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11話 家畜の叛乱

 イオの街、冒険者ギルド。そこの応接間へと通されたアーネストは、自分へと向けられる冷たい視線に冷や汗をかいていた。

 彼にそのような視線を向けている相手、それは同じ『赤光の灯火』のパーティメンバーであり自身の姉でもあるアネリアだった。


「えっと、姉さん。なんで俺をそんな睨むような目で見て……俺、なんかやった?」


「ええ、やったわ」


 端的な姉の言葉にアーネストの頬が引きつる。

 この場にいるもう一人の人物であり、同じく『赤光の灯火』のメンバーである大人しそうな少女、カティアが助け船を出そうとする。


「あの、ここは私たちの拠点とか宿じゃなくて冒険者ギルドの一室なんですから、そういう話は迷惑になってしまうのでやめたほうが……」


 カティアの控えめな言葉に、アーネストは助かったとばかりに乗る。


「そうそう、依頼の件で応対するギルドの職員がもうすぐ来るんだからさ。内輪の話はここではやめようぜ」


 そんな彼の様子に先程ギルドのホールでの勝ち気だった様子はまるでない。ここにいるのは姉に頭の上がらない年若い少年でしかなかった。

 そんな彼の様子にアネリアは一つ溜息を吐いて、頷いた。


「それもそうね」


 アーネストとカティアは顔を見合わせ、安堵の息を吐いた。どうやら分かってくれたらしい。


「ギルドの人が来る前にお説教は終わらせないといけないわ」


 どうやら分かってくれてなかったらしい。


 この話を後に回さないというアネリアの強い意思を感じる。

 そしてどうやら彼女はアーネストへお説教があるらしい。

 アーネストは再度姉から鋭い視線で射貫かれた。反射的に背筋が伸びる。


「さっきの喧嘩、あれはなに?」


「喧嘩って、あれは受付の人相手に凄んでたやつがいたから、助けようと思って……」


 どうやら先程の騒動について何か言いたいことがあるらしい。

 だがあの行動の何を咎められるようなことがあったのだろうか。むしろ褒められてもいいはずだ。


「事情は私も分かっている。でもそうは見えなかったわ。もっといくらでも穏便に収めることはできたはずよ」


 だがそんなアーネストの言葉をあっさりと切って捨てる。

 アーネストは後退りながら言い訳のように言い返す。


「いや、だって相手から暴力に訴えてきて……」


「そう。私には挑発して相手から手を出すのを待っているようにも見えたけど」


「それは……」


 アネリアの否定にアーネストは言葉に詰まる。

 そんなつもりはなかった。あの場に割って入ったのは彼の正義感とか義侠心とかそういったものによるものである。それは本当だ。

 だが――同時にそれだけではなかったのかもしれない。


「その――姉さんやカティアや、あとイオの冒険者たちにいいところを見せたいというのも、ちょっとありました……」


 か細い声でそう呟く。

 羞恥で赤くなった顔を隠すように俯ける。自分の奥底の見せたくない部分を暴かれたようで死にたいくらい恥ずかしい。

 カティアはそんな彼を見て好意的な色を含む微笑みを浮かべていたが、一方でアネリアは真剣な瞳で弟を見据える。


「自分の力を見せつけて格好つけたい、誉められたいという気持ちは私も分からないでもないわ。でもこのイオには私たちよりも高位の冒険者はいないのは分かっていたはず。自分より明らかに弱い相手に力を示すのは格好いいどころかただみっともないだけよ。それこそ大人が子供たちの中に乱入して威張ってるようなものね」


「うう……」


 すっかり意気消沈する弟の姿を見て、ちょっと言い過ぎたかな、と内心動揺する。

 慰めなければ、という衝動に駈られるが、それではわざわざ説教を行った意味がない。彼にはもっとしっかりしてもらわなければいけないのだから。


「アーネスト、あなたは私たち『赤光の灯火』のリーダーでしょう。その自覚を持って行動しなさい」


「……だったら姉さんがリーダーやればいいのに」


「甘えたことを言わない」


 確かに現時点ではアネリアの方が優れており、実質的なリーダーも彼女である。ランクも他の二人よりも一ランク高い。

 だが立場というものは人を成長させる。弟の将来を思えば、自分たちのリーダーとして相応しい人間として成長して欲しい。だからこそアーネストをパーティーリーダーとし、彼女はそのサポートをすることを選んだのだ。


