第1章第15節
「さて、説明しよう」
真っ白男は朗らかに言った。肌も髪も目も白いせいなのか、うるさく感じるほどの陽気さだった。
「愛らしさを保ったまま大人になってしまった姫君が言ったことは概ね正しい。が、補足すべき点が多い」
周囲が命令に従うことに慣れ切った人間のみが出せる声色だった。
「まずは君の理解を確認しようと思うが…… しかし、ある程度は分かっているようだね」
分かっているようだね、だと。双畑は思った。
数百年前の甲冑を纏った騎士たち、あり得ないほどひらひらしたドレスの姫、見たこともない規模の廃墟。たった今捩れて消え去った廃墟。時空震だと? 今のは〈超常現象〉で間違いない。もちろん制服を着た少女について、併せて俺がここにいる経緯についても。
分からないことだらけに決まっているだろうが。
しかし、ひとつだけ確信を持っていることがあった。
スペースオペラのような世界観でしか存在しないような巨大な飛行戦艦と、この世界の光景はどうにもちぐはぐに思えたのだった。
そして、この世界の街並みに似合った装いをしていた姫と騎士共と、この真っ白男が率いる手勢は敵対しているようだった。格好も異なりすぎた。
真っ白男はスーツを着ているし、剣聖と呼ばれていた赤髪の大女は飾り気の一切ないシャツにズボンだった。見覚えがありすぎる少女に至ってはセーラー服だった。
つまり答えはひとつ。
双畑は、返事を待つかのように組んだ腕を開いた真っ白男に向かって問いかけた。
「お前らは」
「そのとおり!」
「おれと同じで」
「君とは事情が違うがね」
「別の世界から来た人間なのか……」
双畑が口を開く度、真っ白男は質問を先取りして回答した。問いは尻すぼみになり空気中に消えていくようだった。
こいつも会話が成立しない類の人間だったか。双畑はがっかりして目の前の男を睨んだ。
「頭の良さをひけらかしているんですか?そういう人間は信用できないんですが」
「仕事には楽しみを見つけないとな! それに、丁寧な説明をする必要はないだろう」
真っ白男は楽しいことがあったかのように愉快げな微笑みを浮かべて答えた。
「君は、このテンペストに平然と乗り込んだからね。ああ、巨大な人工物を作り出せない世界の住人は、この船を見るともっと大げさな反応をするものなのだよ。つまり、君がそれなりの文明出身だということが分かる。ならば、こういう荒唐無稽な出来事を扱った創作物が身近に会ったのではないかな?」
ほとんど笑い出す寸前といった真っ白男の態度を見て、双畑は一層の反感を覚える。
おれの反応を見て楽しんでいやがる。そういえば、おれに気が付いてないふりを貫いているあの少女は一体何のつもりだ。人違い…… なのか?
心なしか、立ち位置がおれに近くなっているような気がする。何故なにも言わない。
双畑は少女を睨んだ。
顔だけを外に向けている彼女は、慌てたように首の角度をさらに急にした。
双畑の態度に頓着せず説明は再開される。
「君がこの世界に来たのはたまたまだ。特別でも何でもないから勘違いをせぬように。ああ、姫君の言う『魔王』に対抗するために、それなりの特典が付与されているのは確かだ。でなければ我々と会話が成立するはずもない。勇者を異世界から呼ぶのではなく、呼ばれた人間が勇者になる。そのような魔法なのだ。勇者召喚というのは」
そう言うと彼はため息をつき、続けた。
「本来は成功するはずのない魔法だったのだがね。厄介な黒幕がいると分かっては動かざるを得なかった」
「黒幕?」
少女を睨み続けている双畑はその言葉に注意を引き付けられた。
そういえば、神殿がぐちゃぐちゃになる前に何か、やりとりがあったような。
「君には関係ないから割愛するよ。この世界に危機が迫っており、対抗するために彼らは君を召喚した。それは事実だ」
「じゃあなんで」
「なぜ、邪魔をしたのか?もちろん、この世界のためさ。救世こそが我々の仕事だ。なかなか現地人に理解してもらえないのが悩みだがね。しかし、詳しく説明する前に……」
そう言ってから真っ白男は再びため息をついた。双畑から視線を少し外す。つられて双畑もその方向に顔を向ける。
もはや外を眺める振りもしていない少女の顔が目の前にあった。手を伸ばせば届く位置だった。
椅子に座る少年を見つめて眉を寄せている。と、
「思い出した」
少女は目を見開いてそう言った。真っすぐな、吸い込まれそうな瞳に双畑は息を飲んだ。
この目、この顔。やはり間違いない。双畑は確信した。
「先に済ませるべきだったな」
真っ白男はどうぞと言うように手を振った。
「「死んだはずじゃ!」」
