みちくさ
「……少し出発を遅らせるとよい」
(え、ローランド辺境伯?)
翌朝、いざ! 出発と馬車に荷物を積み込んでいたとき、ふと商業ギルドに現れたラフな服装の偉丈夫が、レナに言葉をかけた。
手元にある書類の地図の一部を指でなぞり、そのあと、バツを書いてみせる。
「普段と異なる魔法を感知した。そのことを商業・冒険者ギルドにこれから調べてもらうのだ。検査後にしなさい」
「はあい……」
「きっとこの先、まだ行かぬ方がよいか、やらねばならない事があるのかもしれない」
ローランド辺境伯は足早に去り、雑踏にまぎれた。堂々としていなければあまり目立たないヒトなんだなあと、レナは呆けたことを思った。
(チュートリアルみたいだったな)
かつて初見のルーカと会った時、チュートリアルさんと口走ったことを思い出し笑った。
(チュナ帝国飛地の女王様から時間指定はなかったしな〜)
いつでも会いにきていいと気に入ってくれたのだろうか?
それとも旅の冒険者程度どうでもいいのか?
「みんな! 自由時間にしましょ。まずは今日一日、それぞれ何をしたいですか?」
キーユウはレナと共にいることを選んだ。
レナは快く了承した。
研究者ギルドへ。
「クーイズ殿に嫌がられるやも。せっかくの主従のつかのまに、爺」
「クーイズはキーユウさんのこと身内だと思っているから大丈夫ですよ。ちょっと恐れてるとこありますよね?」
「……わかりますかな。いやはや、観察がお上手。無意識に気づくことが多いのは主人としての日々からですかな」
「おーしーえーてー。誤魔化さないで。旅立つ前に話しときたいよ」
「ほほほ。クーイズ殿の輝きは商業に適しすぎており、ゾクっとするのですよ。儂があの子らをみる目は、アリス嬢がたまに見せるまなざしに近くなっておるでしょう」
「あ〜。職業病だ」
「さようですな」
「それなら納得。そして安心……」
「ええ」
レナは[伝令]で『少し時間がとれたよ!』と伝えた。
じゃんけんぽん!とギルドの庭端から聞こえてくる。時間ははんぶんこね!とも。
とたたたたたっ!軽快に駆けてきた。
「イズミ!」
「レナ〜!」
ぎゅーーー!
▽いい景色すぎる。
(ほほう、やはり、スライムの姿ではなくヒト型で。シズル殿に見せつける時はスライム姿だったから、威嚇するならそちらを選ぶのに、ここに儂がいるだけならリラックスしてくれておる)
「おうおう、お爺ちゃんよぅ。黒鏡をみたいのか、我らと話したいか、レナといたいのかどーれ?」
「レナ殿といる時間を増やしたいと思ったのやもしれません。金融資産家キーユウと居るだけで価値がある……そう言われてきたからか、誰かと誰かが共にいる時間は価値を高めるような感覚があるらしい。うーむ、突っ込まれるまで気にしておりませんでしたがな」
なんだかモヤモヤとヒゲを撫でるキーユウ。
言葉通り、さっきまで気にしていなかったことを大急ぎで解釈したので、言葉をつむぎながらもズレているような気がするようだ。
「ど〜やって過ごそっかな、今日はレナといたい気分! でしょ」
レナの言葉はシンプルで、ゆえにたくさんの可能性をその言葉だけで内包し、正解だった。
すとんとキーユウの腑に落ちる。
レナはイズミと踊り始めた。
手を取り合って、くるくる回って。片手を離してねじれたように動いて、近くなって遠ざかる。手は繋いだまま。
キーユウは芝生の地面にハンカチをひき、腰を下ろした。
レナとイズミのそれは子供の遊びのようであり、神聖な儀式のようにも感じられた。
キーユウの人生にはこのように自然に遊んだ時期はない。初めから作法としてのダンスを教えられ社交界でこなしてきた。老齢の今となっては、つまらない時間を過ごしてきたと思う。
