10話 経験と変化
夢を見ていた。
その日ライが夢の中で見たのは、とある人間の少年少女たちの姿であった。
彼らは宿の一室で共に冒険する仲間たちと過ごしていた。もっとも揃って何かをするわけでもない。皆思い思いの時間を過ごしている。
ふとリーダーの少年の目に、紅一点の仲間の女性が目に止まる。彼女は一冊の本を黙々と読み進めていた。
「今読んでいるその本って、この間買っていたやつか? たしか魔法の基礎について書かれている本だったっけ」
その言葉に彼女は読書を邪魔されて若干迷惑そうに眉を寄せているものの、彼の質問にちゃんと答えるべく本に落としていた視線を上げる。
「そうよ。何度か実戦をこなしたけど、足りないところがいくつも実感できたわ。せっかくの休養日なんだし、魔法関係の基礎知識を改めていろいろと見直しておきたいと思って」
魔法使いである彼女はそう答えると、再び本へと視線を戻した。
そんな彼女の答えに別の仲間が首を捻る。
「あれ、魔法って呪文を口にすればあとは精霊が勝手にやってくれるんじゃないの? だったら別に知識も何もいらないんじゃない?」
そんな仲間の無知故のお気楽な言葉を聞いて最後の仲間が顔をしかめた。
「そんなわけないだろ。そりゃただ使うだけならそれでいいけど、魔法をより効率的に使うためには術式や精霊の加護が必要になるんだ。そのためには魔法や精霊に関する知識がいろいろと必要なんだよ」
どうやら魔法使いにしか分からない苦労があるらしい。
先程の言葉は聞きようによっては、まるで魔法使いのやっていることが楽な仕事と言われているようなものである。彼もまた魔法使いであるため、そのように思われるのは気分が良くないのだろう。
少女も同じく不愉快だったのか本を読むのを再び中断し、抗議の意を込めた視線をこちらに向けてくる。別に彼自身はそういう風に思っていないのだが、と若干理不尽に感じる。
とはいえなにせ彼もまた魔法を使えない。もしかしてそのせいで同類認定されてしまったのかもしれない。迷惑な話であるが。
「うーん……そんなもんなのかな」
「お前ら戦士だって単に武器を振るだけなら誰だって出来るけど、その武器で上手く戦うためには鍛錬が必要だろ。傍から見れば口を動かしているだけに見えるが、結構大変なんだよ」
「あー、成程」
巻き込んだ本人の方はそんな彼らの空気も特に気にせず、その例えで納得したのかあっさりとその話から興味を失った。
一方で魔法使い二人からは若干の不満の空気が残った。
これで変に悪感情を残すことになったら今後の活動に影響が出るかもしれない。彼ら二人へのフォローが必要だ。それを行うのは彼しかいない。なにせ彼はリーダーなのだから。
二人の機嫌をとる苦労を思い、彼は溜息を吐いた。リーダーだからって余計な苦労を背負い込んでいる気がする。
そしてその割には自分の扱いが微妙に悪いよなぁ、と思い再び溜息を吐いた。
だがそれでも彼らは冒険者になってから共に苦楽を共にしてきた仲間だ。いいところも悪いところもよく知った仲間達である。
困った仲間たちだと内心呟きつつも、彼の表情には微笑みが浮かんでいた。
それは過去の出来事。
とある冒険者たちの、なんてことはない些細な日常の一コマ。
そんな光景をライは夢の中で見ていた。夢の中でライはスライムではなく、どういうわけか人間の冒険者へと姿を変えていた。
その夢の中で、ライはリーダーの少年になっていた。
気ままな仲間達に気を揉み振り回されながらも、その負担すら心地よく充実していた。
同時にその夢の中で、ライは魔法使いの少女にもなっていた。
リーダーに対する一件ぞんざいな態度は頼りになるリーダーへの甘えにも似た信頼の裏返しだ。彼女の心には仲間への信頼で満ちていた。
そして夢から醒めると、ライはスライムへと戻っていた。夢の中の自分と現実の自分の境界が分からず、しばし混乱する。夢の中での自分――もとい彼らの感情の名残は未だライの中に残っている。
夢の中の人間たちの感情と、人間を憎むライの感情。それらが混じり合い、湧き上がる嫌悪感に吐き気すら催す。
