↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

606/607

現地のオヤツ会

 

(気に入ってもらえるかなぁ)


 レナは鍋(・)をかき混ぜながら、思う。

 今更ながら……だが、レナはわりといつもこうなのだ。先に動いてから、気に入ってもらえるようにする。

 もっとも、ヒト貴族の間では致命傷にならぬようキーユウが教えているわけだが。


 レナがラナシュ世界とことさら相性がよい理由のひとつである。


 レナの指先は慣れた様子で調理器具を扱う。

 リカドール女王様は、代表者のレナの手元だからこそ、これまで注目したこともなかった調理の手を見ることになった。

 厨房で作られるものを凝視したことなど、毒を恐れて監視のように目を凝らした経験しかない。

 その時は、調理人の手はこわばっていた。

 そんな景色ばかり見ていた。


 レナの指は踊るみたいに動いて、野菜を剥いていき、包丁の刃先からくるくるとイモの皮が螺旋になる。茹でられたマメが皿に移され、冷ましている間に鍋がおたまでかき混ぜられる。調味料の粉がぱらりと足されたので、凝視したものの、そのすぐ後にレナは味見のように汁(スープ)を飲んだ。満足そうに小皿を置くと、マメをさやから出して、鍋に放り込む。


 部屋の中にはまったりした空気が漂った。

 リカドール女王様が連れてきた近衛ですら警戒心を保つのが大変だったくらいだ。


(姿勢を崩してよいとは言ったが……なんと遠慮のない……)


 従魔がころころとカーテンの向こうに潜んだかと思うと、幼子の姿をして再登場した。

 リカドール女王様はそのものの魔力の質が”視える”。

 そのくらいの能力の持ち主ではないと、政界の要人など務まらない。にぶいヒトは権力争いで成人もせず死にゆく。


 従魔の特異なまでのオーラと、幼子のそれが同じだと当然に気づいた。実のところ感心してもいた。話に聞いたことはあるものの、魔人族という種をこのように目にしたのは初めてのことだ。それがヒトに好意的な(主人に似たのであろうけど)さまも嬉しかった。


(この者たち相手であれば、もしかしたら打ち明けられるかもしれない。まず、この場所に飛び込んできた真意を引き出してからだが)


 仮面の向こうでだけ、目元をゆるませた。


 そして近衞が杖の底をカツンと床に鳴らしたので、真顔に戻って、正面を向く。

 近衛に声をかけさせる。


「「魔物使い旅団のレナ殿。リカドール女王様への差し入れを受けよう」」


「はい。一緒に楽しめると嬉しいです」


 レナが差し出したものを、近衞が受け取ろうとした。


 しかし、リカドール女王様がそれを制す。


 自らの手で受け取った。


 このようにすれば口数少なくとも、レナへの印象を伝えることができる。目の前で料理している姿を見ていたのだから。

 ここまで計算して動ける女王様にとっても、想定外なことがあった。

 口をつける前に尋ねる声に困惑が滲まないように気をつけた。


「なんだ、"これ"は?」

「すいとんです」


 レナは彼女の硬い声を聞いて(うおおおお勇気!)と異文化ギャップを乗り越えるためがんばることにした。

 自分の好意をちゃんと伝えて、受け取ってもらうのだ。


(見慣れない食べ物はこわいだろうからね。でも、知らないことを知るのだって楽しいんですから)


 異文化のものが出会えば、外に出たコミュニケーションだけが伝わる。

 内面で(実は)と考えていても察してはもらえない。

 魔物ごとの異種族性や、国ごとの文化の差に触れてきたレナは学習していた。


(言葉は少しずつ、キャッチボールみたいに交わす。自分が言ったことをすぐ補足するんじゃなくて、聞き返してくれるのも交流。でも秘密にしすぎず、面倒じゃない程度で深掘りして、やりとりをしよう)