言われたとおりに踊っただけだった。
もし、相手ともっと知り合いたいと思い、笑顔で視線を交わしながら踊ったらもっと楽しかっただろうか。
キーユウには冷徹で悲観的な部分がある。
たとえ昔の自分が相手に好意を伝えようとしたところで、家柄に目がくらんだあちらはこれ幸いと急接近をたくらむだけだろう。富豪に生まれついたら、同格以上のものとしか付き合うことは無理なのだ……と。
生まれつきゆえ、どうやろうとキーユウは目の前のダンスのような喜びを手に入れることはできないものなのだ。豊かな上流社会との等価交換なのだと。
なればこそ、上流階級にまではばをきかせ始めているレナパーティの軽やかさに目を奪われる。何度でも。
王子などに近寄られたらヒラリとかわし、下々の暮らしに馴染んでともに騒ぎ、かといって下品に落ちず、いつも彼女たち特有の安定を保っていられる。
(面白い)
と、リラックスした様子でキーユウはただ眺めた。
観察するようなプレッシャーのある視線もいつしか和らいで、ただ、かわいい孫を見るような眼差しになっていた。
イズミは魔物の直感でそれを感じとり、主人との旅に出してやってもいいぜ〜……と、認めた。
従魔の願いは、主人がピンチになったときに周りがきちんと助けてくれること。
従魔契約をしていれば確実に良いが、なんてことないヒトたちにそれは叶わず、魔物だけがレナを守っていればいいのではなく、大きな街で暮らしてみるほど健全な交流がいかに大事なのかをイズミもクレハも実感していた。
レナの人の良さは、ヒト社会で育まれてきたものだ。
魔物の群れとはまた違う感覚。
これを"忘れて"しまったら、きっとレナではいられないし、魔物に触れてくれる手に人の優しさの部分が重なるから、レアクラスチェンジに繋がるのではないか。
前例がないこと。
そして、人の親がみせる身を挺してまでの子への愛情と、子がそれに応えようと親を見ながら励むことの奇跡。
生物としてのヒトからねじれた不思議な成長をみせることがある。
「あーっ!みずいろキラキラしゃんっ!」
研究者ギルドの建物から幼い声がして、レナはそちらを振り返る。
イズミはレナの肩に頭を預けながら、ひらひらと手を振った。
「す、すまん。うちの子が」
幼い子を追いかけて、ギルド長がいつになく困った顔で日向に出てきた。室内引きこもりぎみで青白い顔が、さらに白くなっている。
「ギルド長のお子さんでしたか。初めまして」
「おねーちゃん。だぁれ?」
「イズのご主人様だよーん」
「ええ? ずるいー」
「ずるくない〜」
レナは少しひやひやとしながら(ギルド長の顔色が瀕死だ)ひとまず、イズミの出方をうかがうことにした。
落ち着いていて、仲がよさそうに感じられたし、イズミとクレハはなんだかんだ後輩従魔への面倒見にいちばん慣れている。
「おねーちゃん。イズミだけじゃなくて、他にもきれいなヒトと一緒にいたでしょ? みんなのご主人様なの? いいなあ。あたち、美形のヒトのハーレムを作るのが夢なんだよ!」
▽ギルド長が死んだ。
レナがタイムをとり、立ったまま白くなっているギルド長のところまで行って、首元をゆさゆさと揺らした。
「ギルド長! 気絶してたら指導もなにもできませんよ! いいんですか、野放しで? 大人の制御なしに自由なお子様は無敵ですよ? ……じゃ、私続きを聞いてきますね……わくわく……」
「や、やめろーーっ! やめてくれーーっ! うう、なぜだジェシカ、そんなことを言わないでくれ。恥ずかしいだろう!?」
「言わなきゃ周りにあたちの気持ちはつたわらない。だから宣言していくわ!」
「ンンーーーー!」
▽ギルド長、手札をもう持っていない!
