ドゴルを持って街歩き
▽独自通貨:ドゴルを使ってみよう!
もらったドゴルはレナが管理することになった。
市民の間で動くならば、レナほど敵意を抱かせずに市民への抵抗もないヒトはいない。相手との会話を楽しみ、生活に興味をもってくるくるとしゃべる様は愛嬌があって好ましいのだ。どれだけ大金を手にしても、力を手にしても、驚くほどレナの基準は変わらなかった。
レナが変わりそうになれば、従魔がレナをひっぱり戻す。
従魔が横道に逸れそうになれば、レナが愛情の手綱をにぎる。
そのような天秤をアヌビスは視ていた。
「ノアちゃん、”それ”ほしいの? 言ってよー」
「す、すみません。気になったのですが、はたして欲しいのか……ううーん……ノアは自分のことがまだよくわからないんです。いえ、分かっていたはずのことも混乱の中と言いますか……キャッ」
「ほれ、つけてごらん。ネックレスがよく似合う」
街のフリーマーケットらしきアクセサリー屋台の店主は、話されていた物をノアにかけてくれた。
「……」
ノアが触れられそうになったとき小さな悲鳴を出したので、蜘蛛が毒針をかまえたが、筆頭のイラがみなを抑えさせた。
彼は影蜘蛛そのものではないため、より冷静に判断できる。最年少であるものの判断をまかされている理由である。
(敵意がない交流であれば。ノア様のお悩みを和らげるきっかけになるかも)と、いうことだ。
蜘蛛の話し声をバニラも聞き届けたが、大声で言いふらすのも自分が割って入るのも野暮だろうと思って(ふふん。エラいであろう)虫の気遣いを胸の内に記憶するにとどめた。
▽ノアが選んだのは 鉄仮面の意匠が彫られた ネックレス。
▽察し。
▽そもそもここは 女王様リスペクト の旗がたててある。
▽アクセサリーのすべてに 女王様らしい意匠がある。
「代金は35ドゴルですか?」
「高いって思っただろう。けれどこだわりの魔道具だからね。大事に長く使って欲しいんだ」
「わかりました。どんな効果なんですか?」
「ふふ……知りたいかい?」
「はい、教えて欲しいです! 教えてもらってからお金を払います。高い買い物ですからね」
「ほお、しっかりしたお嬢様だなあ。旅の貴族様だろうから、もっと世間知らずか横暴のどっちかだと思ったぜ。すまん、余計な一言だった、聞かなかったことにしてくれ」
「しょうがないですねえ〜」
「ははは。ネックレスの鉄仮面モチーフに触れて魔力を流すと、顔につけられるサイズにまで大きくなるのさ。だいたい一刻くらいは持つね。耳に引っかける所もあるから、すぐつけられるよ。渡すときに持ち主登録をするんだ。お金を払ってもらったあとでね」
「なるほどです。見本みせてもらえますか。今は店主さんが持ち主ってことですね?」
「おう、ちょっとみてってごらん。そちらのお嬢様につけさせてもらったのを俺が使うのは悪いから、ほかの商品を使うぜ。ほら、ごらん、こうやるんだ」
ネックレスに魔力が通されたらしい。レナの目ではそれを見ることはできなかったけど、アヌビスが気だるく教えてくれた。言っていることは間違っていないと。
そしてネックレスの意匠が顔にちょうどいいサイズになり、店主はそれを目の当たりに当ててみせた。耳に引っかかるのもちょうどいい。
レナはお金を渡した。
「ください」
「まいどあり!」
「ノアちゃん、よかったね」
「あのっ、名前登録よろしくお願いいたします」
「はいよ。お嬢様のお名前は?」
ノアは大事なものを語るように、丁寧に発音をした。
「ノア・シュナイゼでございます」
──アヌビスは思った。
(ああ、こりゃダメだぜ。
雌影蜘蛛の統率力の低下。
原因の一つは、この小娘がまだ家名に縛られていることだ。シュナイゼ家は随分と名門らしいが、その家に育ったことを誇りに思っているうちは、自分の道を切り開くことはできない。
もう思春期を過ぎた雌蜘蛛であろうのに、自らのグループを率いるときだろうに、この幼心のままではラナシュ世界に認められない)
<じゃーん、マシュマロじゃよ。てっとりばやく教えてやればよいのでは?>
(それこそ、他者の言いなりで意見を変えるようならばノアは求心力を失うぜ。今なんとか保っているのは、身内のために頑張りたいとパターンを試しているノアの意志が従者蜘蛛に伝わっているからだ)
<レナママはどうするのかな>
(見捨てない。あいつがするのはそれだけさ)
<わかったふうな口を>
(まあ!? そーいう性質読み取りが得意な存在ですし!?)
