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第1章第13節

 はいじゃあやっていこうと思います。

 さぁ! 地球の視聴者の皆様。おれはいま、太陽がふたつある惑星にいて、旧時代的な鉄の鎧をまとった人たちとふりふりのドレスを着たお姫様に囲まれています。


「勇者よ!」

 おや、早速コメントがつきましたね。よく気が付きました。そう、太陽がふたつあるといえばタトゥイーンかケプラー16bのどっちかだね。つまりSFに巻き込まれたというワケなんだ。さっすが双畑すごばたチャンネルの視聴者たちだ。同好の士に恵まれていてうれしいぜ。


「勇者よ!!」

「……放心しているようですな、姫」


 お、次のコメントだ。うんうんよく分かるぜ。鎧とドレスは銀河を股にかけるSFアクションとは世界観が合わないよな。おれもその点がおかしいと思ってたんだ。これは果たしてSFなのかファンタジ……


「勇者よ!!」

 目の前で仁王立ちしている姫姫しい格好をした少女が大声で叫んでいることに、思考を妄想の中に飛び込ませていた双畑は気付いてやることにした。


 姫の顔には相変わらず知性の足りなそうな満面の笑みが浮かんでいる。顔立ちは大人びているが、表情と口調のせいで数歳幼く見える。

 飾りが大量についたドレスが神殿中に空いた穴から吹き込む風で揺れていた。


「やっとこちらに意識を向けましたな。酷い間抜け顔ですが」

 頭のてっぺんから爪先までを覆うごてごてとした甲冑を纏った大男が、投げやりな口調で言った。


 バケツをひっくり返したような兜を被っていて顔は見えない。敬意の欠片も感じられない声音だったが、姫と呼んだ少女に対し一応は気を遣う口調だった。


 目の前のふたりにやっと意識を向けた双畑に対し、ドレスの少女と鎧の男は畳み掛けるように交互に語った。


「この世界は存亡の危機にあるのです。およそ30年前に突如現れた魔王軍によって」

「第一大陸の西半はやつらの手に落ちた」

「よって、この〈狭海地方の十八王国ならびにガルカーンの神聖王冠の諸封〉の第一王位継承権者である! この! わたくしが! 秘伝の転生魔法である勇者召喚を行いました!」

「過去500年に渡り成功事例はない大変危険な魔法なのだ。それだけの危険を姫は冒されたのだ。感謝しろ」

「……えーと、次は何を言えばいいんでしたっけ、コルガー?」

「あまた存在する、です。姫」

「ああそうでした! えー、あまた存在する世界のあらゆる人々の中で、この世界の救世主として最もふさわしい人間があなたなのです。勇者よ」


 双畑は勇者と呼ばれたが、思考も感情も追いついていない。

 急な説明に対し、へえ、はあ、魔法ですかと適当な相槌を打つのが精いっぱいだった。


 不意に、背筋が凍る程不機嫌な声が響いた。


「もういいだろ。おれは帰るぞ」

 周囲にぐるりと並ぶ騎士たちの更に向こうの影からだった。

 すべてを拒絶するような冷たさだった。柱の陰から男が歩み出てくるのに双畑は気が付く。その顔はフードに隠れてはっきりとは見えない。煙草をくゆらしている。


「本当にありがとうございました。あなたのご助力なくして勇者召喚はあり得ませんでした」

 姫は、その男が全身から発する不機嫌さに全く気づかない様子で朗らかに答えた。


「謝礼は指定の口座に頼む」

 フードの男はそういうと、煙草を吹かしてから携帯灰皿に押し付けた。

 神殿の奥へと踵を返し、影の中に姿を消す。


「不気味な奴め」

 コルガー、そう姫から呼ばれた鎧の大男は吐き捨てるように言った。


「まあまぁ、こうして成功したんだからいいじゃありませんか。さて、中断して申し訳ありません。もう一度言いますね!」

 姫は笑顔をさらに大きくして宣言した。


「勇者よ!魔王を倒してほしいのです!」




 突如、神殿の壁が崩れた。

 姫が言い終わるかどうかという瞬間だった。

 轟音が轟く。苔むした石壁が内側に吹き飛んできた。降りかかる瓦礫の欠片。舞い散る粉塵。


「円陣を組め! 姫をお守りせよ!!」

 コルガーは剣を抜きながら吠えた。


 石の塊が吹き飛ぶのを視るのは、今が初めてじゃない気がするな。騎士たちが鞘から剣を抜く甲高い音聞きながら双畑は漫然と思った。こうまで脳が衝撃を受けるとため息も出ないらしい。


 姫は脳天気な笑顔を浮かべたまま立ち尽くしている。


 影がふたつ、立て続けに穴から飛び込んで来る。

 侵入者が持つ抜身の剣が、差し込む日光を反射して輝いていた。


 片方の影は双畑より頭ふたつ分以上背が高い。

 その長身と同じくらいの長さの剣を携えていた。

 洋袴に白いシャツという動きやすい格好をしていて、燃えるように赤い短髪を無造作にオールバックでまとめている。地球ではありえない程の長身だったが、丸みを帯びた体のラインから女だと分かった。