▽コミュニケーション雑魚!
▽途方に暮れた目でイズミを見ている。
▽いつも こういう流れだったに違いない。
▽レナは 留守番中のイズミの子守りに 想い馳せた。
イズミはやれやれという表情で、ぷくーっと頬を膨らませたお子様に見せつけるみたいに、レナの腕に手を絡めた。
ずるいー!と近寄ってくる幼女には、指をパチンとして小さく分裂したスライムボディから水色キラキラのリボンを作り、宙に浮かせるみたいに掴んでやる。
途端に幼女は目をキラキラさせて、きれーい!と喜んでさわぐので、どうやらこれがいつものオチらしいとレナにも分かった。
「いつも言ってる我らのご主人様が、このレナなのさ。キミも部下になるならそれはそれで身内になれるぜ?」
「こらイズミ」
「んー、あたちはきれいなのに囲まれたいの。あたちが囲むんじゃなくて、されたいのー! ハーレム!」
「うおおおおおぉぉお黙りなさいぃ!?」
錯乱のギルド長。
キーユウの自然な爆笑。
「ハーレムって誰かに聞いたのー?」とイズミ。
「おとーしゃまの持ってた本に書いてあったの」と幼女ジェシカ。
「息子!!!!」と自宅に戻ろうとする下半身と、この場に留まろうと理性を宿した上半身で、ねじれてとんでもない姿勢になったギルド長。
(こんなに面白い奴だったとは、盲点!)キーユウ大喜び。
「実現のために動くところは、お爺ちゃんと変わらないよね〜。でも真逆に育ったところもあるんだね。ジェシカは」
「うん!」
「今、目標叶ったところはあるの?」
「えーとね。お気に入りのぬいぐるみや雑貨を壁に飾ってて、そのまんなかにあたちが座ると、周りみーんな好きなものでいっぱい! 幸せなハーレムなの〜」
ギルド長が崩れ落ちた。
そういうことなら……わりかし健全だ。
ハーレムじゃなくて、そー言ってくれ、変な言葉覚えよって、と心境は爆裂回転である。
「でも、おねーちゃんみたいなご主人様もいいなぁ。ねぇ、イズミちゃん、あたちをご主人様にはしてくれないの?」
「だーめ」
「どうしてよ〜。どーしたら、いいの〜?」
「レナが一番最初に我らに会ったんだよ。そしてずっとついていく事に決めたの。長い時間、とっても大事にしてくれたんだよ」
「もう追いつけないの?」
「賢いね。そうだよ。大事にしてきたのは我らもおんなじ、レナのことたくさん助けて大事にしてきたからすっごく可愛いんだ。ジェシカもじぶんから何かを大事にしてごらん、きっとイズより好きになっていくよ」
「ならないもん」
……とは、意地を張っているのだ。
今湧き上がったムッとした感情が、適切ではない言葉をジェシカに吐かせたことをイズミは理解できる。
かわしながらも頭を撫でてやれる方法はレナから学んできた。
「家にいるジェシカの可愛い子達」
彼女は幼いながら、ハッとした表情で口元を押さえた。
「あのね……今のウソ……なしにして。う、ぅぇ、えーん……!」
「わかってるよ。そんなつもりじゃなかったでしょ。家から遠いから、今の言葉はお家の子達には聞こえてないはずだよ……。
しまったって思うくらいその子たちが大事なんだよね。まだジェシカは4歳だもん、これからもっともっと大事にして大好きになっていけるよ」
「ぐすっ……。なんであんなこと言っちゃったんだろう。イズミちゃんと、おねーちゃんの、らぶらぶが羨ましかったのかなぁ? いいなあ、らぶらぶしたい」
▽ギルド長が泡をふいた。
「そんなふうに、あたちたちもなれる? 大好きらぶらぶ空間に沼入り!」
▽たぶんギルド員も変な言葉教えちゃってる。
「なれるよ。なりたいなら、ね?」
「うん!」
ジェシカはポケットから出したハンカチで鼻水を吹いた。
「あとね、我らのお世話は大変だぞ〜? レナはこー見えて、従魔全員を可愛がるべく筋トレして健康に気を使って、食欲なくても食べて、モヤモヤしてても笑顔つくる努力しちゃってさ。
あと我らも大変でね、レナの気遣いを崩してもらえるようにしたいし、他の従魔もいるから甘える順番待つの。
レナが絶対好きでいてくれるから待てるし、レナはピンチの時に仲間の従魔は進化してくれるって信じてる」
影にしずかにたたずむ宝石のきらめきみたいに微笑んで、とろけた声でそういうので、イズミのあまりの綺麗さに、ジェシカも顔を真っ赤にしてぽかんと無言にさせられてしまった。
レナがイズミの頭を撫でてやる手がとまらない。
(うれしい〜!! 立派に育って〜!!)
