リカドール・チュナ・メラルンダン女王様
チュナ帝国飛び地の女王様リカドール・チュナ・メラルンダン。
むさくるしい城郭都市の住人に慕われている齢33歳の女性。
──なぜ慕われているのか?
さまざまなヒトの口から聞いたが、そのどこか陶酔した言葉よりも、レナは肌で理由を感じ取っていた。
(みなさん顔色が良くて機嫌がいい感じがする。門を潜ってすぐの時にはこわい表情をしていたヒトもいたけど、あれは壁の中に旅人が入ってくることへの警戒だったんだろうな。いったん審査を通ってしまえば、ヒト懐っこいくらいだ。それくらい、疑うことをしなくてもいい快適な街なのかも)
レナのそんな感情に影響されてか、従魔も興味深く周りのヒトを眺め始めた。
まるでスタイのぬいぐるみのような姿で、キラキラボタンみたいな目が興味深そうに光る。
学習にもっとも必要なのは関心を持つこと。
従魔はあたりまえのようにそうするが、これがなかなか難しい事なのだ。
傷ついた経験があれば現実から顔を背けるし、自分の色眼鏡で周囲を品定めしようとするものも多くいる。まるで空気のごとく自分を主張せず、そのままの周囲の景色を見てみようとする者は研究者ギルドによると「まじ逸材」である。
ハマルはとくに服装に注目した。
(仕事人らしい服装だけどー、くたびれてなくて手入れされてるー。仕事に誇りがありそうだしー、お金の余裕もあるんだろうなー。同じ職業ぽいヒトでも服装に違いがあるからー、おしゃれする文化もある感じでー。革靴はりっぱな職人仕事。それにしても仕事人が多い感じだなー)
アヌビスは環境の天秤を見ている。
(めっちゃ安定しすぎ。仕事の負荷と、娯楽の軽快。こりゃ生活を無限に続けていられるぞ。城郭都市にとって理想的すぎるだろ。自然にこれができているなら大した幸運だし、計算してやっているならばよっぽど優秀な……、ステータスが目に視えるかのような奴が宰相ボジションにいるに違いないぜ)
<大変よくできましたである>
(なんでマシュマロが乱入してくるんだよ)
<キラママにかわって押し入りよ。負担を軽減してあげるためである>
(そーかよ)
別にキラのこと心配なんてしてないんだからね、とアヌビスは思った。
痺れをきらした案内人が群衆を散らして、キーユウ一行もとい魔物使い旅団を城の方へと案内する。
この国ではどうしてもキーユウ一族の権力が注目されてしまうようだ。
案内人はいかなる時でもキーユウの機嫌を優先して気にかけたし、レナたちのことは軽く見てしまうようだった。自分たちの女王様に比べて、旅のお嬢様たちはちっぽけに感じたのかもしれない。
キーユウはレナにそれとなく視線で尋ねた。
レナは視線で(ま、女王様に貸しイチくらいの気持ちでいますよ)と返した。
荒波たてず、しかし自分の有利にもっていくしたたかさはあり、おじいちゃんは笑顔になった。
扉の前で門番は、
「失礼ながら、あなた方を客人として迎えるよう言われていますが、同時にそちら側が謁見を申し出たわけでもあります。くれぐれも、我らが女王様に失礼のない態度をお願いしたい……」
頭を下げて懇願するように言った。
レナたちはもちろんと返事をする。
門番は明らかにホッとしたような表情をしていた。
言っていることは穏やかではなかったが、口調はわずかな緊張と穏やかさで丁寧にお願いをされたのだ。レナたちのリラックスした雰囲気が彼をそうさせたのだろう。
(ねえキーユウさん。女王様ってさ、女王陛下って言わないんだね)
(本国王位継承者とはまた立ち位置が違うのだ。今代限りのなんらかのやりとりがあったのだろう)
レナは(けっこう適当だよね。ラナシュらしいっていうか)と納得した。
城の廊下には、一定距離ごとに台があり装飾品が飾られていて、ローランド辺境伯の屋敷に似ているなとレナは思った。装飾品はチュナ帝国飛び地の特色を表していて、金属で作られた美術品が多い。オブジェ、剣、陶器人形などの定番品を金属混ざりで作っている。
[製作者:ドゴール]という名がよく見られた。
ドワーフ族の名前に似ているな、とレナは思った。
そして玉座の間に通される。
扉は開かれていて、たっぷりの布を使った豪華なカーテンが開かれる演出で迎えられた。懐を開く余裕があると見せつけているのだ。
「よくぞいらした」
女王様が微笑む。……たぶん。声が優しかったから、たぶん笑顔。
(でも、表情がわからないっ……)
▽鉄仮面をつけている!!
▽ノアは 衝撃を受けた!
▽ノアは 仮面フェチに目覚めようとしていた。
▽ンかっこいいィィィ!!
▽深呼吸したほうがいい。
鉄仮面のリカドール女王様は立ち上がると、玉座のある壇上からわざわざ降りて、キーユウ・レナ・ノアの前にきてほとんど目線を合わせた。背が高いので見下ろす形ではあるものの、ずいぶんと距離の近い女性なのだなとレナは感じた。
まっすぐに見上げたレナに、リカドール女王様は視線を返した。
(あ、鉄仮面の目のところがくり抜かれて、黒い瞳が見えてる……)
「まずは旅路の癒しを。発言を許そう」
「初めまして。魔物使い旅団のレナ・トードーです」
「そなたがリーダーなのであろう」
「仰るとおりです。挨拶も責任も私にいただけると」
「わかった。これをあげる」
レナは布の袋を受け取った。ずっしりと重い!
