ミカンの食卓
家に招かれながら──。
素朴だけど素晴らしい食卓。じゅうぶんな贅沢だ。
貴族の食卓とは、じゅうぶん”過ぎる”贅沢といえよう。
「あれは盾なのだよ」と、キーユウはいう。
贅沢過ぎる物を買える金銭、人脈、肥えた目と知識があるから、そのような我々に手出しはするな……という牽制であるらしい。
理解はできるけど、よくわからないな、と飲み込んだレナである。
「まあ可愛い!」
村長の奥様は子供好きだと聞いていたので、チョココ・ギルティア・バニラのおめかしに時間を割り当ててきた。
正解だったようだ。
可愛い子たちにめろめろの様子で、なぜだかロマン・ティブも得意気にしていた。同担拒否タイプではないらしい。
(ハーくんはシンプルな服を好むようになってきたなぁ)
レナは横目でハマルを見ると、にこーっと柔らかい微笑みが返ってきた。
ハマルはくるりとした髪が豪奢なので、シンプルな服と合わせるとギャップが生まれて品がよい。
また最近は、商売のことや未来のことを考えるのに忙しいため、服はシンプルで情報量が少ない方がいいのだとか言っていた。
「その辺にしときなさい。妻がすまないね。本日はようこそお越しくださいました。我が村の特産品であるミカンをお守りいただき、とても感謝しています」
くだけた物言いと敬語をほどよく混ぜた、懐っこい言葉遣いで村長は迎えてくれた。
キーユウの一族のこともよく知らないに違いない。もし知っていたら、大慌てであったはずだ。
穏やかな彼は、生まれてから村長の息子で、この村の中だけで育ったそうだ。
奥さんは大きなお腹を抱えていて、その子もまたこの村でミカンを好物にして育っていくのかもしれない。
「前掛けのない食事は平気ですか?」
「ふだんからそうなので、大丈夫です。最近の高級路線のお店はテーブルマナーがあるんですっけ」
「都会の方ではそうらしいですな。けれど、うちはこの通り田舎なもので」
「落ち着きます」
「それはよかった。安心いたしましたよ」
レナが一番近くに座って、たまにノアも混ざりながら、食事を進めていく。
奥さんは幼い従魔によく話しかけていて、たまにボロが出そうな時はハマルお兄ちゃんがフォローをしてくれた。
ウサギ肉に甘酸っぱいソースがかかったもの。
レナはありがたくいただく。
「いただきます」
ずっとこうしてきた。
縁があって従魔になった個体と、そうではなかった個体がいる。
少しお腹がいっぱいに感じたけど、残さずに食べた。
「ごちそうさまでした」
「デザートもあるのよ!」
改めて盆で運ばれてきたのはスライスミカンを乗せたパウンドケーキらしき焼き菓子。切り分けると爽やかな香りが部屋いっぱいに広がった。
チョココもうっとりとしている。
チョココが食べて、尋ねる。
「これ、特別なものが入ってる?」
「まあ、饒舌になるほど美味しかったのね。嬉しいわ。特別なのは長らくこの土地で育った樹かしら。土と太陽と雨の力をうんともらって、美味しい味になったのよ。小麦粉や砂糖や油はどこにでもあるのを使ってるもの」
「そうなんですね……。とても特別ですね」
「また食べにきてね」
「はい」
チョココはこっくりと頷いた。
レナは驚いた。
チョココはミカンデザートの味を完全再現できるだろう。そのような技能を備えている。しかし、この土地で食べるミカンデザートに興味を示しているのだ。
料理は愛情、という言葉をレナは思い出す。
誰かの愛情が入っているそのひと毎に、味わいが違うのだろう。
ケーキを口に入れると、ほっくりと湯気まで美味しい。
町のミカンは、ミカンハエを排除したことで保たれる。
もともとミカンハエはこの町に居なかったのだ。
かってにやってきて資産を食い荒らそうなど、はなはだしい。
(と、思いつつもだ)バニラがテーブル向かいのレナを見る。
魔物使いのご主人様にふさわしいレナは、その心の器が広く、不必要なほど遠くのものにまで共感してしまうときがある。
同情するかなしさを、社会的な常識でなぐさめている感じがする。
レナは、ミカンハエを倒したゆえに口に入るミカンを飲み込む。
従魔を得るごとにたくさん背負うであろう気持ちを、かついでゆくことは彼女の中でゆるぎないのだろう。
してもらったことは返したいヒトだ。
従魔がレナの側にいてくれたことをずっと覚えている。
(主人がそのようだから、従魔もお返したくなるのかな)
バニラはアーンと大口を開いてまだ未熟なマナーでパウンドケーキを食べ、子供用に出されたミルクを飲み干した。
