先輩後輩ゆるバトルタイム
バニラが先輩をじっと眺めている。
後輩なのだから、なにも怪しまれやしない。
リリー姫が信用している従魔でもあるのだし。
そして、さっきまで主人に強烈な馴れ合いを示したスライムの究極個体である。まなざしが注がれるのも当然であった。
「ジャーン。レポートだよ」
現在、馬車の中に簡易な”蜘蛛結界”を貼っている。
ノアが配下に命じることを意図的に増やしてみようとレナの試みだ。
魔力を帯びた蜘蛛の糸が、馬車の荷車全体をうっすらと包んでいた。
”止める”と、瞬時に蜘蛛の糸はほどけて空気に馴染むだろう。
「クーイズ、ありがとう」
紫色のクーイズになっている。
大人数が集うゆえ、スペースを少しでも小さくするためだ。ギルティアやチョココ、ハマルは魔物の姿になってレナの近くに座っている。レナの隣にノアが座り、反対側の入り口近くにはロマン・ティブが腰かけた。キーユウはこれには加わらないと言ってギルド長の近くにいる。
クーイズの髪の毛先が赤と青に色分かれしており、紫に染まっていないのは、しばらくのギルド待機の際、赤と青の姿のまますごして、常にどちらかが宝箱の近くにいたことの名残であろう。
「ハーくん。ここにいるみんなは羊のカチューシャをつけていますね」
『”周辺効果”かけましたー』
「アヌビス。全体にうっすらとテレパシーをかけて」
『あいつの精度は期待するなよな』
おおよそ、レナが頭の中で唱えたことが、全体に伝わるようになった。
キラがこれを行わないのは、レナ→ハマル→アヌビス→全員、と伝えることの練習だ。キラならば完璧に行えるとしても、キラがいなくなったら総崩れになるようではいけない。
(”黒鏡”の作用、レポート)
頻繁にとぎれながら、ごく簡単な言葉でレナから伝わる。
(”黒鏡”、含まれている魔力の質は、夜の空気中・湿気の土中・街中のゴミ捨て場。あまり綺麗ではないところで採取した自然魔力と、一致あり)
研究者ギルドには試験管に入った空気中魔力サンプルがいくつもある。
担当研究者はいわゆる”魔力過敏”のヒトで、暮らしの中にもさまざまな魔力の違いがあることを疑問に思いながら育った。ギルドで拾われてからというもの、差があるサンプル作りを楽しんでいるバリエーションジャンキーだ。
そんな彼にも知らない魔力が含まれていた。
(未確認の魔力あり。想定、近郊ではなく遠方の魔力。性質から逆算して、仮定、古代魔力ではないか。一致はしておらずとも、”幸運”ギフトの勘によるもの)
ヒトにはさまざまなギフトのバリエーションがある。
魔物よりも、さらにさまざまだ。
魔物全体としてのギフト種を、ヒト族は、すべて可能性として秘めている。
ヒト族だけの一種で、赤・青・緑・白・黒のどの適性も生まれてくる。
いわゆる”魔物全体”がヒト族一種と同じほどである。
爪術、尻尾術、そのようなものでさえ、道具として身につければスキルで使うことができるし、防火や耐水は肉体強化や肉体変化で対応できる。ひじょうに器用な種だ。
”幸運”をギフトとしてもつ研究者は、勘が冴えるのだとして、その発言に一定の信憑性が生まれる。
レナはゆっくりと一度、瞬きをした。
(現代魔力、古代魔力、それで半分。残りの半分は、どうやら”反射”をするらしい。どういうことだろう?)