「甘くなさそうだが、これが、オヤツ?」


「甘くないタイプの、オヤツにも軽食にもなるものです」


「なぜこのレシピを?」


「今回は外を歩いて、汗もかいたから、オヤツだけど塩分を取りたいなって」


「そなたが判断したのだな」


「はい」


 この部屋には大勢が席につける立派なテーブルがあり、白いテーブルクロスがかけられている。その上座にリカドール女王様が座り、背後には近衛が控える。レナは器を二つ持ってきて、ひとつはリカドール女王様の前に、もう一つは自分の前に置いていた。


「どうぞ召し上がってください! あったかいうちに」


「そなたは?」


「作法がわからなくて。同時に食べていいんでしょうか?」


「いや……作法的には、その場で最も地位が高いものからだ。察する頭があるらしいのに、自分の器も持ってきたのはなぜだ?」


「一緒に食べる相手が横にいるだけでも、オヤツってもっと美味しくなりますし」


「演出であったか」


「あれです、えーと、これもまたテーブルコーディネートっていうか」


 レナが言葉を絞り出すと、黒猫がケケケと嗤った。


 そして、リカドール女王様は仮面を外した。


(((簡単に外しちゃっていいんだーーー!?)))


 とは、この場にいる全員の気持ちである。

 トレードマークのようにしていたから、きっとなかなか素顔を見せないのだとばかり思っていた。

 どのように食事をするつもりかと試すような、奇妙さを想像してもいた。


(わ、ふつうに綺麗なお顔立ちの女のヒトだ。むしろ柔らかめの雰囲気で、意外だったなぁ)


 レナの想像では、きつめの美人だったのだ。

 まろやかな顔つきの美人が先ほどのような口調で話しているのを思うと、少し違和感を感じるくらい。


(どんな事情なんだろ。まぁいいや)


 レナはチラリとノアを見る。

 大混乱といった様子だった。

 額の蜘蛛の輝きがらんらんとしている。


(ノアちゃんに考察は任せよう。女王様らしさを感じ取るためにチュナ帝国飛び地に来たんだもんねっ。頑張れ〜)


 ▽事情はローランド辺境伯が書いたんだけどね。

 ▽まさか本当にそれだけとは思わないじゃん。

 ▽信用を得よう!


 レナは、食事をする女王様に集中した。


 形のいい唇がすうっとスープを啜っていく。

 けっこう熱いだろうに、みじんも感じさせない。

 熱でさらに赤く染まった唇が色っぽい。

 しぐさの一つ一つが洗練されていて、見ていて心地いいくらいだった。


(完璧に貴族だ。キーユウさんが言ってた。便利だからこういうマナーを身につけてるんじゃなくて、貴族らしく見せるためにあるマナーの種類。便利なことなら庶民もするけど、綺麗にみせるだけで不便なことは貴族しかやらない。重いアクセサリー。着づらい服。きつい姿勢に、すりこまれるほど練習する角度のいいマナー。

 うん、私には無理だなっ。ルーカさんも向いてない)


 ▽巻き込まれた王族生まれ。


(オズくんもドグマ様もこの方針じゃない方がいいだろうなぁ。魔王国は独自文化として磨いて行ったほうがよさそう。

 ノアちゃんはこれをそのまま吸収しようとするのかな? 真面目なノアちゃんのことだから、できちゃうだろうけど……。憧れて少し真似してみるならともかく、無茶するようなら止めようかなぁ。様子見だね)


 ▽なんだかんだおせっかい焼きなレナである。


「……これは?」


 モチモチと白い塊を噛み、飲み込んでから、リカドール女王様が言う。

 ふつうは一口サイズに切ったもの(ナイフなどで)を一口全て頂くのがチュナ帝国周辺のマナーだが、どうしてもこの”白いもの”の正体が気になって、噛み切って器に戻してまで、レナに尋ねた。


「妾はこの周辺の食材で知らぬものはない。そなたがこの白いものを作っている際、市場にある粉をたしかに使っていた。しかし食感は初めてのものだ……」


「もちもちとして美味しいですよね。ちょっとだけ説明します。小麦粉を工夫したものです。小麦粉って、煮たり揚げたり発酵させたり、調理法ごとに食感が変わりますから。今回は煮ているんです」