――目覚めの気分は最悪であった。
※ ※ ※
この日もライは人間を襲撃するべく、草原に潜んでいた。
昨夜の夢で若干機嫌が悪いが、そんなことで人を襲うのをやめるつもりはない。いや、むしろこの苛立ちを人間にぶつけてしまえばいいのだ。
草むらの中から標的の人間を観察する。
人間たちの集団は三人。その動きはどこかたどたどしく、探索にはまだ不慣れな様子が見られる。あまり強そうに見えない。
このままライがそのまま襲撃をかけても十分勝てそうだ。いつかのような楽観的な予想ではない。それだけの差があるという冷静な観察の結果だ。
だがそれでもライは襲撃をかけず、その後をつけながら時を待つ。そして、彼の待っていた『時』がやってきたのは間もなくだった。
「おっ、おい、あれを見ろよ」
顔色を変えた人間の一人が指さしたのは遙か先の空だ。
それを見て他の二人も顔色を変える。
「あれって、まさかミミネズミ!?」
「ほ、本当に空飛んでる……こっちに向かってきてるぞ!」
ミミネズミの群れが自分たち目がけて飛んでくる。その事実に三人組は混乱に陥った。
それを見ていたライは、やはりこの三人は弱いと確信を深める。
先日の初陣からこれまでミミネたちは相当の回数の襲撃を行ってきた。その多くは彼らのように混乱に陥ったが、冷静に対処しようとする者たちもいた。そしてそんな人間たちは総じて他の人間たちよりも強かった。
つまりこの混乱ぶりは、彼らの弱さの証である。
「だ、だから今この草原に来るべきじゃないって言ったのに」
「仕方がないだろ、草原が封鎖されるかもって噂があったんだから」
「ここで言い争ってる場合か、早く逃げるぞ!」
そんな彼らが危機的状態で醜く言い争いをする様を冷笑し――ライは違和感を覚える。
彼らの言い争いの内容が分かるのだ。完全に言葉がわかるというわけではなく、なんとなくといった具合だが、それでも彼らが何を言っているか理解することが出来た。だがそんな訳がない。ライに人語は分からない。もちろん彼らが共通魔物語で言い争ってるはずもない。
(いや、そんなのは後だ)
自身の思考が目の前の敵からそれているのに気付いたライは、疑問を振り払い戦闘へと意識を切り替える。
そしてライは気持ちを奮い立たせるべく雄叫びのように声を上げた。
人からすれば甲高い鳴き声にしか聞こえないライの声だが、それに気付いた人間が目を円くする。
「なに今の……スライム?」
「おい、今はスライムなんかに構っている場合じゃないだろ!」
しかし彼らはライの存在に気付きながらもそれを無視してそのまま逃げようとする。だがそれは致命的な失敗であった。
ライはそのまま人間たちのもとへ駆け、そのまま頭部目がけて体当たりを放つ。
狙われた人間はきょとんとした表情を浮かべながら、躱すことも出来ずにその一撃で絶命した。
人間の死とともにライへと経験値が流れ込む。さあ次の獲物を、と思ったところで再度ライを違和感が襲った。
経験値がライへと入ってこないのだ。いや、確かに人間を殺した事で経験値が流れ込んできている。だがどういうわけか、経験値が自身の中へと入ってきている感触のようなものがほとんど感じられない。
戸惑っている内に残りの人間たちへとミミネズミたちが襲いかかる。あっという間にミミネズミたちに全身を集られていた。
ミミネズミたちも経験値を目当てに人間を襲っているのだ。完全に決着の付いた状態に割って入るのはさすがに失礼だ。溜息を吐き、諦めることとする。
それよりも、自身に起きた変化――いや、異常とも言える出来事を確認しなければならない。
決着が付き、後始末に移っているミミネたちを見ながらそう決意した。
「それでいろいろ確認したいからあたしのところに真っ先に来たの?」
戦いを終えたライが真っ先に訪れたのはもちろんリースのいる場所である。
経験値や魔法についてなど、彼女はライにない知識をたくさん持っている。
知らないことを聞くのならば彼女以外にない。
「それで何を聞きたいの?」
何から聞くべきか悩むが、どうせ全て聞くつもりなのだから悩む必要はないと思い直す。