<バイなら〜>
(暇かよ!?)
***
ところかわって城の門の前。
レナたちがてくてく帰ってくると、門番が驚いたように声をかけた。
「お帰りなさいませ。お買い物をされたということは、ドゴルを使われたのですね。……そんなにたくさん買われた客人は、初めてでございます」
「そうなんですね。ただいまです」
ぺこり、とレナが頭を下げると、みんなが同じ仕草をするので微笑ましいとともに、客人身分のヒトにそのようなことをされた畏れ多さで門番は頬をひくっとさせた。
万が一、周りから誤解でもされたら困る。
レナたちとは至って良好な関係であると確証を得なければならない。
「よ、よろしければ、なぜそれを買ったのかうかがってもよろしいですか。疑っているわけではありませんが、そのように尋ねることも門番の務めです。あと嬉しそうな表情をしていらしたので、個人的に気になってしまって」
「いいですよ! まず野菜と加工肉をいっぱい買わせてもらいました。泊めていただいたお部屋に立派なキッチンがあったので料理をしたくて」
「いいものを選ばれましたな。女王様の飛び地に運ばれてくる食料は、川上から船で毎朝届くのです。そのため鮮度がよく国民は満足しています。種類は限られていますが、どれもおいしい」
「そうですよね! 葉っぱが新鮮な緑色で、うちのベジタリアンくんも喜んでます。珍しいハチミツもあって。ヤギのバターも。壁の外の山で農業が盛んなんですか?」
「盛んという規模ではないですが、壁の中のヒトをまかなうには十分な量を確保できます。すべては女王様の采配のおかげ。チュナ帝国の上流階級はもともと自然趣味がお好きで、各屋敷に牛小屋や畑などを持っておりますが、その中でもリカドール女王様はこだわりを持つお方です」
「だからこのように心地いい街なのかもですね」
「お気に召しましたか」
「はい!」
レナとにこにこ話をできたことで、すっかり門番は気分が良くなった。
壁の中に不満はないものの、やはりずっと同じ土地にいると退屈はするものであり、まれに外から来る旅人や客人は彼らをとくべつに楽しませた。
同じような気配、話したがっているような視線を、レナは感じ取っていた。
(長くいると囲まれちゃうかも。そろそろ切り上げかな)
そして、視線がひとつ違うことに気がつく。
キーユウをチラリとみれば、ウインクが返ってくる。
(やっぱり。この視線はリカドール女王様だよね。値踏みするみたいにきびしくて、でもなんか、不安を押し込めてるみたいな感じがするの)
レナが思い返してみれば、多くの上級立場にいるものたちはほとんどそうだった。
高い立場にいるために何代にもかけて築き上げてきたものがあるだろう。
それが、ラナシュ崩壊が噂されるようになってからおびやかされているのだ。
何をしていても、積み上げていても、不安は募るばかりだろう。
レナは少し、ハトモデルを気にした。
けれど反応していない。
街の様子を見てきたうえで、リカドール女王様は強く生きているヒトなのだと、信用ができた。
レナは視線でアヌビスに、
(リカドール女王様を探して!)
