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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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ガルド・ルルゥの歌

 

 アウステンダムを襲った春の嵐は、明け方までに街を通り過ぎた。

 今日は日曜日──旧市街地で配給制食堂を営業する「五人の魔女の館」も、本日は休業である。

 しかし、家の竈を守るガルド・ルルゥはいつものように、午前七時には玄関にもあたる店の扉を開け、そして、靴底の泥拭きマットの上にうずたかく積まれている、小動物の死骸の山に眼を見張ることとなった。

 六本足のネズミ、二股に分かれた尾のトカゲ、背中にもうひとつ口のあるヒキガエル──どれもこれも、まともな生き物ではない。すべて昨夜の嵐をいいことに、門番役のガーゴイルたちの目を盗んでまんまと旧市街へと入ってきた、秘密警察側の使い魔だ。

 数えると、全部で二十匹、異形の魔物の死骸が小山を成している


「ゾティ、あんたの仕業だね?」


 汚らわしい死骸を火挟みではさんで麻袋に押し込めると、ガルド・ルルゥは、台所の竈の前に寝転んでいる金色の巨大猫をにらみつけた。


「この仕事は今週の家賃代わりかい? 使い魔を退治してくれるのはありがたいけど、自分の腹に収まるくらいの量にしておくれ」


 ガルド・ルルゥの言葉を聞いているのかいないのか、ちろちろと燃える熾火が入った暖炉前に、気持ちよさそうに横たわっている金色の巨大猫は、パタンとしっぽを振ってみせる。


『やー。オレ、今疲れてるからさー。説教は後にして』


 とでも言いたげなけだるい雰囲気が、態度のでかい後ろ姿に漂いまくっている。どうせ、夕べは一晩中「おまもり猫」の本能に従い、夢中になって、旧市街地に入ってきた小さな妖魔どもをいたぶっていたに違いない。


「まったく、もぅ。この死骸の後始末をつけるのが面倒だわ」


 使い魔たちは、小さくて魔力も弱いとはいえ、一応は妖魔である。館を護る聖なる場所でもある竈では、そんな邪悪なモノを焼き払いたくなかった。


「マクシィ。しばらくの間、留守番しててもらえない?」


「あ、はい。起きてます、大丈夫です」


 徹夜でこの館の出入り口を見張っていてくれたマクシミリアンが、さすがに疲労の濃い顔で、突っ伏していた食堂のテーブルから半身を起こした。


「コーヒー入ってるから、目覚まし代わりに飲んでいてちょうだい。あたし、ちょっと聖クラース教会に行ってくるから」


 そう言って、ガルド・ルルゥは緩やかな坂道を、丘の上へと歩み始めた。

 人ひとりがやっと通れるほどの狭い路地を幾度となく折れ、旧市街地の中央、丘の頂上に建つ聖クラース教会の小さな裏庭へと出る。


「……三年間も手入れしていないと、庭ってものはこんなにも荒れるのかね」


 以前、そこには小さいとはいえ畑があり、薬草となる香草類や、修道院の食卓に上がる野菜の類が、牧師たちの手で管理され、整然と葉を茂らせていた。

 なのに今年は野生のスミレすら咲いていない。ガルド・ルルゥは、持ってきたスコップで荒れ果てた花壇に深い穴を掘ると、麻袋ごと妖魔の死骸をそこへ埋めてしまう。そしてその土の上に、悪魔除けのための塩を一撒きした。

 一仕事終えたガルド・ルルゥは、立ち上がり、聖クラース教会の荘厳な姿を振り仰いだ。

 ゴシック様式の威厳ある尖塔に、色硝子を嵌め込んだ薔薇窓や、過剰なくらいの装飾彫刻に埋め尽くされた外壁──そういえば、ここへ来るのは何年ぶりだろうかと、魔除けのガーゴイルの恐ろしげな姿すら、ガルド・ルルゥは懐かしく思う。

 幼い頃から、聖歌隊の一員として出入りしていた教会だ。勝手知ったるなんとやらで、いつの間にか裏庭側から、ふらふらと大聖堂の内部に足を踏み入れていた。

 大聖堂の中は、ドーム状の天井からおびただしい数の帆船の模型が吊るされ、壁にも一面に船を描いた、額入りの油絵が飾り付けてある。よく見れば中には最新式の魔法機関を使った機関船の絵もあった。

 船乗りたちにとって、海は気まぐれな魔物だ。板子一枚下は地獄と言われるように、一度嵐に遭遇すれば、どんな最新式の新造船であろうと命の保障はない。

 これは船乗りが航海の安全を願って、おのれらの守護聖人と信じる聖クラースに対し奉納した、自分たちの船の模型や油絵なのだった。


「ここも寂れたもんだねぇ……」


 吊り下げられた帆船模型に、無数の蜘蛛の巣がまとわりついているのを見て、思わず、独り言がガルド・ルルゥの口から漏れる。

 この街がルブランス軍の占領下に置かれる以前なら、こんな時刻でも大勢の牧師や聖歌隊の少年少女らが、日曜礼拝の準備のため、あわただしく動き回っていたのに。

 しかし教会の活動が大きく制限された今、礼拝は牧師らの間だけで行われ、一般市民の参加は許されない。それどころか牧師たちの中にも、強制的に従軍牧師として徴兵された者がかなりの数、いるという話だ。戦死した兵士を弔う役目を押し付けられているそうである。

 自分以外は誰も居ない聖堂の中、ガルド・ルルゥは祭壇の聖クラース像に向き直る。

 どうしてだろう。自分でもよく分からないが、自然と歌を口ずさんでいた。


『去り行く友よ、

 離れ行く人よ、

 何故に私を置いてゆくのか。

 愛しい故郷を、

 見慣れた浜辺を、

 何故に捨て去り、遠く旅立つのか』


 口を衝いて流れ出したのは、ノースデン諸島に伝わる民謡だった。それほど大きな声で唄っているわけではないのに、祭壇前にガルド・ルルゥの歌声がやわらかに響いてゆく。


『白波は高く、船の針路を塞ぐ。

 嵐はまるで、永久に続くもののように。

 風は激しく、波はうねり、水底へと船を沈めようとするが、

 我は祈る。

 ただひたすら君の無事を』


 離れてゆく友とは、ライヒャルトのことである。夕べ、クリスティーネから聞いた話しだけでは生死は分からず、生きていたとしても、どこへ連行されたのか行方も知れない。

 無事でいてほしい──けれど大カリヨン塔の上から、あの抵抗歌を歌ったライヒャルトが無事であるはずがない。ガルド・ルルゥの心は親友の安否にさいなまれていた。


『行方も知れぬ、

 果てしない航路を進む、君を想う──』


 最後まで歌を唄い上げた時だった。ため息のような残響が消えた数瞬の後、場違いな拍手の音が聞こえ、ぎくりと、ガルド・ルルゥは振り返った


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