まずは前々から気になっていたことから尋ねる。
「最近眠っている時、人間になっている夢をよく見るんだが、この夢がなんなのか分かるか?」
それはリースにとっても予想外の質問だったのだろうか、きょとんとした表情を見せる。
「相談って夢占いなの? えっと、夢って本人の願望とかっていうし、実はライは人間になりたいとか」
「ふざけるな」
ライの端的な言葉には本気の怒りを込められていた。人間を憎悪するライにとって、人間になりたいという願望があるなど侮辱以外のなんでもないのだろう。
リースは「ふざけてないんだけどなぁ」と溜息を吐く。
そんな彼女の様子を見て、ライの頭も冷えてくる。気持ちを切り替えるべく深呼吸をすると言葉を続けた。
「ただの人間ではなく、見る相手はどうもこれまで俺が殺した人間らしい。ただの夢とは思えなくてな」
昨夜見た人間の夢。思い返してみれば、それは先日大苦戦した四人組の人間たちじゃないかと思う。そういえば初めて見た人間の夢も、その前に殺した人間の魔法使いだったのではないかと今更ながらに思う。
リースはそれを聞いて首を傾げる。「殺した相手の夢……?」としばらく視線を彷徨わせていたが、やがて思い当たることがあったのか、声を上げた。
「もしかしてそれって経験値のせいかも」
目を丸くするライに、リースは説明を続ける。
「経験値って単に成長するための力ってだけじゃなくて、まれにだけど殺した相手の技能や知識を身に付けることがあるのよ。そもそも相手を殺す経験と相手が積み重ねた経験の二つの経験を得るから、この力を『経験値』って呼ばれるようになった、って教わったわ」
まだ経験値について説明してないことがあったのかと呆れつつ、ライには彼女の言葉に思い当たることがあったのに気付く。
ライが魔法を身に付けた時、夢の魔法使いの感覚を参考にした結果、魔力の扱いを素早く身に付けることが出来たのだ。
そして同時に、尋ねるつもりだった疑問がもう一つ解決したことにも気付く。
「じゃあ、人間の言葉がなんとなくわかるようになったのも……」
「あ、ライって人語が分かるようになったんだ。多分それも経験値の副作用だね。ちゃんと勉強すれば人語も完全にマスターできると思うよ。身体の構造的にしゃべることはできないと思うけど」
夢を通して人間を見てきたのだ。その過程で人間の言葉もなんとなくレベルとはいえ理解できるようになったというのも納得できた。
だがその一方でリースは再び首を傾げていた。
「といっても殺した相手の経験を手に入れるっていってもせいぜい無意識レベルで、本人にとっても既視感くらいにしか感じないはずなんだけど。相手の記憶を夢で見るなんてあたしも一度もなかったし……でも夢についてはなんか聞いたことあるような気もするし、ちょっと調べてみるべきかなぁ」
調べるってどうやってだろうか、とライは疑問に思う。ライはリースに聞くことができるが、逆にリースは知らないことがあっても聞くことの出来る相手などもいないはずだ。
なんにせよ、これについてはリースもこれ以上は知らないのだろう。次の問いへと移ることにする。
「経験値についてもう一つ聞きたい。さっき人間を殺した時に経験値が入ってこなかったんだが、原因は分かるか?」
後回しにしてしまったが、こちらについては本当に重要な問題である。
経験値を得て強くなる必要があるのに、その経験値が入らない。これではライの考えが完全に瓦解してしまう。
「あ、それは単なるランク差でしょ」
しかし深刻な様子のライに、リースはなんでもないように答えた。
「経験値を手に入れるには、経験値の元――つまり殺す相手が弱すぎるとダメなのよ。リスクなんかも考えると理想は同ランクから一ランク上、逆に格下相手だと経験値は全然手に入らないわ」
そう説明すると、リースはじっと値踏みするようにライを見つめる。
「今のライの位階はE+寄りのEってところかしら」
「見るだけで分かるのか」
驚くライにリースは得意げな表情で頷く。