レナの考えが一つ、すべりこんだ。
(続きに書いてあるや。親切~。反射がバリアにほどこされているスキル、それと似ていて、バリアで跳ね返すのではなく、バリアで受け止めてしまう方の作用だ。
”黒鏡”に写るだけで、まるで自分と似ているような、気持ちが引きずられるような、精神作用がある。近寄りたくなってしまうところ、好奇心としての魅了にちかい)
これは研究者が調べたからこそ信ぴょう性が高そうだ。彼らは好奇心の塊であるから、普段の感覚に近ければわかるのだろう。
(エネルギーのあふれるこどもの好奇心、社会に疲れて離れたがっている大人の現実逃避、これが影響をうけやすい。不安にさせることで、あえてこれを生みだすこともできるはず。こどもは肝試しも好きだからね~)
最後はレナの感想である。
テレパシーの精度はまあまあだ。
(”黒鏡”は呪いのアイテムではない。そうなんだ〜)
レナは目を丸くしている。
言われてみれば、効果を考えると呪いのアイテムっぽさがあるのに。しかしレナがこれまで見てきた呪いのアイテムより、効果は別格に大きい。
(呪いのアイテムはだれかの怨念が凝縮されている。対して、だれかの気持ちが込められていない。ただただ心をざわめかせる効果があるアイテムである。生き物にとって望まない結果になるだけの、この世にある一つ。
客観的だなぁ。自分たちもその影響を受ける怖いアイテムなのに……。研究者ギルドの皆さんに頼むことができてよかった)
レナは、レポートを最後までめくった。
アヌビスがテレパシーの効果を止める。
みんな、スポッと羊カチューシャを外した。
「すごかったねぇ! こんなにわかったんだ。クーイズのおかげだよ」
「そうでしょー。褒められて然るべき〜!」
「先輩すっごぉーい」
「ほれほれ、ちっちゃな後輩たちも言うのだよん。ハマル先輩が、先輩の褒め方を教えてくれてるでしょー」
チョココ、復唱クリア。
ギルティアも、やけくそで眉を顰めながら言った。
バニラは疑問をぶつけた。
「たしかに良い働きだと思う。しかし、だから我らが讃えるべきなのかは疑問がある。主人に褒められる以外の賛辞が必要であるのか? 我らが望んでそなたに願ったクエストではないのに?」
ハマルは、バニラはある意味マゾヒストなんだよなぁ、と思った。
わざわざ叱咤をもらいにいくのだから。
「ほーう。いっちゃん新入りの従魔が言ってくれるじゃないのー? 新入会社員バニラくん。先輩からの返事をあげるぜ。まず、きみは”判断をする役割”にないわけね。でもこのパーティの一員ではある。役割、どの辺だと思ってるか言ってごらん。言いにくかったらイメージするだけでもいいぞい」
「……指示に合わせて、構成員としてはたらく虫である」
「お、がんばったね。じゃあ、もうちょい自由な意見聞いてみよっかな」
「グループには指示をするものがいる。指示通りに動かせられなければ、どんな素晴らしい作戦も失敗する。言われたとおりに動く訓練でもあったのだ、なんてことなくする同じ動きは。だから、先輩すっごーいっ……!」
「よしよし可愛い後輩よ♪」
ノアがふむふむと頭の中に主従メモをしている。
ロマンは正直驚いていた。
バニラはけっこうナマイキで、プライドも伴っているので面倒くさい。言葉で丸め込んだだけでうまくいくとは思ってもいなかった。
レナも驚いているかな? とチラ見する。
レナは「別に一回喧嘩してもいいかなと思ったけどね」と言ってみせた。どっしり構えていられるのは、クーイズが近くにいて、無意識に安心しているところも大きい。ハマルはちょっと羨ましくなり、従魔契約のおかげでだれかを恨まずには済むことにホッとした。
「あ、後輩を鍛えてあげよっか? 宝箱見ててくれたらいいよー。ハーくんになら安心して任せられるなぁ」
「かしこまりー☆」
「よいのか、先輩! 手合わせたのもう!」
「胸貸してやんよ、やんちゃぼうず。チョココとギルティアも一緒にあそぼーぜ。外のにいちゃんも誘ってあげよーかな。検査合格だったしね」
「検査……」
レナが苦笑する。
クーイズはてへぺろした。
「どんな奴だったか聞いたもん、モスラから。心配してたんだよ〜。レナが危なくなったらちゃんと助けてくれるんかな?って、確かめたくなったの。許して素敵なご主人様!」
「そんなことかなと思ってたよ。あとで謝っておいでね」
「うん。ボコボコにしたあとでね」
「こ、こら」
「みんなアッサリ絆されすぎじゃなぁい!? 多分、レナが”まあいいか”って思ってた影響受けてるんだろうけどさあ。近くにいる従魔ってそうなっちゃうし。ノアお姉ちゃんは遠慮してるし。だから我らに任せてね……」
「まあ……いっか」
▽レナは クーイズへの信用が 厚い!
