飛び地の女王様のウワサ
「どういうヒトなんでしょう」
と、レナが言って、
「女王様のご機嫌はどうか、ではなく、横並びでまなざしているのですな。ふーむ」
キーユウがにっこりする。含みのある笑みだ。
レナは、うまいこと返そうか、素直に返事をしてみようかと、楽しんでいる。
つまり、リラックスしているのである。
反して、ノアはどこか切羽詰まっていた。
影蜘蛛の雌たるノアは、蜘蛛種族にもれなく慕われてきたが、ここしばらくは野原に潜むちっぽけな蜘蛛にも意思疎通をとれないことがあった。大丈夫と言い聞かせているものの、じわじわとした不安がずっとノアを苛んでいた。
魔王国から護衛として付き添った蜘蛛は、ノアを心配そうに見守るばかりだ。
そんな中、ノアは馬車の中でペンを握っていた。
【影蜘蛛女王帳】
まだそのものではないけれど、いわゆる夢を書くノートである。
”レナさんに教えてもらったことを身に付けるために、メモを書き記すことを誓います。”
誓うのは自分自身に。
不安の分だけ文は極端に傾く。
自覚はしている。
だから、暗闇様のハトモデルまで影響しないように、カーテンを開けて窓から光を取り込みながら昼に作業をするのだ。
ノアは諦めない。
ノートにペンが走る。
周りには蜘蛛の糸にくくられた簡易なペンが、契約用紙に線を綴っていた。
報告書だ。
1つは、旅の道中の治安の記録。
1つは、ヒト文化の記録。
1つは、ヒトが操る契約、魔王国統治に活かせそうなアイデアを、外交官として書き集めている。
このような書類は、魔王国にいた頃から制作していたため、蜘蛛糸の操りで対処できる。
自らの手で綴らなければならない、つたない女王帳。
まだ自らの立ち方を知らないのだということを、ノアは痛く実感した。
(生まれつきの雌だったことに甘えていた。当たり前に与えられていたから、どうすれば得られるのかがわからない。崩れてしまった時の対処と、新たに得ることが一度に押し寄せてきて、あせってしまう。体力が高くなればいい? 戦って勝てばいい? 地位が高ければ? 気持ちは焦るのに、外交官の仕事を継続しなきゃいけない。旅は快調で、飛び地の女王様に会ってもらうのもノアのためにもなるから。仲間に恵まれているのに、焦り続ける心が厄介で……、あっ……)
筆記ミス。
ノアは胸に手を当てて、呼吸を整える。
”レナさんは従魔の前でことさら[明るい気持ちの部分]を出すように心がけています。嬉しいことがあれば周りを巻き込んで倍喜び、何かに挑まなければならないならきっと大丈夫だと力を発揮できるように笑顔を向ける。悲しいことがあれば相談することで、あなたには私の悲しみを癒す力があると信じさせ。怒っているときには、あなたと私に違いがあるけどその違いを話し合ってなお共にいたいのだと訴えかける……。
そんなふうな……。
無意識にこれを行なっている。
上記のように書くことができたのは、わざわざレナさんが”自分がなぜ普段あのように過ごしているのか”その根源を、アヌビスとハマルさん、少しキラさんも加えていただき、言葉にしてくれたからです。
レナさん1人であれば、例えば悲しみを癒す力があるなんて押し付けるのは重い感じがするし、策略っぽくていやらしい感じがすると、分析への難色を示していました。
しかし効果への周りからの評価は、適切だったようにノアも感じます。9970707”
ノアは日付を書き、自分の現在の感想であると記録した。
きっと未来にはまた感じ方が”より鋭くなっている”と期待して。
くるくるとペンを回し、続きを書く。
窓の外ではレナとキーユウが話し合いを終えたようだ。
となれば、筆記にかけられる時間はあと少し。
縦に長い馬車は、部屋がカーテンで分けられている。
外に誰かがいる時は広く使えるし、皆が乗り込んだら狭くなる。
今はノアの作業のために空間を貸してくれていた。
チュナ帝国飛び地に入ってからは、書き記すより、体験することに忙しいかもしれないから。
