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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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「兵隊さんたちにも、お花をどうぞ」

 穏やかな夕暮れの空に、午後七時の鐘が鳴り響く。

 日曜日の夕刻──東部第三検問所の前には、百人あまりの市民が行列を成していた。みんな休日に郊外へ出て、食料を調達し、市内へと戻ってきた者たちだ。

 そしてその食料品に税金が掛けられる。

 ライ麦、大麦、燕麦──などの麦の種類の違いでも税金額が違う。ビール、ワイン、蒸留酒といろいろある似たような品目を、田舎から出てきて少年兵学校で学んでいる最中の子供らが支払う税金額を計算するので、何度も間違えてばかりだ。

 長々と待たされている市民たちは、文句の一つもいいたそうな顔をして、じっと耐えていた。

アンリもその一員なのだけれど。荷車の二重底の下に闇物資を持って市内に入るとなれば、緊張のあまり、列に並びながら膝が震えてくる。


「この、布袋の口を赤い紐で縫い閉じてあるのは小麦粉だからな。こっちの箱の底には岩塩。その上にバターと砂糖の包みが隠してある」


 それどころか風車小屋の老人は、粉ミルクや乾燥粉卵など、どう考えても軍隊用の特殊加工食品まで荷車に積んでくれた。他にも、紅茶の葉やコーヒー豆といった嗜好品。チョコレートや薄荷味のドロップなどクリスティーネを思ってだろう、甘いお菓子ばかり詰めたブリキ缶もある。


「どこから持ってきた品物だなんて野暮なことは訊くなよ。元々このアウステンダムって街の繁栄の何分の一かは、密貿易だとか贋金作りだとか奴隷の人身売買だとか、そういう後ろ暗い商売で成り立ってきたんだ」


 小さな頃から憧れを抱いていた街、アウステンダムが、外面ほど美しい都市ではないのだと教えられ、アンリは黙り込んだ。そしてふと、クリスティーネが言っていた「みんな本物の海賊を知らないから」とのセリフを思い出す。


(もしかして、この人は本当に『本物の海賊』なのか?)


だとしたら、どうしてそんな犯罪者とクリスティーネが親しく付き合っているのか、分からないのだけれど……。


(脛に傷持つ身だからあの人は、決して自分から名乗ろうとしなかったんだろうか……)


 いや、「風車小屋のおじいさん」だけではない。すでにアンリは気付いていた。いつもやさしいガルド・ルルゥやマクシミリアンですら、どうやら素性を偽ってあの館で暮らしているのだと。

 この分では、隠し部屋やそこに潜んでいたライヒャルト以外にも、アンリが知らないほうが良い秘密が、まだまだ「五人の魔女の館」にはありそうな気がする。


(それよりも、今問題なのは、検問所を無事に通過できるかどうかだよ)


 そう思い、アンリはここまで牽いてきた荷車を見遣る。

 ナマズやコイが泳いでいる樽を乗せた荷台の一番上には、木の枝が被せられている。風車小屋の脇で青々と茂っていた、料理には欠かせないローリエの葉だ。その他にもフェンネル、ローズマリー、カモミールなど、遊水地で刈り取ってきた香草が小山を成している。

 けれど香草の束でカモフラージュした魔法仕掛けの二重底の下には、ぎっしりと闇物資が積み込まれているので、行きよりも帰り道のほうが荷車は重かった。

 魔法の中板を闇物資がぎっしり詰め込まれている上に乗せると、どういう魔法が掛けられたのか、隠した物資が消えるのだ。

 ただ、質量はそのままだから、自転車の練習で何度も派手に転倒し、身体中、青痣だらけになった少年にとっては、ここまで荷車を牽いてくるのもかなり辛かった。それ以上に、今のアンリには心理的な負担が重くのしかかっているのが。


(出所不明の軍用食料品なんかが見つかったら、品物の没収くらいじゃ済まないんだろうな、きっと……)


 いくら優待市民章を振りかざしても、こればかりは大目に見てもらえはしないだろう。下手すれば収容所送り──そう思うと、胃までキリキリと痛んできそうだ。

 カタツムリが這う程度にしか進まない行列の中で、暇を持て余しているのか、クリスティーネはブーケガルニを作っている。幾種類かの香草の枝葉を適当に摘むと小束にまとめ、ローリエでそれを包み、糸で縛って出来上がりだ。


『花冠を編んであげましょう。

 赤いサンザシの花、白いサンザシの花、織り交ぜて。

 春は踊りながらやってくる。

 きまぐれなそよ風に、あなたの髪が乱されたなら、  

 花冠で飾ってあげましょう──』


 ブーケガルニ作りをしながら口ずさむ、クリスティーネの歌声が聴こえるのだろう。間近に迫った検問所の少年兵らの鼻の下が、次第にだらしなく伸びてくる。

 前に並んでいた中年のご婦人の手荷物検査など、見るからに手抜きだ。

 検問所の脇では、交代要員までが小屋から出てきて、そわそわしながら自分たちのアイドルが通過するのを待ちわびている。


「よし、次!」


 自転車を押すクリスティーネは、「立ち止まらずにそのまま行って」と、荷車を牽くアンリの耳に素早く囁く。停車させられ、積荷を詳しく調べられ、二重底がバレたらすべてが水の泡だ。

 クリスティーネは、おのれの自転車を荷車の盾にするような形で、検問所前に止めた。銃を携えた歩哨が、自転車の荷台に括りつけられたバケツを覗き込む。


「この中身は?」


「お花です。部屋に飾ろうと思って摘んできたんです」


 風車小屋の裏手には、クリスティーネが世話する小さな花園があった。今の時期、チューリップやヒヤシンス、パンジーなど、春の花々が満開のそこから、五つほど束を作ってきたのだ。

 水を張った桶の中から、クリスティーネが花束をひとつ取り出す。


「いつもご苦労様。兵隊さんたちも、お花をどうぞ」


 天使のごとく微笑むと、アンリの牽く荷車を止めようとしていた少年兵のひとりに、それを手渡す。

 思いがけず、都会育ちのきれいな女の子から花束を手渡されて、荷を積んだ車が目の前を通り過ぎていくのに、純朴な少年兵は微熱でもあるような表情で、ぼぉっと突っ立っている。

 回りの少年兵たちの視線も、憧れの美少女が「兵隊さん」にプレゼントしてくれた花束に釘付けだった。


「こ、このやろ、オレにも寄越むせ!」


「おまえ一人だけ、ずるいぞ!」


 たちまち花束争奪戦がはじまる。

 その騒動を尻目にアンリが、摘発されたら困る品々を満載した荷車を牽いたまま、税金を投げつけるように手渡して検問所を突破したのは言うまでもない。


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