双畑と少女は同時に声を上げて同時に黙る。そして、怒涛のように話し始めた。
「戦いはどうなったんだ」
「あの後あなたを探した」
「気づいたらあの神殿にいて、騎士たちに囲まれていた」
「戦い続けて、気が付いたら病院で寝てたいたの」
「雰囲気が変わった。髪を切ったな」
「あなたは変わらない」
「明るくなった」
「愉快な間抜け顔」
「生きていたんだな」
「よかった」
「自己紹介が未だだったな」
「3年前に言うべきだったけれど」
「双畑理一だ」
「ルリ、これがわたしの名前」
ルリは優しげな微笑みを浮かべている。双畑はそれに見惚れていた。
ふたりは遂にお互いの名を知ったのだった。
見つめ合っていることに羞恥心を覚えたのか、ルリは顔を背けた。感情表現が随分豊かになったな。双畑は思った。
いや待て。なんと言った。三年前? どういうことだ。双畑は我に返り、質問を投げかけようと息を吸い込む。
「ストップ。話が変わった」
真っ白男が割り込んできた。
「君があの双畑少年であれば、既にルリがだいたいのことを説明済みということになるね。ああ、蓄積情報が勝手に教えてくれるのさ。さて、いろいろ省かせてもらうよ。こんなこともあるのか。まさかコルガーの想定どおりというわけもあるまいが。まあ、荒唐無稽は昨今の常識ではある。いやはや、楽しいな!」
双畑はいきなり饒舌に話し始めた男をじろり睨んだ。
ルリはため息をついて一歩下がった。
真っ白男は気にせず続けた。
「君の世界も滅びの危機にある。時空震、時空震だ。さっき見たあれだよ。不安定な世界では時空震が頻発する。世界がおかしくなっていく証拠だ。時空震が起きる度、世界が壊れていく。君も、故郷のニュースで見たことがあるのじゃあないかな?」
「〈瞬燃〉を倒して万事大丈夫になったんじゃなかったのか」
双畑は、ルリが公園でした説明を思い出しながら問いかけた。
「ならなかったのさ。いや、睨まないでおくれよ。三年前とたいして状況は変わらない。ただ、あれこれ見逃していたというワケでね。最近、我らの敵が何やら画策しているようなんだ。本当は、ルリ一人に飛んでもらう予定だったんだが……」
一呼吸入れて男は言った。
「君の世界を救いたいのだ。力を貸してくれないか。三年前、命と引換えに彼女を救ったように。〈勇者召喚〉された君には、それを成し遂げるだけの力があるのだ」
おれが死んだだと。双畑は混乱した。
しかし現におれはこうしてここに。三年前? いや、勇者召喚とか言っていたな。それで理屈が合うワケがない。過去最大級の説明不足だ。おれにそんな力が? こいつは俺の未来視を知っているのか。そんなに便利なもんじゃないぞ。
いやいや、そもそもこの男はどこの誰なんだよ。地球が滅ぶ? 〈瞬燃〉を倒して救えたのではなかったのか。いや、光る王冠を被った敵がふたり、戦いの途中で現れたのだった。あいつらは倒せたのか? もしそうでないなら。
と、視線を巡らせて思い悩んでいた双畑の目に、静かに立っているルリが入り込んだ。
彼は思い出した。
「助けてくれると嬉しいです」
ルリがそう言ったことを。そして、自分が選択したことを。
この異世界に召喚されてから次々と襲いくるあり得ない光景で半ば麻痺していた彼の意識は、この瞬間に覚醒した。
「もちろん」
双畑は覚悟を持って答えた。
「最高の返事だ」
真っ白男は笑顔で言った。
「では早速、君の力を試験しよう」
と、部屋の扉が横に滑り、大きな人影が双畑の目に入り込んできた。
二日酔いの大女だ。彼は思った。
彼の常識ではあり得ないほど体格の良い女が少し屈んで立っていた。
猫背にしてなお、頭が扉の上部に当たりそうだった。肌は浅黒い。
あの神殿で、ルリと共に騎士共を蹴散らした女だった。薄暗い神殿とは違い、顔立ちがよく見えた。目鼻立ちははっきりしていて、豪奢さすら感じるほどだ。
側部を刈り込んだ極端な短髪と燃えるような赤髪が、彼女が持つ自信を主張している。覇気を感じさせるほどの生気をその目から発していた。
「おはよう」
大女は、上品さと元気の良さを感じさせる調子で朝の挨拶を言い放った。
「……調子はよろしいようですね、師匠。もう午後ですが」
この場の誰も返事しようとしないのを見てからルリが言った。
「二度寝は常によろしいのだ。そろそろ理解するべきだな、我が弟子よ」
大女は諭すような調子で答えた。双畑を見る。
「朝の運動に付き合ってくれる相手が増えたと聞いたが。そうかあ、勇者かぁ……」
口元を大きく釣り上げると続けて言った。
「おもしろそうだ」
猛獣のような笑みだ。双畑は思った。