 もう片方の影は、双畑の故郷でよく見られるような服を着ているように見えた。

 双畑と同じくらいの背格好に思えたが、すぐ影に入ったためによく分からなかった。一人目の影と似たような短髪だったが、やはり女の様だった。スカートを履いている。


 大剣をぶら下げた赤髪の女は神殿の中心に突き立つように降り立つ。

 騎士たちが組もうとしていた円陣のど真ん中、双畑の目の前だった。

 瞬きの内と言っていい速度だったが不思議と石畳はひび割れていない。


 かなりの大男に思えたコルガーよりも背が高い。着地の刹那、その女は双畑の身長よりも長い剣を片手で振り回し、無言のままコルガーに斬りかかった。


 コルガーは腰に佩いた片刃の剣を目にも止まらぬ速度で引き抜く。

 左手で剣の峰を抑え、赤髪の大女が繰り出した一撃を受けた。コルガーの足元が凹み石畳が割れるほどの衝撃だった。配下の騎士共はまだ集合できていない。


「貴様らは姫とそこのガキを逃がせ!!剣聖はおれが引き受ける!」

 コルガーが叫んだ。


 先ほどまでの投げやりな口調は鳴りを潜め、切羽詰まった大声からは焦りが感じ取れた。しかし、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。


「この前やったときは午後でしたな、剣聖殿。此度は勝ち星を頂く!」

 コルガーはそう言うと、両手の力で剣を振り抜いた。その剣は赤熱している。


 剣聖とコルガーに呼ばれた大女は数メートル吹き飛ばされるが、体重を感じさせないほど軽やかに着地した。その顔はしかめられている。剣聖は小麦色の肌をしていた。しかし、顔色は青白く見えた。


 これが魔法ってやつか。双畑は、目の前で起きた一瞬の攻防を眺めながら思った。用いられる武器が異なってはいるが、あの少女と〈瞬燃フラッシュオーバー〉が繰り広げたような、いや、より素早く力強い動きだった。普通の人間ではないのは明らかだった。


 全身鎧の大男と、吹き飛ばされた軽装の大女が剣を構え、一瞬睨み合った。


「早く!」

 コルガーが配下の騎士に向けて叫んだ瞬間、事態は動いた。


 円形の神殿に沿うように配置されていた騎士たちが我に返り再度動き出した。

 と同時に、双畑を中心とした明るい円の向こう、暗がりの中で虹色がかった光が輝く。

 騎士の一人が何かに吹き飛ばされ壁にめり込んだ。


「標的には逃げられました。代わりに騎士たちのお相手はわたしがやりますね、師匠」

 吹き飛ばされた騎士がいた位置に現れた人影が言った。


 聞き覚えのある声だ。双畑は思った。天井から差し込む光が、その人影が持つ剣の切っ先を照らしている。日本刀にしか見えなかった。



「あなただけでも厄介なのに……」

 コルガーは呟くと駆け出す。それに応じるように、剣聖と呼ばれた大女も大地を蹴った。


 ふたりが剣を振り抜く度に辺りは破壊されていく。

 石畳は砕け、剣戟の音が大気を圧する。


 その激戦を光景を、双畑は見ていない。彼は、巨大なふたりの剣士が発生させる砕けた石材が、自身に降りかかるのを他人事のように感じている。


 暗がりを駆け抜ける小さな方の侵入者を目線だけで追い続けている。

 小さな影が相手をする十数人の騎士たちは魔法にしか思えない術を用い、その剣で様々な破壊を生じさせている。炎、氷、雷、光、闇。

 しかし、日本刀が振られる度に虹色の光が輝き、魔法は無力化されていく。

 小さな影は、騎士を一人ずつ一太刀で斬って伏せていく。




 神殿跡らしきこの場所にふさわしい静寂が訪れるまで、数十秒が必要だった。

 コルガーが赤髪の大女の斬撃を受けきれず吹き飛ばされて動かなくなるのと、暗がりで虹色の光が最後に輝いたのは同時だった。

 