リカドール女王様は首にかけたコインのネックレスを指差しながら、教えてくれた。
「チュナ帝国飛び地の壁内で使うことができる特殊通貨だ。好きなように使うとよい」
「ご厚意感謝します」
「しっかりと話すのはまた別の日を設けよう。使者を送るので、そのときに日程を話す。通貨の使い方やくわしいこともまたその使者に聞いてよい。ひとまず、まっさきに妾に挨拶にきたことを喜ばしく思っているよ」
レナはなんと答えようか少し迷った。
言葉は優しいが、威圧的な音色の声だ。
かなり交渉に長けている。レナよりも上手だし、キーユウの常識が通用しにくい相手の腹の中にいるのだ。
素直に返事をすることにした。
「嬉しいです。私もリカドール女王様とお会いできてよかった」
──下がってよいと彼女が指示を出し、レナたちは宿を次の目的地にした。
廊下を帰りながら、キーユウが聞く。
「攻めましたなぁ。私も、とは」
(まるでリカドール女王様も嬉しかったみたいな言い方だもんね)
「楽しんでくれたらいいなあと思って。これから楽しませたらいいし」
「好かれやすさは宝ですな」
「先に好意を伝えるようにしています。従魔が何かあったら守ってくれるから心強いし」
臆病ゆえに慎重だった初期のレナは、大胆かつ丁寧に攻めるようになったなあと、感慨深く思いふけるハマルであった。
宿はてっきり街中かと思っていたレナだが、王城内の一室を従者に案内される。
キーユウ曰く、
「街中よりも目が届きやすく、監視に向いているうえ、もてなされて喜ばないものはいませんからな」
上流階級同士のやりとりではよくあることらしい。
レナたちが街に行く際には、部屋の前を守っている近衛に一言添えなければいけないそうだ。
そしてお金の説明を受けた。
独自通貨[ドゴル]
領土内の山で採掘される希少金属を精製してつくられている。分厚く重い。1~10ドゴルは内側が雑鉄でメッキ加工。高額になるほど薄く軽く金属純度が上がっていく。
買い物はおおらかに、おつりの少ないように一気買い推奨。ドゴルは最低で1、最高で100ドゴルまでしか硬貨がつくられていないため。それ以外にどうしてもやり取りが必要ならば、わずかな物々交換程度は黙認されている。
ドゴルはチュナ帝国飛び地の中でしか使うことができないので1~100で成り立つ。
キーユウは説明をした従者が出ていった後、付け足した。
「[リル]との換金はリカドール女王様がレートを決めている。ただし悪事ではない。ことさらにリルとの換金率が低くて世界に通用する通貨ではないが、ドゴルに使われる金属が希少・扱う人材も貴重であり、外部流出させないように女王様直属で管理しているのだ。彼女の多忙さの半分はこれが理由であろう」
「あ、すでに知っていたんですね」
「通貨と金融のことは実家から叩きこまれたよ。さて、質問は? ノア殿」
「気になっていたことがあるんです。では通貨を流出させた場合の罪は……?」
レナは目を丸くした。
そして、これまでのノアの学習を思い出した。
国と国が付き合うことを、魔王国外交官として学ぼうとしているのだ。
鋭い質問が浮かぶことに、レナは感心した。
(たしかに! 外部流出を厳格に防ぎたいんだから、うっかりポケットに入れて帰っちゃったら大変なことになるのかも……)
キーユウは目に力を込めて警戒を促した。
「その場合、死に近くなるほどの厳罰が言い渡される」
「「!!」」
はい、と手を挙げるノア。
「持ち出す気はなくても、もし、悪意をもつヒトが持ち物にドゴルを滑り込ませていて、そのせいで罰に問われるようなことも起こるんじゃありませんか……?」
(えええ〜っ!? でも、たしかにー……! こわっ)
「気をつけるしかないですな。女王様に気に入られて、いざ間違いが起こったときにそんなつもりはなかったと信じてもらえるように関係を築くことです。ここは彼女の領域。どんなでっちあげも、罪を誤りと許すことも、おもいのまま。壁の中とはそういう世界なのでな」
実感してゴクリと喉を鳴らす二人の少女に、キーユウはまた教えた。
「しかし国民は彼女のことを慕っているふうだった。いい暮らしができているからだ。そして彼女は応えようとしている。この激動の時代の中で。それが互いにわかっているんですな。ここは、小さな因習村のようなものです」
「因習村て」
「レナパーティ・ビデオの中にあったでしょう。”ドキッ!迷い込んだ因習村!”いやあ面白かったですな」
「たしかにラナシュ語にありふれた言葉の組み合わせではありますけれども」
「なんだか力抜けちゃいましたねぇ。ふふ」
ここで話は終わり、みんなは旅の服装から、安全な室内でリラックスできるようなルームウェアへと着替えた。荷物を増やしてまでルームウェアを持っていく旅人は珍しいが、緊張を解くことの大切さをレナたちは長い旅路でよく実感している。何より、羊ベッドに眠るとき薄着だと最高なのだ。
夕刻からさっそくの休憩に入ったとき、寝転がりながらレナがポツリと言った。
「頑なに警戒しなきゃいけないような事情が過去にあったのかもしれないなー。初対面の私たちに全て教えてくれるわけじゃない。でも、リカドール女王様がこれからいろんなことを話してくれるようになるといいよね」
ノアはその言葉を心のノートに書き留めて、瞳を閉じた。
読んでくれてありがとうございました!
最近ほんっと涼しい〜!
秋っぽいですねえ。
今週もお疲れ様でした。
いい週末にしましょう




