第18話:買い物
ドルトン工房で道具のメンテナンスをしてから、冒険者ギルドに顔を出すことにした。
でも冒険者ギルドの前に、やけに人だかりがある。
「ん? どうしたんだろう?」
気になったボクは存在感を薄くしながら、コッソリ野次馬に混ざる。
何やらギルドの中に、誰か有名人がきたらしい。
隣の野次馬の人に聞いてみよう。
「誰が来たんですか?」
「何でも《剣聖》様が、このハメルーンの街に来たらしいよ、兄ちゃん」
「えっ⁉ あの剣聖様がですか⁉」
思わず声を上げてします。
《剣聖》は大陸屈指の剣士の称号の一つ。超腕利きの剣士だけに与えられる名誉の称号なのだ。
《剣聖》になるには《剣神》という至高の存在に、認めてもらう必要がある。時代によって代々引き継いでいく剣士なのだ。
大陸事典でボクもその称号だけは知っていた。
そんな凄い人が、どうしてハメルーンに来たのだろうか?
野次馬の人も、もう少し詳細を聞いてみよう。
「何でもハメルーンの街の南の“魔の森”で、剣聖様が上級魔族を退治して、その報告に来たみたいだよ」
「えっ、ハメルーンの近くに、上級魔族が出たんですか⁉」
魔物辞典によると魔族は、魔王の直属の眷属で人型の魔物だ。
それほど数は多くはないが、知性があり高い戦闘能力を有する。
普通の魔物と大きく違うのが、【魔王の加護】を有していること。
【魔王の加護】は通常の攻撃を、大きく減退させる。
破れるのは特殊な神剣や、加護を持つ者だけ。
また魔族には、強さによって【上級魔族】と【下級魔族】の階級がある。
【下級魔族】なら加護や神剣がなくて、腕利き剣士であれば辛うじて勝つことが可能。
だが【上級魔族】は別次元。
神剣や加護無しの剣士が勝つことは、絶対に不可能。
一体だけで都市国家を滅ぼせる、恐ろしい戦闘力を有しているのだ。
「そんな上級魔族を倒したのか……凄いな剣聖様」
恐らく凄く屈強な剣士なのだろう。
あと凄く強い聖剣や魔剣を、装備しているに違いない。
何故なら上級魔族を倒せるくらいだから!
「剣聖様か……どんな人なのかな。ん? あの赤髪の子は?」
ギルドから赤髪の少女が出てきた。
その顔を見て、ボクは思わずドキリとする。
あの“一角ウサギもどき”の所にいた、気の強そうな女剣士なのだ。
「うわー、あの子と顔を会わせると、“嫌な予感”がするんだよね。仕方がない、違う所にいこう」
とても綺麗で可愛い子だけど、なんか危険な予感がする。
ボクは野次馬からコッソリと離れていく。
ふう……ここまで来たら、もう大丈夫だろう。
「今日は冒険者ギルドには、近づかない方がいいな。でも、時間も余ったし、どうしよう?」
休日の時間の予定は皆無。
基本的に物作り以外に趣味はない。一日の休みを持て余してしまうのだ。
「あっ、そうだ。回復系のポーションを買いにいこう!」
必要な買い物の用事を、思い出した。
冒険者に必須の回復系のポーションを、ボクはまだ所有していなかったのだ。
神官や回復系の魔術師が、同じパーティーにいたらポーションはそれほど必要ではない。
でもソロで鍛冶職なボクにとって、回復手段は死活問題。
だから急いで買う必要があるのだ。
「よし、ポーション屋さんに向かおう!」
中央広場から魔術街に向かう。
前に教えてもった情報だと、魔術街にポーション屋さんが、何件かあるらしい。
「おっ、ここが魔術街か」
目的の場所に到着した。
薄暗い狭い路地の両脇に、何件か魔術の専門店がある。
回復系のポーションは、こうした魔術系の店で売っているのだ。
「うーん、沢山の店があるな。どこにしようかな?」
路地を進みながら店選びに、悩んでしまう。
どの店も店頭の料金表が書いてあり、ポーションは扱っている。
でも鍛冶師のボクは、ポーションの知識は専門外。どの店が良い店か見当がつかないのだ。
「こんなことならドルトンさんか、受付のお姉さんに、オススメの店を聞いてくればよかったな……」
今日はポーションを買いに来る予定はなかった。
迷っている内に、路地の突き当たりに来てしまう。
仕方がないから引き返して、適当な店にしようかな。
「ん? あれ? ここ、扉がある……ぞ?」
突き当たりに、不思議な建物があった。
一見する何もない石の壁。
でもよく見てみると扉があるのだ。
扉には《マーズナル魔術屋》と書いてあった。
「随分と控えめな店だな。でも面白そう。入ってみよう!」
扉を開けて、中に入っていく。
薄暗い店内で、ロウソクの火が各所に揺れている。
誰もいないのかな?
「ごめんください。誰かいますか? ポーションを買いにきたんですが?」
色んな商品らしき物が、店内には陳列されている。
でも売り子らしき人は、どこにもいない。
もしかしたら休憩中か、外出中なのかな?
仕方がないから出直しそう
「あっ、いらっしゃいませ!」
そんな時、奥から店の人が出てきた。
ショートカットの青い髪の女の子だ。
歳はボクと同じくらい。
ということは店番の人かな?
とりあえず訊ねてみよう。
「あのー、回復系のポーションを欲しいんですが、扱っていますか?」
「回復系のポーションですね⁉ はい、あります。ちょっと、待ってください……きゃっ!」
ショートカットの女の子は、いきなり転んだ。何もない平地で。
もしかしたら少し“うっかりさん”な子かもしれない。
「し、失礼しました。回復系のポーションでしたら。私の作った自信作があります!」
「えっ、キミ……魔術師だったの? あっ、ごめん、失礼なこといって」
まさかの事実に、思わず聞き返してしまう。
ポーションを作っている人は、老婆か妖艶な女性魔術師がイメージにあった。
まぁ、これも魔術辞典のイラストの先入観なんだけど。
「はい、そうです。私はサラと言います。こう見えてちゃんとした魔術師です、駆け出しですが。あっ、でもベテランのお婆ちゃんの作ったポーションもあるので、比べてみてから買っても大丈夫です!」
なるほど、そういうことか。
ちゃんと魔女風のお婆ちゃんもいるのか。どうやら今は留守番中なんだろうな。
「それじゃキミの作ったポーションを試してみようかな?」
「はい、分かりました! 今、私の魔道具からポーションを抽出しましね……あれ? おかしいな……」
見習い魔術師サラは、何やら困っている。
どうしたのだろうか。少し覗き込んで声をかけてみる。
「大丈夫? 魔道具の故障?」
「はっ、はい。実は昨日から、魔道具の調子が悪くて……」
「よかったボクが直してあげようか? 実は鍛冶師なんだ!」
「えっ、それじゃ、お言葉に甘えて、よろしくお願いいたします。えーと……」
「ボクの名はハルク」
「ハルクさん、よろしくお願いいたします!」
こうして見習い魔術師サラのポーション抽出用の魔道を、ボクは修理することになった。
◇
――――だがこの時、魔術師見習いサラは知らなかった。このパッとしない青年ハルクが、実はとんでもない鍛冶師なことを!
――――魔改造されたサラのポーションが、とんでもない効能を発揮することを!