「まあ正確に計ったわけじゃないけど、慣れれば大体は分かるわ。始まりの草原に来る人間は前にも言ったようにFランク……ランク差が二つもあれば経験値なんてろくに手に入らないわね」
いつの間にかそれほどに強くなっていたらしい。驚くライに、リースは告げる。
「これ以上この始まりの草原で戦ったところで経験値は手に入らないし、もっと上を目指すなら草原を出て別のフィールドに拠点を変えた方がいいと思うわ。経験値も手に入らないのに人間を殺し続けて目を付けられるのも馬鹿らしいし」
「……成程。感謝する」
そう礼を言うと、ライはその場を後にする。
生まれた場所である始まりの草原を去る――これまであまり考えたことはなかったのだろう。去り際のライは言葉少なで動揺しているようにも見えた。
一方でリースは立ち去るライの後ろ姿を眺めながら、感心したように呟く。
「それにしてももうEランクかぁ。頑張っただけのことはあるわね」
そう呟き――あれ? と首を傾げる。
「いやいや、なんでEランクなんて高ランクになってるのよ。ずっとこの草原でしか戦ってないのに」
先程彼女自身が言ったように、格下をいくら殺したところで経験値などろくに手に入らない。つまりFランクの人間しかいない草原でいくら殺したところで、せいぜい一ランク上のF+で頭打ちになるはずだ。にも関わらず、ライは既にEランクまで成長している。
自分がライのランクを計り間違えたのかと真っ先に疑うが、しかしそれでもリースの感覚からすれば、ライのランクにそう大きな間違いはないだろう。
では本当にライがEランクまで上がっているというなら、その理由は一つだ。
「この草原に不相応な高ランクの人間が来ている……それも何組も」
その答えに気付いてリースは額に手を当てた。
何故そんな人間たちが来ているか。そんなことは考えるまでもない。
――ライたちに対処するためである。
※ ※ ※
イオの街。
始まりの草原を探索する冒険者たちの拠点である。
大陸でも辺境に位置するこの街にはろくな特産品や名物もない、単なる田舎の小さな街である。特徴といえば、初心者冒険者向けのフィールドである始まりの草原があることくらいだ。
だがそれゆえに、初心者冒険者のメッカとして知られ、大陸の各所から冒険者志望の少年少女が集まるようになっていた。
そんな街の中で一際大きな建物がある。冒険者たちを管理する組織、冒険者ギルドのイオ支部である。
普段は多くの冒険者たちで賑やかな冒険者ギルドだが、この時その建物には男の怒声が鳴り響いていた。
「おいっ、始まりの草原が立ち入り禁止ってどういうことだよ!」
カウンターにて怒りで顔を赤くした男が怒鳴りつける。
彼の応対を行っている受付嬢はその剣幕に怯みながらも必死に説明する。
「で、ですから、現在始まりの草原は非常に危険な状態ですので、解決するまで立ち入りを禁止させていただいています」
だがそれは男を納得させる答えではない。
「危険って所詮はミミネズミだろ。数が多かろうが空を飛んでいようが雑魚には変わらねえ。そんなのにいつまで手間取っているんだ!」
「それは現在こちらでも対応を行っていますので……」
始まりの草原で空を飛ぶミミネズミの群れが人を襲っている。その噂は既にイオの冒険者の多くが知ることだった。
当のライやミミネたちは自分たちのことが知られないように努めていた。しかし彼らは気付いていなかったが、群れでの飛行や襲撃のような大規模な行動となれば隠すことは困難である。
間抜けな話になるが、ミミネズミが飛行する姿がイオの街からでも視認できたのである。最近増えてきた未帰還者とミミネズミが結びつけられるのはすぐであった。
ミミネズミごときに何やっているんだと、男は舌打ちする。
「ちっ、俺は今更始まりの草原なんかに用はねえが、冒険者なりたての弟分たちが行けねえのは困るんだがな」
男の背後には新人らしき冒険者パーティが心配そうに成り行きを見守っていた。どうやら彼らの代わりに抗議に来たようだ。
そこで男はいいことを思いついたと手を打った。
「よし、それじゃあこのE+ランク冒険者のブロス様のパーティーがミミネズミどもの駆除をやってやろうじゃないか。報酬は安くしてやる」