”レナさん本人は押し付けがましくなく、そんなつもりで接していないからこそ、先述の行動に伴う効果はいつだって最適な結果となっている。
先ほど、同じ行動をノアがしてみましたが、結果は同じになりませんでした。かえって蜘蛛達と気まずくなっただけ。この辺りの蜘蛛にはもうノアの話は通じないでしょうし、バニラさんが戦って勝ち味方にすることの方が簡単かもしれません。
同じ効果を起こしたいなら、レナさんの行動をそのまま真似ず、ノアならではの道を開かなければ。
ノアのこの体と、過去と、これからへの期待を含むリーダーシップで、蜘蛛たちとこれからも仲良くなりたい。そう、ノアは、押さえつけるのではなく仲良くなりたいらしいのです。9970707──。
できるでしょうか。相談として蜘蛛に伝えるのがいいのか、自信を取り繕いやがて本当に叶えていくのがいいか。
ノアは試します。さまざまなことを。蜘蛛に失望されることもあるでしょう。しかし、魔王国から付き添ってくれている部下は辛抱強くノアを待ってくれています。引き続き切磋琢磨します。
ふさわしい影蜘蛛女王になるために”
ノアは部屋を片付けた。
「チュナ帝国飛び地、城壁都市ってやつだねー!」
レナが御者台から背伸びして、遠くを見た。
ぐるりと灰色の壁が囲っていて、いかめしい印象だ。
特筆すべきは産業が貿易と製鉄であること。山を背に抱き、大河の隣に作られた城壁都市。こぢんまりとしてはいるが、だからこそ派遣された女王様が強力に治められている。
小さめな都市だからこそ、万人を入れるわけにはいかない。
入国検査は厳重で、馬車待機所にレナたちはまずギルド馬車をとめた。
望遠鏡でさらに眺める。
「何かあんまり好きくない」ギルティア。
「私は興味ありますし」チョココ。
「どちらかと言えば嫌に感じるが、必要なものがここにもあるかもしれないから、我は行くぞ」バニラ。
こそこそとした話し合いをレナは耳にして、馬車の中にするりと入っていった。
ここ最近、レナの身のこなしが身軽だ。
異世界人の称号を使っているわけではない。
レナがラナシュ人に近くなっている。
「こっちおいで」
▽てれれれってれ〜!
▽スタイ型かばん〜!
▽キラバッヂがワンポイントです☆
「ローランド辺境伯が私たちのことを伝えてくれてる。城壁都市は道もせまいから、ヒト型じゃなくて魔物型で小さめにいこう。さあさあ、スタイの中に入って、さあさあ」
『バブーーっ』ギルティアである。居心地がよかったようだ。久しぶりに赤ちゃん返りしてしまった。
からかわずにスルーするタイプの従魔ばかりなのでこの旅路はなんとかなってます。
心配な事は、主人が何とかしてくれる信頼で。
喜びあれば、倍になるであろうお楽しみで。
主人にぴたっとくっつき、従魔は安心した。
「レナ様ー。後ろついていくのと先に行くのと〜、どっちがいーい?」
ヒト型のハマルが黒猫を抱えている。首根っこをつかみながら。
「私とノアちゃんの横にいて欲しい。後ろにはシズルさん、前にキーユウさんとロマンさんで交渉をしてもらおうかな」
ここは手続きが複雑だ。
外交練習中のノアがゆっくりと学べるところではないらしい。
「ノアも交渉の現場を見てきましたが、まだまだですね……」
「私もだよー。知らないことがいっぱいだよね」
<全てを知ることはできません。ここは彼らにお任せを>
「お、何か前のめりじゃん。ありがとー。いつでもちゃんと頼りにしてるからね、キラ!」
世界から忘れられたりしないように、レナは名前を呼ぶ。
キラは、レナの名前をあまり呼ばなくなった。
自分がハッキングされてレナの情報を抜き出されることを警戒しているのだ。
その分、従魔たちが何度だってレナを呼ぶ。
後輩のことを、偉大なる先輩はきちんと信用しているのである。
レナたちが待つ前のほうで、キーユウのスーツがまぶしく光った。
(立場の証明は力技だ──ー!?)