 落ち込む弟の姿にこれまでの厳しい視線を引っ込めて慈愛の目を向けながら、その肩を叩いた。


「でもやり方はさておき、あの場で助けるために行動した事に関しては純粋に褒めたいわ」


 それを聞いて、アーネストの表情がみるみる明るくなっていった。

 そんな単純な彼の様子を、アネリアとカティアは微笑みながら見つめていた。




 ギルドの職員が彼らの待つ部屋にやってきたのはそれから少ししてからだった。


「いやぁ、お待たせしました。冒険者ギルドのイオ支部長、マルコスといいます」


 やってきたのは小太りの中年男性だった。やや薄くなった頭をかきながら笑みを浮かべて頭を下げる。

 彼らの所属する冒険者ギルドの支部長という地位にも関わらず、腰の低そうな態度だ。


「えっと、Dランクパーティー『赤光の灯火』リーダーのアーネストです。こちらはメンバーのアネリアとカティア」


 挨拶を交わすと、マルコスが差し出した手を握った。

 マルコスは握手を交わしながらアーネストのパーティーメンバーにも目を向ける。そしてその内の一人に気付き、目を丸くする。


「おや、アネリアさんじゃないですか。まさかあなたが来られるとは」


「お久しぶりです、マルコスさん。支部長に出世されていたんですね」


 知り合いらしき二人に驚き、アーネストは姉へと視線で尋ねる。


新人(Fランク)時代にお世話になっていた職員の方よ。まさか支部長になっているとは思わなかったわ。それにそんな人が数年前の一介の新人を覚えているなんて」


 その言葉にマルコスは笑みを浮かべる。


「新人といっても将来大成しそうな資質がある人は早い内から目に付きますからな。そういう人物に目を付けておいて、将来有名になった時に『新人の頃からその才能を見抜いていた』なんて自慢するのは私のちょっとした楽しみなんですよ」


「……なんというか随分楽しげな趣味をしていますね」


 アネリアは照れくさいのを誤魔化すようにそう言う。

 一方でアーネストは姉の才能が認められていることへの自慢気な思いと、同時に自分は新人時代に目を付けられなかったのかという落胆で複雑な思いを抱いていた。


「しかしDランクパーティーと聞きましたが、てっきりあなたはもっと上のランクに上がっているかと思っていました」


 彼女がイオを出たのはおよそ二年半程前のことだったか。時期を考えると順調にいけばC+ランクくらいまで上がっていてもおかしくないと思っていただけに少々意外だった。


「一応私個人のランクはD+ですが……まあ一年程活動を休止していましたので、そのせいですね」


「一年もですか、それは聞いてもよい事情なんでしょうか」


 遠慮がちに尋ねるマルコスに、アネリアは僅かに悩む仕草を見せるが、隠すことでもないと判断したのか自身の事情を説明する。


「大した事情ではないですよ。一年前ちょうどD+ランクに上がった頃に、同じく冒険者になった弟がやってきたんです」


 話題となったアーネストはさりげなく目をそらす。冒険者となった姉を追って同じ冒険者となった彼だが、正直恥ずかしいのでその話をあまり他人にしてほしくはない。だがそんな願いは通じず、アネリアはどこか嬉々とした様子で語り続ける。


「私とパーティを組みたいと言ったのですが、当時この子のパーティーはEランク。ランクの離れた者同士でパーティーを組むのは禁止されていますから、弟たちが私のランクに追いつくまで私は冒険者活動を休止することにしたんです」


 ランク差のあるメンバーでパーティーを組むと、経験値に関する問題が出てくる。ランクの低すぎる魔物を倒しても経験値が手に入らないのだ。ランクの低いメンバーに合わせたフィールドに出れば、高ランクの側にとってせっかくの経験値を無駄にしてしまう状況を作ってしまう。

