童じみた笑顔で応じた。実際、占領下ローランドでこの男は、レジスタンス組織の中心的人物として指名手配されている身の上だ。

 しかもジョゼットの名は亡命政府組織の名簿上に無く、公式的には行方不明者扱いなのである。だからこそ、地下に潜って公然と情報収集や破壊活動にいそしめるわけだが……。


「ところで、その右手に握っているものはなにかな?」


 ヘルムートの青灰色の瞳が、ジョゼットの手元へと向けられる。


「ああ、これ。きれいでしょう、初咲きのライラック。来る途中に見つけたので、一枝持って来ました」


 と、若者は薄紫色の花枝を、無邪気な顔で、寝台の上のヘルムートに差し出した。


「仕方のないやつだな、勝手に庭木の枝を折って。樹木や花の手入れをしている造園師が知ったら激怒するぞ」


 まったく……。こんなふうに子供じみた振る舞いをされると、本当に、初めて出会った十年前のあの日から、この男は一向に精神的な成長をしていないように感じてしまう。


「ベネディクト、これを花瓶に挿してきてくれ」


 かしこまりました、と侍従長がうやうやしく花枝を手にし、部屋から退出した。ついでに楽師たちにも下がるよう命じ、人払いを済ませると、ようやくジョゼットが早朝から館へとやってきた理由を尋ねることができる体制が整った。


「さて、本題に移ろうか──昨夜の、あの地上に星が生まれたような強烈な波動の原因は、もう分かったのか?」


 体内に魔を宿しているためだろうか。近頃のヘルムートは、霊的な現象に対して魔法使い並みに敏感に反応するようになっている。

 だからこそ分かった。十年前、自分の目の前に落ちた(いかずち)と同じものが、夕べ、遠く海を隔てたこの土地にまで轟くのが届き、安息のために奏でられていた音楽を引きつらせ、自分の耳を劈いたのを。


「大騒ぎでしたよー、夕べはほんとに……」


 大袈裟な身振りで「お手上げ」というふうにジョゼットは肩をすくめた。


「海の向こうでの出来事だっていうのに、トリンドンに設置されている魔振動計の針が振り切れたって、魔法使いどもが悲鳴あげるわ。ルブランスの連中の情報を盗み聞きしようにも、無線は低気圧の関係で、ガリガリの雑音交じりで聞けたもんじゃないし。有線はどこで盗聴されてるか分からないから、ホンネタガセネタ入り混じりってて、情報部のやつらも頭を抱えてましたね」


 なにしろ夜だったから、夜目の利かない伝書鳩は飛ばせませでした──そう、ジョゼットが昨夜の亡命政府内で起こった大騒ぎを要約する。

 協力体制を取っているハドニアの軍部も似たような状態で、逆にローランド亡命政府へと「何事が起きたかご存知ないか」と、あちら側の密使が早馬を飛ばしてきたほどだ。


「当事者以外で分かってるのは、俺と提督くらいなもんでしょうね。あれは、王家の戴冠儀式用の玉座に封じられていた、『青』の一角獣が覚醒した衝撃波ですよ」


 こいつが教えてくれました──と、ジョゼットが背後に現れた白い一角獣を親指で指し示す。

つややかな白いたてがみを朝の光に輝かせる一角獣は、器用に前脚を折ると、国王に向けて一礼した。


「やはりそうだったか」


ヘルムートは得心行ったというふうに、厳しい眼差しだけでうなずいた。

 ロザムンド王家の戴冠儀式用玉座の背面部分には、それぞれ鶏の卵ほどもある巨大なルビー、ブルーサファイア、ブラックサファイア、ホワイトサファイアの四つの宝玉が埋め込まれており、そのひとつひとつに、良き魔女イーディスが創った王家の守護者「聖なる一角獣」が封じられている。

王家のために必要な宮廷騎士を良き魔女イーディスが選んだ場合、そのパートナーとして四頭の一角獣のどれか一頭があてがわれる。なので昨日までは、玉座に封印されていた一角獣は『赤』と『青』の二頭であった。


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