クーイズは照れたように笑った。
「これからもレナと仲良くなっててもらわなきゃいけないからね。我らにおまかせするって言って」
「おねがいね。いいかんじに、まかせた!」
爽やかなやりとりの後、研究者ギルドの庭が片付けられて結界決闘場が作られ、舞台の範囲内で、クーイズ・チョココ・ギルティア・バニラ・シズルは組み手による試合を楽しんだ。
試合をギルドのテラスから見ていたギルド長とキーユウは、テーブルにティーポットを置いて観戦していた。
中身はうっすい紅茶である。一年前のもらい物を引きずり出してきて、熱湯でジュワッと色を出すという荒技の代物。そのようなものを面白がるところがあるので、ギルド長はキーユウとの席が好きだった。
「ふむ……予想してみましょう。あの子達のところに冒険者を連れてきて体術を習わせた。どうでしょう?」
「そのとおりだ。よくわかりましたな」
「我流ではなく、体型的に習った動きにみえますからなぁ。配慮してくださったのでしょうか」
「うーむ、あなた方に特別な気持ちがあるのはそのとおりです。しかし配慮や特別扱いという理由ではないですな。なんというか、一生懸命ですから、手伝ってやりたい気持ちになるんです。望むことも、仲間のために頑張りたいっていうので、健気でしょう。他人なんて空気としか思わないような研究者でも、気にせずにはおれんようで。ギルド内も雰囲気が良くなった」
「そのようですな。かといって手は緩められていない」
「それを手放しては、俺たちでいられません。また、あの子達が研究依頼をしてくれた”黒鏡”が興味深い! あ、いや、不謹慎ではありますが、いったん研究のためと目溢しください。あのような子達だからこそ、黒鏡に会うのかもしれませんな」
「あれは酷いものだ。だから、良いものが出会うことで、つり合いが取れる」
「そう感じます」
「天秤がつり合う。そこからどちらかに傾く」
「あの子たちに酷いめに遭って欲しくない。研究者としてフラットな目に立てておりませんが……しかしその一心で、研究者は観察を重ねて、より早く結果が出たように思います。同じようなことが彼女らの行く先々で起こるでしょう。これから悪いことが起こるならば、その前に、彼女たちならば間に合うかもしれませぬな」
「さてどうでしょう」
「片方が信じすぎていれば、もう片方は信じないことでつり合いが取れる。キーユウ殿は、いかなるときでも最善を選ぶ胆力がありますなあ」
「好き嫌いに傾くよりも、結果が好きな方になるようはたらくのが、このみですなぁ」
「よいご趣味かと」
クーイズは体術で後輩たちを投げ飛ばしていたが、シズルのふいうちに対処するべく、突然手足をグニョンと伸ばして、新種のスライム体術を生み出していた。
にこやかな老紳士の会では、ギルド長が微笑んだまま口元からうっすい紅茶を噴出した。キーユウは(いやおもしれー)と思いながら顔面にくらった。
▽続くよ、バニラの生意気節!
読んでくれてありがとうございました!
暑いですね……今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