 そのため、一定以上のランク差があるもの同士でパーティーを組むことは冒険者ギルドでは基本的に禁止されている。


「それで先日ついに弟たちもやっとDランクに到達したので、私も復帰して三人でパーティーを組むことにしたんです。今回の依頼はこのパーティーでの初めての活動ですね」


 マルコスは納得したのか微笑みを浮かべて頷いた。


「それはおめでとうございます。それにしてもあなたたちが依頼を受けてくれて助かりました。このイオは辺境の田舎ですからな、わざわざ余所の街から高ランクの冒険者が来てくれるか不安だったのですよ」


 イオの街は初心者冒険者の街として有名である。だがそれは逆に言えば、一定以上のランクに達した冒険者にとっては魅力のある街ではないという意味でもある。高ランクの冒険者を集めるのには難儀していたのだろう。

 そんなマルコスにアネリアは笑って答える。


「私たちは三人ともイオの生まれなんですよ。Dランクともなれば冒険者として一人前ですからこの期に依頼ついでに一度帰省しようと思いまして」


「なるほど、それは幸いでした」


「それに、お互いの家族に挨拶も必要ですから」


 挨拶? と首を捻るマルコスだったが、アーネストとカティアが揃って顔を背けるのが目に止まる。二人の顔は赤く染まっていた。

 二人の様子を見てマルコスもなんとなく察した。


「あー、それはつまり……」


「まさかうちの弟がこんなに手が早いとは思っていなかったというか、私と再会するまで恋人とのんびり二人旅してたなんて」


 どうやらこのアーネストとカティアは恋人関係にあるらしい。つまり帰省とともに婚約なり結婚なりの挨拶をする予定なのだろう。先程言っていたようにDランクになれば冒険者として一人前として見られることになる。身を固めるにもたしかにいい機会かもしれない。


「つまり『赤光の灯火』はあなたの弟と義妹とのパーティーなのですね」


「まさか身内だけでパーティーを組むなんて思ってもいなかったですよ」


 そう談笑する二人に、話題となっているアーネストたちは身の置き所がない。

 これ以上この話を続けられるのはたまったものじゃないと話題を変えることにする。


「そ、そんな話よりも依頼について話をしましょう。そのために俺たちをこの部屋に通したんですよね」


 その言葉に二人はようやく脱線に気付いたのか、その表情を引き締める。


「おっと、話が大きくずれてしまいましたね。それでは依頼の話に移りましょうか」


「ええ」


 その様子にアーネストはほっと胸を撫で下ろす。

 だがアネリアたちが仕事モードに戻ったのに自分もいつまでもそのままではいられない。一応とはいえ彼がこのパーティーのリーダーなのだから。

 アーネストは依頼について確認するべく尋ねた。


「依頼はミミネズミの群れの討伐ということだけど、俺たちDランクに頼む必要があるんですか?」


 Fランクの魔物を倒すなら冒険者もFランクでいい。にも関わらずDランク――四ランクも上の冒険者を呼び寄せた。当然それだけの理由があるはずである。


「なんでも空飛ぶミミネズミがどうこうって話を聞いたけど、ミミネズミって飛ぶんですね」


「ええ。もともとミミネズミはあの大きな耳を翼のようにして空を飛ぶことができるんです。これを使って群れの引っ越しをするのはミミネズミの大移動としてそれなりに知られています。ただ……これを用いて人を攻撃するという事例は初めてです」


 その言葉にアネリアは溜息を吐く。


「なるほど、飛行する群れが迫ってくるともなれば新人には荷が重いかもしれない。それにミミネズミは動きが遅いのが弱点だったはずだけど、空を飛ぶのならその欠点もなくなりますね」


「でもイオにはEランクまでの冒険者はいたんじゃないか。俺だってEランクまではイオに居たし、さっきの男なんてE+だ。わざわざ余所の街から俺たち(Dランク)を呼び寄せる必要があったのか?」


 Dランクの彼らからみればイオにいるEランクの冒険者たちは格下だが、それでもミミネズミに対しては十分上位者である。相手が群れで飛行して来ることも分かっているのだから、事前に対策を練れば問題ないはずだ。