ギルティアはまた違った感想を抱いた。
実った果物が食べられている時、樹人として喜びを感じる……と気づいて、困惑していた。
おそらくミカンの木からの感覚だ。
丁寧に世話をしてくれたヒトが、ミカンの実を喜んでいること。
少し魔力を帯びたミカンの木は、どうやらそれが嬉しいらしい。
樹人としてギルティアは感じとる。
(あたしは今は肉も食べて、美味いと感じているのに、はたして樹の仲間といえるのか。ヒト型に慣れるってそういうことだと分かっちゃいるけど。変な感じだ……)
もぐもぐ、ミカンのパウンドケーキの美味しさはギルティアを容赦無く幸せにした。
***
夜、羊のモフモフマクラに頭を預けた状態で、バニラが子守唄のようにレナに言い聞かせた。
「ミカンハエは群れで遠くからやってきた。侵略であることはわかっている。であれば戦いが生じることもわかっていたんだ。
負けたならば、あれらは納得したし、するしかないものだ。
しかし消えゆくゆえの悲しみが、そなたには気にかかるというならば、従魔として主人を助けよう。バニラのわがままとしてもよい、許そう」
この言い方には、レナはクスッとさせられた。
「ミカンハエは種族を生かすためにここに流れ着いたようだ。己が一匹だけ生きなければいけない、というような性質ではない。大勢殺しはするが、わずかだけ残してやろう。そして、この土地は譲らないから立ち去れとすればよいのではないか。はー、なんてやさしいことだろう」
色々考えてくれてありがとう、とレナはバニラに心から言った。
うむ、と言って、バニラはノアに声をかけた。
彼女が蜘蛛として同じ意見を持ったのか、異なる見解を持つのか、探りたかったようだ。
ノアはただただ肯定的だった。しかしバニラとは違って、負けた群れは潰してあげたほうが情けだという気持ちのほうが近いのだが。
「協力してくれるだろう?」
「成果を分けて下さるってこと?」
「リリー姫が望むこともまた、レナパーティの最大幸福を実現することなのだろうから、バニラだけが褒められずともよいのだ」
「若いのに賢くていらっしゃる」
くすくす。
「歳食った魔虫も取り込んでのバニラであるから」
あらゆる方面からリリー姫をお助けできるので、己の成り立ちはそれでいいのだとバニラは付け加えて、話を終えた。
***
朝、昨日と同じようにして、ミカンハエの駆除を行なった。
その中で、ハトモデルの混乱にかかるのがもっとも早かった知恵の多い個体をクモの巣で捕まえたのち、バニラは話しかけた。
本来であれば声を交わすことも許されない種族の格差がある。
話しかけられたことに、ミカンハエは心底ギョッとしていた。
しかし、バニラが優しく言いすぎた。
ミカンハエはつけあがり、このまま別の土地に行くから群れごと生き延びさせてくれ、と懇願されてしまった。
それはできないから数匹だけだとバニラはラインを引いた。
それでもゼロになるよりマシだと、ミカンハエは受け入れる。
敗者なのに、土地から去るまでを許された。
虫の世界ではありえないことだった。
ミカンハエは去り際にレナの周りを大まわりに一周し、それから遠くへ旅立った。
「見逃してくれてありがとう、だと。あー、ただ、すまない……。我がしたのは余計なお世話だったかもしれぬ。あれらの懇願を退けたとき、また、そなたは胸を痛めていただろう」
「気にかけてくれてありがとう。そりゃ、勝手に反応しちゃうことはあるけどさ。まったく悲しくないことなんてきっとない。私が悲しんでる時に、バニラたちが気にしてくれたことが嬉しい。心が軽くなったよ。
ミカンハエが最後にかけてくれた声もそう。悲しくなったり、嬉しくなったり、ゆらゆらするのが人生かなって思うようになったから、私は大丈夫」
「そ、そうか。我に感謝しておるか~!」
「うんうん。気遣いができる子になってくれたなら、リリーちゃんに会わせた時にも安心だ」
「それは……以前は気遣いができていなかったと?」
「おっと。どう思う?」
「今の方が大事。当初のままでリリー姫に会わなくてよかった……」
レナが笑った。
ぱっとグループの雰囲気は明るくなって、旅立ちの足取りまで軽かった。
▽道中の休息を終えて 道のりは続く!
▽待っててね クーイズ!
読んでくれてありがとうございました!
6月になったらまた忙し〜のなんでですわ〜_(┐「ε:)_ みなさんも毎日お疲れ様なのです!
それでは、よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