大慌てで開門がなされた。
待機所にいたレナたちを呼びに、わざわざ警備員が同行してくれたほどだ。
唖然とするヒトたちを背にして、入り口に向かって歩いていくレナはロマンに話しかける。
「キーユウおじいちゃんまどろっこしくなったんでしょう」
「よくわかったわね? 実は彼、トラブルなんかじゃなくて手続きに時間がかかりそうだから、めんどくさくなっただけなのよ」
「せっかちだよね」
「老体には残された時間が少ないですからの」
「えー、ブラックジョークだ! ちなみに永遠の命が欲しくなったりはしないの?」
「レナちゃんもブラックジョークよ、それ!?」
「私とおじいちゃんは結構な絆で結ばれていますから、悪ふざけだとわかってくれます」
「「ねー」」
「怖い怖い。私ちょっとシズルと後方に入ってくるわよ」
「なんでだよ。こっち来んな」
「なんでかって言うと、二人の悪ふざけに巻き込まれたくはないけど、悪い顔をしてるレナちゃんを後ろから眺めていたくはあるからです」
「卑怯者」
ロマンとシズルはじゃれるのにお互いが最適なようだ。わかりやすい仲の良さではないが、似たところから仲間入りした同期のような感覚がある。
「永遠の命に関して言うなら、吾輩は欲しくないですな。新陳代謝があればこそ! この世界は新しい景色を見せてくれると思っております。そのように他のものには新陳代謝を願っておきながら、自分だけはそれを永遠に眺め続ける存在になろうなど、傲慢で好きではないですな」
「具体例をいっぱい見てきたようなこと言うねえ」
「かわいい孫娘もずいぶんと発想が豊かになってきて、おじいちゃんの教育の甲斐もあると言うものじゃ」
「一体、私たちをどう育てたいのだか」
「言うなれば、とにかく視野を広げてやりたい。思い通りに育ちそうもない若者たちが、幅広い視野の何を、どうやって自分たちのものにしていくのか、あまりにも面白過ぎる」
「寿命の間にきっと面白いもの見せられるよ。もしよかったら、ヒトの国家の旅が終わった後にジーニアレス大陸に来ない? 魔物の変化をもっと見てもらえると思う。スカーレットリゾートに招待するよ」
「そこまでしてもらって良いのか?」
「いいよ。こんなに複雑なヒトの国家で、私たちが比較的安全に旅をできているのはおじいちゃんのおかげなんだから。アリスちゃんとモスラは最高の同行人を探してくれたね」
(きっとレナちゃんがいつもあんなふうに言うから、そう信じてもらっているような働きをしなきゃいけない気にさせられるんだと思うわ)
(お世辞でも、なかなかあんな言葉出てこないのに、割と本心で言うんだもんな。どんな育ちをしてきたんだかわけわからん)
ひそひそ、ロマンとシズルが話した。
「チュナ帝国飛び地の女王様ってどんなヒトなんだろう?」
レナが小声で言ったとたん、ぴくぴくと街ゆくヒトたちの耳が反応し、あっというまに馬車は民衆に囲まれてしまった。
「「「旅のヒト、聞かせてあげる。我らが女王様リカドール・チュナ・メラルンダンについて!」」」
「「「聞いて! 聞いて!」」」
(い、言いたがりだ〜〜っ!?)
レナは、馬車の前に立ち「キーユウ殿を通せんぼなどしたら俺が怒られちゃうだろ!」と涙声になっている役員に申し訳なく思った。
▽でも、リカドール女王様がどんなヒトか気になる!
▽ROMっちゃお!
▽Next! 客人としての女王謁見
読んでくれてありがとうございました!
すんごい涼しくなりましたね。
涼しさを満喫しております〜₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!