 だがその言葉にマルコスは溜息を吐いた。


「実はこれまで何度かEランクの冒険者を派遣しました。最近増えていた始まりの草原での行方不明の調査、そしてミミネズミの暴走が発覚してからはその討伐に。しかし彼らのほとんどはそのまま帰ってきませんでした」


 Eランク冒険者がミミネズミ相手に返り討ちにあったという事実にアーネストとカティアは驚きの表情を浮かべる。どうやら思った以上に大変な依頼らしい。

 一方でアネリアはマルコスの口にした言葉に気になるものがあった。


「行方不明、ですか?」


「ええ。ここ一、二ヶ月、始まりの草原に向かった冒険者たちがそのまま帰ってこないということが多発していたんです。そこでEランク冒険者を数組その調査に送り込んだのですが、彼らも……」


 マルコスのその説明にアネリアは考え込む。


「もしかして『名有り』がいるのかしら」


「『名有り』?」


 アーネストは聞き慣れない言葉に首を傾げる。どうやら初耳だったらしい弟の様子に一つ溜息を吐きながら説明する。


「『名有り(ネームド)』っていうのは同種族の中でも別格の魔物よ。人間から見て名前を付けるに値するね。要は賞金首になるような魔物って考えていいわ。私も話に聞いただけで実際には遭遇したことはないんだけど」


 名前というのは他者との区別に必要になるものだ。例えばミミネズミにしてもそれぞれにちょっとした個性程度の違いはある。もっとも魔物を狩る人間にとってその区別は必要ないだろう。

 だが、仮にミミネズミの中に一匹だけ群を抜いて強い者がいれば、他のミミネズミと同じ扱いをすれば足下をすくわれかねない。それゆえにそのような魔物には名前をつけ、他の魔物と区別を付けるのだ。

 名有りの魔物(ネームドモンスター)の討伐には冒険者ギルドから高額の賞金をかけられている。つまりそれだけ珍しく、かつ危険な魔物ということだ。


 今回の場合はその存在を冒険者ギルドでも未だに把握していないため実際に名前を付けられたわけではないが、同種より群を抜いて強い魔物がいる恐れがあるという意味では同じ事である。


「私たち人間は魔物を狩ることで経験値を得て強くなるけど、逆に魔物が人を殺せば同じようにその経験値で強くなる。行方不明者っていうのも魔物に殺されて、名有り(ネームド)の成長の糧になったんでしょうね」


 彼女の推測は当たっている。多くの人間が始まりの草原で一匹の魔物に殺され、その糧となったのだ。

 ただし――その『名有り(ネームド)』がスライムだということには当然ながら思い至っていなかったが。


「名有りは経験値で成長している分、ランクが同種の魔物よりも高い。でもそれ以上に百戦錬磨、多くの実戦を戦い勝ち抜いてきた厄介な魔物よ。実際の強さは更に一ランクくらい上に見積もった方がいいと言われるわ」


 そこでふと思いついたように続ける。


「行方不明――つまり死体が出てないってことだけど、それが名有りによるものだとしたらかなり頭がいい可能性もあるわ。実際それでギルドは対応が遅れている。死体の状態を見て相手の情報を得る事も出来ない。あと集団飛行からの襲撃も、名有りの発案かもしれないわね」


 アネリアの説明を聞き、アーネストは思った以上に厄介そうな依頼だと理解し顔を僅かに強張らせる。


「なるほど、ただでさえ厄介そうだけど、もしかしたらもっとヤバイやつが出るかもしれないから俺たち(Dランク)に依頼したってわけか」


 その言葉にマルコスは頷いた。


「ええ。これ以上ランクの低い冒険者を危険を覚悟で送り込むよりも、より高位の冒険者に確実に対処してもらう方がいいと思いました。受けてくれる人はなかなかいませんでしたが、あなたたちが受けてくれることとなり、本当に感謝しています」


 Dランク以上の冒険者たちが狩り場とするようなフィールドはイオ周辺にはない。そのため高ランクの冒険者はよほど条件がよくない限りはわざわざイオまでやってこないだろうというのは容易に予想できた。