(願うんじゃなくて命じろよ。叛逆されても知らねーぞ。あっち)
こんにゃろうな黒猫にかまってやるのは後にして、レナは大きく声をあげた。
「リカドール女王様! 偶然ですね! こんにちは! ただいま帰りました〜!」
ギョッとした門番の反応をみるに、リカドール女王様は普段このようなところに長く滞在しないようだ。
門番のみならず周辺のものたちがこぞって頭を下げ、道を開け、その真ん中を女王様は靴の踵をかつかつ鳴らして歩いた。
「あげたドゴル、全部使ったのだな……?」
少し見ただけでおおよその値段勘定ができたらしい、レナたちは驚く。
キーユウは面白そうに鼻下のヒゲを撫でた。
ノアは目前に広がるカリスマ的な景色にうっとりと憧れていた。
「そうなんです。しばらくのオヤツには困りません」
「食事はこちらで用意するつもりだったけどね」
「ありがたくいただきます! けれどそれ以外にも、街には美味しそうな所在がたくさんあって、キッチンもついていたので色々作ろうかと」
「あれは、使用人がそなたたちに振る舞うために置いてあるだけなのだが。……まあ、気持ちよく過ごしてもらうのが一番だ。好きにしてくれていい」
「汚さないように掃除しながら使いますね」
「……不思議なお嬢様だ」
レナは、リカドール女王様もまた、旅人にはもの珍しさを求めているのかもしれないと感じた。つい多忙の合間に様子を見にきてしまうくらいに。土地から動けずに経済を支え続ける、その息の詰まるような重積はいかほどだろうかとふと想像する。
(私は、ルージュ邸はハウスキーパーを任せているし、スカーレットリゾートもマシュマロたちが運営してくれていて、近隣の従魔や提携の魔王国が手伝ってくれている。リーダーの名前を貸しているものの、ずいぶんと気楽にいさせてもらってるんだよね……)
と、思うレナだが、周りからみれば、一癖も二癖もある魔人族たちそれぞれにほどよいコミュニケーションをとり、尽きぬことのない愛情を注ぎ続けているレナのほうが、信じられないような負荷をものともしない愛情モンスターペアレントだと恐れられているのであった。
そのうえレアクラスチェンジをした従魔たちは、ブランドを作り、金を稼ぎ、働きで信用を集め、美しい姿で魅了する、レナ仕込みの気さくさでコミュニケーションにも優れる。
ずるい。
ずるすぎる。
しかしレナの垣根がないゆえに、ずるいと恨みを募らせるよりも、近づいた方がトクだとわかってしまうのだ。
隙がない。あまりにも。
▽従魔会議で 一生懸命かんがえたよ!
▽キラプロデュース ご主人様を消させないプロジェクト。
▽ずいぶんと地に足ついて参りました。
▽これで残る敵は 世界調整の選定者だけさ☆
「リカドール女王様もよろしければ召し上がりませんか? 異国のオヤツ」
「異国の……しかし……口にするものはこの土地の物をと……ううむ……」
「そうです。この土地の食材で、お城のキッチンで、レシピが異国風なだけですよ。あ、どの国というか、旅をしながら集めたレシピのアレンジみたいな複合物ですけど……」
「それであれば。どの国を贔屓にしたと言われずには済むな」
「そういう事情もあるんですね。国家間のこと私は詳しくないですが、いつも気にかけていらっしゃるんですね」
「当然だ。国民のために妾がやるべき当然のこと」
おおおお……! と感激のどよめきが、見守っていた門番たちから湧き起こる。
その様子に満足そうなリカドール女王様。
そしてレナも、
(ホントたまたまだけどラッキー。ここに女王様がいたことも、どこかの国の料理は贔屓になるからダメってことも、知らなかったもんね。策士かと思われてそうな視線……ここは……策士のフリしちゃうか。立派なリカドール女王様の客人が、立派かもしれない旅人の方がきっとみんな嬉しいんだろう)
▽よっ、ご主人様パフォーマー!
▽手慣れてる。
レナたちは部屋に戻った。
「さあ急いでくれ。妾は忙しい」
まさか女王様がそのまま部屋に乗り込んできて、姑のごとくせかしてくるのは予想外であった。
▽Next! 食事をするなら 仮面の下が見られる……ってコト!?
読んでくれてありがとうございました。
来週シルバーウィークですね!
秋の気候の中、みなさま良くお過ごしください。
今週もお疲れ様でした!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