オカンのそれである。
しかし、ふらっと拾った縁にここまでの気持ちを向けてやれることが、この異世界ラナシュにおけるレナの特別性のひとつだ。
亡くなった両親から受け継いだレナの優しさ。
両親のことも、実の兄のことも、いったんは頭から薄れており、キラの記録にのみ厳重保管されている。
ジェシカとギルド長が帰っていった。
あの二人はこれからの方針で話合をするのだろう。研究者仕込みの弁論がうなるはずである。とある家庭方針の発露の実例としてギルド員に速記記録されないように気をつけよう。
クレハに交代するね! とイズミが駆けていった。
レナと繋いでいた手の指先は、爪がぴかぴかの水色になっていた。反対の手はまだネイルが施されていないのは、クレハのためのスペースなのだろう。
キーユウの横にレナがちょこんと腰かけた。
ダンスは楽しいがなかなか疲れたようだ。
「キーユウさん。実のところ、そろそろ魔物使い旅団を抜けるかまよってたでしょ?」
「……よくわかりましたなぁ」
「なんとなく。迷ってるから近くに寄ってくるヒトの感覚でしたもん。あとはね、ローランド辺境伯が心配なんでしょ?」
「……そうですなあ。本日、よくない顔の相をしていた」
「あの方、ふんばれますよ。部下のみなさんがちゃんと彼の心配をしています。それに応えようとする領地の主人でもあります。負荷をかけて強くなる時ですよ」
「ほう、これは心強い。従える者どうしの勘、ですか。……それならば彼の気力にまかせましょう……。どうやら儂は、強大な力に制限をかけられているどうしとしての評価をしてしまっていたらしい。彼はチュナ帝国王の、こちらは本家の大老の下におるのでな。しかし、それだけではない」
「そーです! 大丈夫」
レナは笑みを向けた。
「ほんとにもーダメな時には、すっ飛んできて助けましょう」
「モスラ殿がいればそれも叶いますなあ。贅沢なことです」
キーユウはレナの豊かさに想いを馳せる。
それなのに、いささかラッキーすぎる。
彼女は、今を手に入れるためにどのような代償を払っているのかと、深くまでもぐりかけた思考を、引っ張り"上げられた"。
ピカピカの赤いリボンがレナの体にまきつく。ひゃーーーーっと悲鳴を残してレナが残像とととに巻き取られていった。
そのまま、高いたかーいと遊ばれている。
「ご主人様ゲットだぜー!」
「クレハ、さすがに高すぎぃ!!」
(レナ殿がご褒美に思っているだけで、あれはなかなかの罰ゲームであろう。ああなるほど。幸運と悪運の調整……。従魔もなかなか工夫しているようだ。しかしアレが可愛いたわむれだなんて、レナ殿はマゾヒストの素質があるのかな)
▽いいえサディストですが?
▽道の調査結果が届いた。
▽チュナ帝国北方から旅に出た。
読んでくれてありがとうございました!
前話のラスト2000字ほど加筆しております(ぺこり)
よい週末をお過ごしください。
今週もお疲れ様でした〜!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