 それゆえマルコスが高ランク冒険者たちが拠点としている他の街へ依頼を出したのは、正直なところ駄目で元々くらいの気持ちだったのだ。にも関わらず彼らが依頼を引き受けやってきてくれたのは思いの外早かった。予期せぬ幸運であった。


「一応確認しますが、私たちがミミネズミを殲滅しても構わないんですね」


 そう確認するアネリアに首を傾げたのはアーネストだ。


「構わないも何も、それが俺たちへの依頼じゃないか」


 その言葉にアネリアは頷きつつも、自らの懸念を口にする。


「もちろんそうだけど、また別の問題として冒険者ギルドはランクが下の魔物を狩ることは推奨していない――いえ、禁じているわ。実際イオでもそれで罰則を受けた冒険者がいたはず」


 初耳の事実に驚くアーネストに対し、マルコスは苦笑しつつも頷いた。


「その通りです。といってもあれは今回の件とはケースが違いますけど」


 マルコスは当時の事を思い出し、顔を歪めて溜息を吐いた。


「あれは三年ほど前の事ですが、当時E+ランクのとある冒険者パーティーが始まりの草原に無断で立ち入り、スライムなどの魔物の群れを狩り殺してまわったのです。彼らによって始まりの草原に住む魔物はその数を大きく減らしまいました」


 憤懣やるかたないといったマルコスに対し、アーネストは戸惑っていた。


「いや、魔物を殺すってことならFランクの新人だろうがそいつらだろうが同じことじゃないか? なんでE+ランクの場合はダメなんだ」


 その当然といっていい疑問に答えたのはアネリアだった。


「経験値よ。格下の魔物からは経験値がほとんど入手できない。その冒険者たちは相当の数の魔物を殺したみたいだけど、経験値はほとんど手に入らなかったでしょうね。だから冒険者ギルドは二ランク以上ランクが下回るフィールドに立ち入ることは基本的に禁じているわ」


「その通りです。後に本人たちに事情聴取したところ、経験値度外視で雑魚を一方的に殺してストレス発散したかった、などと自分勝手なことを言っていました。彼らの身勝手な行為によって、本来新人たちがランクを高めるのに必要な経験値がどれほど無駄にされてしまったことか!」


 語っている内に当時の苛立ちも思い出したのか、次第にマルコスの声が大きくなっていく。

 だがそこまで語ったところでその怒りを引っ込めて、嘲笑うような冷たい笑みを浮かべる。


「まあそんな彼らは当然ながら冒険者ギルドから大きな罰則(ペナルティ)を受けました。その後の冒険者生活に相当差し支えるほどのね。彼らも身勝手な行為の代償は身を以て知ったことでしょう」


 そう言ってのけるマルコスに、アーネストたちは若干引いていた。

 たしかにそんなリスクがあるというなら、アネリアがちゃんと確認しておきたいのも当然だろう。


「それにしてもまるで魔物を狩ること自体よりも、経験値を得ることの方が大事とでもいうような物言いなんだな」


 皮肉っぽくそう言う。魔物狩りを生業としているアーネストとしては思うところがあっての言葉だった。

 だが返ってきたのは彼の期待とは異なる反応だった。


「それはもちろんその通りですよ」


 あっさりと肯定されて驚くアーネストを余所に、マルコスは言葉を続ける。


「魔物――特に低ランクの危険度の低い魔物なんて経験値を刈り取るためだけの存在です。高ランクの強力無比な魔物と戦う冒険者を育てるためには、彼らを狩るのは絶対に必要な行為です。低ランクの魔物は言ってしまえば、経験値を収穫するための家畜(・・)でしかない」


 そう、彼らにとっては低ランクの魔物なんて経験値という名の肉を生み出す家畜にすぎないのだ。

 だからこそ件の冒険者は許せなかった。大事な家畜を打ち捨てて腐らせたようなものだからだ。


「始まりの草原は大陸全体で見ても危険度も極めて低く安全な放牧場(・・・)です。その安全性を維持するためなら、今回のミミネズミの群れくらいは切り捨ててもいいと、そのくらいの覚悟は決めています。まあ関係のない他の魔物に手を出すのはなるべく避けてほしいですが」