男――ブロスは自身の胸を叩き、不敵に笑う。他人なんかに任せてられない、自分で解決してしまえばいいのだ。
E+ランクともなればこのイオではもっとも高いランクと言っていい。なぜもっと高いランクのフィールドがある街に行かずにイオに留まっているのかというレベルだ。受付としても彼らに解決してもらえばいいのでは、と思う――のだが。
「申し訳ありません。この件は受けていただく方が既に決まってしまいまして……」
その言葉にブロスは一瞬ぽかんとする。しかし理解するにつれ、その顔が怒りで赤く染まっていく。
「ふざけるんじゃねえぞ! ろくに解決出来ないくせにお前たちは手を出すなだと!?」
先約ともなれば仕方がない話だ。だがそれでも彼にしてみればFランクフィールドの問題を解決するためにE+ランクの自分たちが出るという破格の条件を出したつもりだ。それをこうも袖にされるのは屈辱であった。
その怒りで今にも掴みかからん様子だ。いつの間にか出来ていた野次馬たちも、その様子をはらはらしながら見守っている。
「おいあんた、その辺にしとけよ」
だがそんな彼を制する声があった。
声を発した相手を見れば、そこには赤髪の少年の姿があった。
「なんだ貴様、こっちは今苛ついてるんだ。関係ねえ奴は引っ込んでろ」
そう凄むが、少年は気圧されることもなく笑い飛ばす。
「別に関係ないわけじゃない。そもそもこれだけ騒いでおいて引っ込んでろもないだろ」
ブロスは顔を歪めると、生意気な口を聞く少年を睨み付ける。先程までの怒りと苛立ちは少年へと向けられていた。その感情は今にも時離れようとする寸前であった。
「この街じゃ見たことない面だな……来たばかりの新人か。物も知らないようだから教えてやるが、俺はE+ランクだ。新人ごときが生意気な口を聞くとどうなるか教えてやってもいいんだがな。今謝るんなら許してやる」
それでも相手は常識知らずの新人だと自分に言い聞かせ、ぎりぎりで堪える。だが少年はそんなブロスを鼻で笑った。
「お優しいことだな。それでそのお優しいE+ランク様は冒険者ですらない受付スタッフに当たり散らすわけか」
その言葉でブロスの我慢は吹き飛んだ。
生意気な少年の胸ぐらをつかみ上げる。
「新人だからって何言っても許されるとでも思ってんじゃねえぞ。せっかくだ、新人に俺がランクの差ってやつを教えてやる」
唸るような低い声で告げる。
ブロスはもともと昔から力自慢であったが、冒険者になってランクを上げる内に、その腕力は飛躍的に伸びていった。自分がFランクの頃とは比べものにならない。その力でこの生意気な新人をどれほど痛めつけてやろうか。
だが少年はブロスに胸ぐらを掴まれながらも、怯える様子も見せず呆れたような溜息を吐いた。
「だったらこっちも教えてやるよ」
そう言って自分を掴むブロスの腕を掴み返し、力を込める。
ブロスは目を見開いた。
「が、あ、いた、痛ぇぇっ!」
ブロスは悶絶する。掴まれた腕から伝わる力が大きく、その苦痛で悶えているのだ。
少年は悶絶するブロスの胸ぐらを掴み返し、その大柄な身体を持ち上げた。
「は、離せ……」
「えっと、確かランク差を教えるんだったっけな」
ブロスの顔が青ざめる。
その時彼らを制する声が響く。
「アーネスト、そこまでにしなさい」
「アネリア姉さん……」
現れたのは少年と同じ赤髪の女性だった。
少年――アーネストは、その声で思わずブロスを掴んでいた手を離してしまう。落ちたブロスは床に倒れ込み咳き込んだ。
アーネストの姉であるアネリアは、自身の弟をじろりと睨み付ける。
「私たちはそんなことをしに来たんじゃないでしょう。さっさと受付を済ませなさい」
「は、はーい」
さっきまでの威勢はどうしたのか、姉の前であっさり大人しくなったアーネストは、彼女の言葉に素直に従い慌てて受付へと向かう。
先程までの騒動で怯える受付嬢へ、冒険者としての身分証であるギルドカードを示しながら、高らかに名乗った。
「Dランク冒険者パーティー『赤光の灯火』。依頼の通りミミネズミ退治に来ました!」