 無事なものは四人きり。双畑と姫。そして壁を崩して現れ、騎士共を蹂躙した大小ふたつの人影だけだった。


 姫は一歩も動かず立ち尽くしている。何も理解していないような笑みを未だに浮かべている。

 騎士達を一分足らずの内に圧倒したふたりは、姫を完全に無視している。


 気絶するか悶絶して動けなくなった--驚くことに死人はいないようだった--騎士たちは小さな方の人影によって後ろ手を縛られ、一か所に纏めて積み上げられていた。

 大きな方の人影は瓦礫の上に腰かけて俯き、鞘に収めた長剣を抱きかかえたまま先ほどから全く動いていない。


 双畑は、急変した状況に対応できず静かに座っている。


 と、彼の正面遠くにある大扉が軋みを上げながらゆっくりと内側に開いた。

 大扉から新たな人影が入ってくる。


 真っ白な男だった。髪も肌も目もすべてが白かった。白いスーツを着ている。

 色はともかく、この神殿跡や姫たちの服装と比較してかなり浮いているように双畑からは見えた。スーツだと? 文字どおり世界観が違うんじゃないか。彼は思った。


 吹き飛んだコルガーや吹き飛ばした大女程ではないにせよ、白スーツの男は長身だった。

 引き締まった体格をしている。端正な顔に呆れ笑いを浮かべながら、ゆっくりと神殿の奥に歩み寄ってくる。


「申し訳ありませんリーダー。標的は逃がしましたし、勇者召喚も防げませんでした」

 真っ白な男に向かって小さな人影が言った。


 騎士で出来た山に向かって歩きながら、新たに現れた男はため息をつく。


「しょうがないさ。それより、そこのどうしようもない大女の面倒を見てやれ」

 さっきから動かない大女を顎で指しながら返事をした。


「了解しました。ああ、吐かないでくださいよ師匠」

 白い男の指示を受けた人影は、大女に駆け寄りながら言った。


「大声を出すな…… おい、早く来いよ。横になりたい。頭が割れそうだ。ああ……? うるさいなあ……」

 大女は誰に言うでもなく呟いてから、駆け寄ってきた人影に対し続けた。

「 水。なあ、弟子よ。騎士どもから水をもらえないかな」


「お酒は控えてくださいと何度も」

「今日は休暇のはず…… だったろう……」



「さて、あなた程の人物が」

 背後で繰り広げられる会話を聞き流しながら、真っ白な男はにこやかに言った。

 騎士たちが仕える姫の方ではなく、騎士の山を見ながらだった。


「寝た振りはやめてください、バーラー伯コルガー二世殿。何の意図があって勇者召喚など。覚悟は出来ているのでしょうな」


「……尋問はもっと快適な場所でやりましょう。リーダー殿」

 騎士の山の天辺で仰向けになったまま、コルガーはため息交じりに答える。


「二日酔の女にあっさり負けたので、もっと寝ていたい気分なのですがね……」


 と、壁が崩れて以降固まっていた姫が、やっと周囲で流れる時に追いついたかのように、大きな声を上げた。


「はわっ。コルガー!わたしはどうすれば!」

「大人しくしていてください。姫」

 コルガーはさらに大きなため息をついた。



「さて」

 リーダーと呼ばれた白い男が自分に向かって言うのを双畑は聞く。同時に、彼の耳は微かに甲高い音を聞き取っている。


 その音は徐々に近づいてくるようだった。


「君が彼らの成果というわけだ…… さて、この服装は……」

 真っ白な男はそう言うと腕を組み、二日酔い患者を介抱している小さな人影に声を掛ける。


 先程気付いた甲高い異音がいつの間にか双畑の鼓膜を圧していて、双畑はその男の声をほとんど聞き取れなかった。


 リーダーの呼びかけに気が付いた小さな人影が、目の前の真っ白な男のもとに駆け寄ってくる。

 神殿内には強風が吹き荒れている。体中を叩きつけられているかのようだった。


 長剣を抱いた赤髪の大女が頭上に向かって拳を振り上げて何事かを叫び、その直後に剣を放り出してえずくのが双畑の目の端に映った。

 

 神殿内は轟音で満たされ何も聞こえない。


 と、小さな人影が、双畑を中心とする日向に飛び込んできて、その姿がはっきりと双畑の目に映った。

 目鼻立ちから同い年くらいだと思った。鴉が濡れたような黒髪だった。身長は双畑が覚えているより幾分伸びている。彼と同じくらいになっていた。髪型はポニーテールではなく短髪だった。

 

「よかった……」

 双畑は思わず言った。


 この一日で見慣れてしまった珍しい制服を着ていた。無表情かと思えば、怒ったり笑ったり泣いたり、感情表現が忙しいやつだと思った。

 雪と炎のなかで共に戦った。助けると自分自身に誓い、それを果たせず、そして、死ぬ直前に瞼の裏に焼き付くことになった、あの少女だった。


 唖然とした内心をそのまま顔に出している自覚を持ちながら、彼は少女を見上げる。


 どれだけ驚いた顔をしているんだろうな、おれは。双畑はそう思いながら、少女が何かを言うのを見つめていた。轟音以外は全く聞こえなかった。しかし、目の前の少女が何を言っているのかは分かった。今朝見たの同じ、怪訝でありながら攻撃的な表情をしていたから。


「なんなんですか。あなただれですか」

 絶対に聞こえないはずの声が脳内で再生された気がした。双畑は笑った。いや、泣いていたのかもしれない。


 気付けば、轟音の発生源は頭上から正面に移っている。

 少女の向こうに小さく見える大扉の隙間を、銀色に輝く大きな何かが降りてきて埋めた。

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