 それはつまり、危険なミミネズミたちについては彼らに殺されてその経験値が無駄になってもいいということだ。納得のいく答えをもらったアネリアは静かに頷く。


 マルコスはそこで恥ずかしげに頭をかく。


「いやぁ、というのも実はそれで以前ちょっとした失敗をしたことがあるんですよ」


「失敗?」


 よくぞ聞いてくれたとばかりにマルコスは説明する。どうやら恥ずかしそうにしつつもその失敗談を語りたかったらしい。


「こちらは二年ほど前の事ですが、これも始まりの草原で、ある新人冒険者がなんとスライムに殺されたということがありまして」


「スライムに……! スライムって、始まりの草原に生息するあのブルースライムですよね?」


 ブルースライムというのはこの始まりの草原などに生息するスライムの正式名称である。大陸には他にも様々なスライムもいるのだが、ブルースライムはその中でも最弱種として知られている。

 驚くアネリアたちに、マルコスは頷く。


「ブルースライムに本来人を殺傷するほどの力はないため、これは名有り(ネームド)かと当時の支部長は問題が大きくなる前に迅速な対処をするべきと即座に対応を行いました。そしてFランク、F+ランクの冒険者たちへ、件のスライムへの討伐クエストを出したのです」


 それの何が問題だったのか。疑問に思うアーネストたちへ、マルコスは遠い目をしてかつての失敗を語る。


「ですがFランクの新人に危険なスライムかどうかの区別が付くわけがなかったのです。そもそもクエストを出す判断が迅速というか拙速過ぎて、調査も不十分でした。討伐対象であるスライムの特徴もろくに掴まないままにクエストを出したので、それを新人に判断するのは難しかったでしょう」


 イオはこれまであまりトラブル起きませんでしたから平和ボケしてたんでしょうね、と目をそらしながら言い訳するように呟く。


「その結果、討伐対象か判断できない新人冒険者たちは手当たり次第にスライムを狩り、スライムの数は激減しました。そのくせ肝心のスライムを誰が倒したのか、そもそもちゃんと倒されているのかも判断が付かない。特徴もよく分からず、人を殺した強いスライム、くらいの情報しかありませんでしたからね。その前の年の虐殺の件もあり、このままでは始まりの草原のスライムが絶滅しかねないと急遽クエストを打ち切りました」


「ぐだぐだですね」


「まったく、お恥ずかしい限りです」


 呆れたようなアネリアに、マルコスは乾いた笑いを浮かべながら同意する。


「とりあえずその後始まりの草原を注視しましたが、他に被害は出なかったということで、討伐クエストの中で目標のスライムも倒されたと判断されましたが、あれは大失敗でした。そのこともあり今回は高ランクの方に来てもらったんです」


 回想を終えたマルコスは、真剣な眼差しで他の街から呼び寄せた三人の冒険者を見据える。


「これはイオの街の危機なのです。ご存じでしょうがイオは初心者冒険者の街。『始まりの草原』だけでなく、近隣には『静寂の滝』『緑の湖畔』『光苔の洞窟』といった低ランク向けのフィールドが集中しており、この街はEランクまでの拠点として事欠きません」


 低ランクフィールドが街から行き来が容易な距離にいくつもある。

 つまりイオの街は新人たちがある程度の実力まで拠点にするのにうってつけの街だということだ。


 だがその成長のためのフィールドで、安全に成長出来ないとなれば話が変わってくる。


「そのイオの冒険者が最初に訪れる始まりの草原が、新人冒険者にとっても危険なフィールドとなるようでは初心者冒険者の街としての機能は大きく損なわれ、イオの大きな衰退を招いてしまいます。故に今回の問題は迅速に解決しなければいけないのです」


 彼ら三人も新人時代はこのイオを拠点としていたのだ、マルコスの言うような街の事情も承知していた。

 そしてこの街は彼らの故郷でもある。その故郷が危機だというなら力を尽くすことに異存はない。


 『赤光の灯火』の三人は力強く頷いた。



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