第1章第14節
双畑は宙に立っていた。
王道ファンタジー的な街並みだな。空から足元を眺めて彼は思った。
くすんだ灰色の丸屋根が連なってできた大きな城のような建築物を中心に、規模こそ違うが石造りの建物が見渡す限りに広がっている。
人が住んでいる気配はない。崩れた屋根から床が覗いている建物が幾つもある。
街路の石畳を割って生い茂る植物の方が良く目立つくらいだった。かつては多くの人々が住む街だったのかもしれない。
眼下の街並みでも一際大きな城のような建築物には大きな穴がふたつ空いている。ひとつは屋根。もうひとつは壁だった。
後者はついさっき開けられたものだ。
と、青みがかかった光が屋根の穴に差し込んだ。豆粒のように小さく見える何かが十数個、光の中を引っ張られるように浮かび上がってくる。
それらの高度が上がるにつれ、輪郭がはっきりしてくる。
甲冑を纏った騎士たちだった。
「牽引光束だ。滑稽だろう」
真っ白な男が言った。その男もまた空に立っているが、見えない壁にもたれ掛かかるかのような姿勢だった。
「便利ではあるがね。独特の酔いがあるからぼくらはあまり使わないんだ」
ここは室内だった。壁と床が透過し、外界の景色を彼らに見せているのだった。
双畑は甲高い騒音をまき散らしながら降下してきた銀色の物体に乗り込んでいた。いや、乗り込まされていた。その一室でのことだった。
ことは数分前に遡る。
双畑は、轟音で何も聞こえない中で手招きした真っ白な男の背中を追って大扉から外に出た。
その瞬間、扉越しに見えていた銀色に輝く何かの全貌が明らかになった。
屋外に出て一層酷くなった轟音と強風で身を屈めながら、双畑はその威容に圧倒された。
双畑の高校を、校庭も含めて丸のみできそうな程の大きさだった。神殿外の広場、地上数メートルの高さに浮かんでいる。
「飛行戦艦……」
双畑は脳裏に最初に浮かんだ言葉を思わず口にした。
その何かは、太った鮫のような流線型をしていた。獰猛さと同時に愛嬌を感じさせる輪郭をしている。
当然双畑の見たことのない代物--ついさっき目覚めてから見覚えのあるものの方が少ないが--だったが、所々から張りでた砲身や空中線らしきものが突き出していて、それが機械だと分かった。もちろん双畑の故郷にはこれほど大きな飛行機械は存在しない。
この巨大な機械を鮫に例えたならば鰓に当たるであろう位置から伸びた舷梯を、彼は真っ白男について上った。
「揚陸指揮所を貸りるよ。いや、舷梯はしまわないでくれ。無理やり引き上げたら絶対に吐くぞ。掃除はお前の担当だろう。いいのか?」
機内に入ったところで真っ白男はどこを見るでもなく言った。
狭い入り口は閉まっていないが、舷梯を上る途中で轟音はぴたりと止んでいた。
大人ふたりがすれ違うことのできるギリギリの広さの通路を数分歩いたのち、その男は彼を真っ暗な部屋に押し込んで言った。
「ようこそ、強襲揚陸転移艦〈テンペスト〉へ。いきなりで悪いが少し待っててくれ」
扉は勢いよく横にスライドし、真っ白男は消えた。
彼は明かりひとつ、窓ひとつない部屋に閉じ込められた。
双畑が抗議の声を上げようとした瞬間、壁と床がすべて透明になって周囲の景色が飛び込んできた。
「やっぱりSFだったのか……?」
双畑は呟いた。
おれが高所恐怖症だったら大変なことになってるぞ、そう思いながら数分真面目に待った後、彼は横になり地上の廃墟を眺めることにした。
何しろ、どうやら彼は異世界に来ているようだったし、人並みの好奇心を備えている人間であれば異世界の景色に興味を持つのは当然だった。
眼下の廃墟をひたすら眺めることに飽いて--高度が徐々に上がっていき、異世界情緒たっぷりな廃墟の細部がよく分からくなっていたし、廃墟は廃墟だ--双畑がうつらうつらし始めた頃、扉が横にスライドして人影がふたつ入ってきた。
双畑は慌てて立ち上がり、取り繕うように眼下に視線を戻す。
「けっこう図太い神経をしているね……」
真っ白男は呆れたように言った。
彼が空に立っている経緯はこのようなものであった。
騎士たちを引き上げる牽引光束について真っ白男が語るのを聞いた後で、双畑は腕時計を確認した。
真っ白男は双畑の側まで歩み寄ると、持ってきた折りたたみ椅子を広げておく。
入ってきたふたつの人影の片割れである少女、つまり神殿に突入してきた少女は、斜め後ろの壁にもたれかかり外を眺めていた
何か興味深いものが外にあるかのように顔はぴくりとも動かないが、視線だけがちらちらと自分に向けられるのを双畑は感じている。
「少し、とは?」
双畑は男が持ってきた折り畳み式の椅子に座る。少女の不自然な視線を気にしつつも不満げに尋ねた。
時計は、真っ白男が言った「少し」が2時間10分だったことを双畑に教えていた。
「質疑応答が長引いてね。その椅子はお詫びだ」
真っ白男は返事した。申し訳なさそうな調子は一切ない。ふと、彼は視線を眼下にやった。部屋の真ん中で腕を組み、動き出した眼下の風景を眺めながら続ける。
「少年、足元を見たまえ。時空震だ。これが世界が滅びつつある証拠だ」
双畑は言われたとおり下を見た。
少しぼやけて見えるような。どこか不自然さを感じる。彼がそう思っていると--
突如景色が螺子曲がった。空間そのものが歪んでいるのだった。
歪みは見る間に大きくなったかと思うと、廃墟の過半を飲み込んで消えた。
その後には何も残っていない。半球状に削れた土が鮮やかだった。
「は……」
双畑は狼狽えた。内心には恐怖があった。
初めて見る光景、ではなかった。テレビで何度も見ている。シドニー消失事件の跡地、毎年決まった時期に放送される特番でよく見た光景とまったく同じだった。〈超常現象〉の中でも最も重大な被害を残す大地の消失を、初めて生で見たのだった。
「マグニチュード4。いやはや、さすがは勇者召喚。伝説の魔法に相応しいな」
真っ白男が呆れたように言ったかと思うと、双畑の視界からいきなり廃墟の町が消えた。
森林が織り成すぼやけた緑が眼下いっぱいに広がる。双畑が乗り込んだ強襲揚陸転移艦が、高速で移動し始めたのだった。