「……そうか」


 安心したのか、リカドール女王様はまたモチモチと口を動かした。

 そして、思いの外長く噛んでいた。

(お気に入りの食感だったのかも)とレナは思う。


(この周辺の食材はすべて食べ比べたほうがいいのかなあああ!?)ノアは混乱中だ。

 ロマンが目ざとく気づき、ノアを誘って窓辺に連れていく。

 外から入り込む光が、ノアの心を少し落ち着けた。

 おそらくハトモデルが悪さをしてもいたのだ。


 リカドール女王様は器を置いた。


「悪くなかった」


「じゃあいい感じですね」


「そうとも……言える……」


「やったー」


 レナがニッと口元を大きく開いて笑った。

 リカドール女王様は深く頷く一方、ポーカーフェイスのまま。

 鉄仮面をつけ直してしまった。


(私の対応、さすがに軽すぎたかな?)とレナは小首を傾げる。

(キーユウおじいちゃんから小言もないし、まあいいっしょ)その爺さんは面白がっているだけの時もあるのでお気をつけを……。


(仮面をつけて話すと硬い印象になる方だなぁ)


 レナは、仮面の前に彼女の顔立ちが映るように眺める努力をした。


 アヌビスがハマルにこづかれて、レナの様子を伺う。


 鉄仮面の表面に、半透明になるみたいにして、生の人相が浮かんでいるイメージを”視て”しまった

 アヌビスは撃沈した。


「私たちも食べていいですか?」


「ああ。……隣にはいよう。そなたが施した事と同じように」


「ふふ、ありがとうございます。みんなも器を持っておいで」


「……」


(大勢だと話すタイミングを掴めないかもしれない。大勢の食卓は慣れてないだろうし)


「いただきます! うん、美味しい〜。よかったら、質問などあれば答えますよ。のんびり食べるので」


「味付けがかなり薄いのに、物足りなさを感じないのはなぜだろうそれも異国のレシピゆえか」


 そわそわしている雰囲気にレナは気づいた。

 女王様は落ち着いた間をとって尋ね始めた。


 わいわいとした食卓で、二人はゆっくりと話す。

 従魔の幼い三名のみならず、他の者もそれなりに語っているのは、むしろ賑やかなほうがよさそうな空気を読んだのだ。


「旨みが濃いですよね。これは、様々な種類の食材を少しずつ入れるからなんです。食材ごとに旨味成分の種類が違っていて、別種の旨味が組み合わせると、掛け算をするみたいにおいしさが重なるんです

 」

「そんなことが研究されていたのか」


「研究者ギルドで論文もありましたよ」


「うちの厨房にも伝えておこう」


「ぜひ。注意点としては、うまみの成分が似てるのに種類が違うものは、混ぜると雑味になることがあります。例えば、海の肉の魚と山の動物肉は混ぜないほうがいい。他にはー……豚肉と牛肉は一緒に調理してもいいけど、ここに鶏肉を加えるとだめ、油が溶ける温度が違うから口当たりが良くないかも」


「かも?」


「私が知っている限りは、なんです。でもこの辺で取れるものの種類によっては美味しく仕上がるかもしれない。私が知らないものについては断言できないな〜って」


「研究的な意味で、油が溶ける温度を合わせれば良いのだな?」


「そうですね。そういう言い方をしたほうがよかったかもしれません。えへへ、フォローしてもらえて助かります」


 レナの器が空になる。


「おかわり食べちゃおう」

「……!?」

「よかったら召し上がりますか?」

「……いや結構」


 リカドール女王様は立ち上がった。


「調理、ご苦労様」

「どういたしまして」


 ▽オヤツ会はつつがなく。

 ▽あ、そうそう、本体(キラ)にたらーっと注いでもらって……

 ▽アッチッチ!! アッチッチ!!


 ▽リカドール女王様の素顔を拝見!

 ▽食卓を共にする仲になった!





読んでくれてありがとうございました!


すいとんの味付けはラナシュ素材からの手作りで、マメを[熟成]させたり乾燥させたりで和風みもある味にしています。味噌風味。そのあたりの話もまた差し込みますね。


久しぶりの晴れ間ですね!

週末楽しみましょう₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

今週もお疲れ様でございます〜!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。